溢れる感謝
力強く断言した。両足を前に組んで横に広げた。
手を合わせ、親指から小指を順に離す。手の平は上に向け拳を握り、曲げたままの四本同士と親指先をくっつける。
霊力を体内に巡らせる。片手を地につけ紋様が形成された。
「我の魂よ。黄泉へ落ちろ」
すっと抜けるイメージをして簡単に体から離れた。自分の姿形があり顔には触れず、色も薄くなくはっきりしている。
地面がふにゃふにゃになって、虹の魂は闇の中を凄い速さで落ちた。
感覚があり恐怖を感じる。自分を励まして堪えた。由真に会う為だ。
遂に落下が終わり黒い世界に漂っていた。
「ここが黄泉――」
声が出せた。恐らく霊感を持たぬ人は聞き取れない。霊なら話は別である。
黄泉は死んだ人がいく国とされる。
とても静かで不気味な所。
勇気を出してすっと進み、丸い光がぽつぽつ見えてきた。同じ色もあれば違う色もある。
赤や青、紫、緑。たくさん浮かぶ。
「あれは魂の色かな」
綺麗な色とくすんだ色、汚い色がある。転生する前に全ての魂は輪廻神によって浄化されるらしい。魂は次の輪廻にいくまで時間がかかり、前世の記憶や穢れが消えて新しく生まれ変わる。
不意に目的の魂を捜せるか不安になった。自分が今からやる事は無謀だ。呼び寄せる為、大声で名前を言う。
「霜松由真さん。いたら返事をして下さい!」
しんと静寂が降り積もる。闇がどこまでも続き、広大無辺だった。
返事がなくてもまた呼びかけた。ひたすら繰り返す。
邸にも道にもいなかった。生前強い思いを残した場所に幽霊は現れる。
あちらこちらを飛び回った。
「私を呼ぶ人は誰?」
遠くだが確かに届いた。逸る気持ちを抑える。
ひまわりを思わす鮮やかな黄色い魂。人の形をとった。髪型、顔立ちがまさしく由真だ。
「唐突ですが私は詞蔵虹といいます。貴方を捜していたのです」
「どうして私を?」
「羽前と会って話をして下さい。お願いします」
「羽前に会えるの」
虹が頷くと泣きそうで嬉しそうな表情になる。
「どうやって話を伝えるつもり。もはや死んだ人間よ。所で貴方は何者」
「詞蔵陰陽屋を営む陰陽師です。私の体を借りれば話はできます」
「ひょっとして術を使ってここまで来たの」
「はい」
「虹なら将来優秀な陰陽師になれる。私の目は確かよ」
喜びを感じてお礼を言い、彼女がもっと好きになった。
「行きましょう」
「ええ」
二人は上を目指す。自由な鳥になった気分だ。
「由真さんが私の体にいる時、半分眠ったような状態に私はなります」
「貴方の中に入って大丈夫かな」
「短い間なら平気です」
一つの体に二つの魂があるなんて通常は有りえない。長時間は魂に負担が、かかりすぎると書物で読んだ。
眩しい光が見えてきた。あそこは現世へと繋がる。
「我、彼の者を受け入れよう」
この呪言で霊降が完成する。光がぱっと広がった。
辺りは暗い夜。風が吹き抜けた。
手の大きさは自分より小さい。陰陽師が着る物の名前は知らなかった。
胸に手を置けば鼓動がある。虹の鼓動だ。
目前には羽前がいる。
立ち上がり感極まって泣きそうになる。何とか笑顔を作った。
「久しぶり」
「由真なのか」
半信半疑だった。
「疑うの」
暗くて気づかなかったが、ここは由真が暮らした邸だ。
私の所為で父様は引っ越して母様の明るさが陰った。
死んでからすぐ黄泉には行かず、心配で様子を見ていた。彼も悲しませた。
「こんな時って、意外に話す内容に困るわね」
考え込み正直な気持ちを打ち明ける。
「時は経ったけど、突然死んじゃってごめんなさい。私は貴方に会えて本当に楽しかった。遊んで、話して、笑って、怒って。一瞬一瞬が大切な思い出なの。飽きるくらい羽前を描きたかったなぁ。悲しまないで。笑っていてよ。次、生まれ変わったら画家になる。約束する」
記憶が完璧に消えてしまっても、絵を好きになる自信がある。今度こそ画家の夢は叶えたい。
「約束は果たせ」
偉そうに言い放つ。相変わらずだ。
「言われなくても約束を守るよ。私と一緒にいて羽前は楽しかった」
勇気を出して尋ねた。間を持たせてから五尾が答える。
「愚問だな。楽しかったに決まっている。再び会えて嬉しいぞ」
言葉に思いが詰まる。羽前に抱き締められた。抱き締め返す。
「私もまた会えて心の底から嬉しい。虹の腕にある傷、どうせ貴方の所為でしょ。治しなさいよ」
「分かった」
「屈んで」
人の体を借りて悪いと思いつつ由真は頬に口づけした。
「もう伝える事は伝えたから。じゃあね、いつか会いましょう。羽前」
呆然顔がおかしくて口元が綻ぶ。
今日という最高の日を由真でいる間は、ずっと覚えていたい。
虹、羽前と会えたのは貴方のお陰よ。すてきな時間だった。本当に有り難う。
きっと心の声は届いた。




