伝える事、伝わる事
ザッシー達と出会い、まだ一年は経っておらず、でもずっと一緒にいたような気になる。虹の友達であり家族で、見ると癒され、しばしば慰められる。
「じゃあ、早速伝えて来るね」
「頑張って」
応援に笑んで階段を上がった。左が自室で右は彼の部屋だ。
ガラス戸を前にして緊張感が逡巡させる。開けにくい。
「用があるのなら入れ」
どきっとして覚悟を決め開けた。
きちんと物は整頓されて和室は綺麗だ。彼は綺麗好きである。畳に胡座をかく。
元から久慈は印西の家に住んでいた。虹が中学生の頃から、詞蔵家に何故か住み始めた。
亜美も吉秀も正体を知っている。
ああ見えて家事全般を器用に熟す。熟せるまで至った謂れは、徹底的に邦代によって仕込まれたから。
『付喪神だろうが家事くらい、できるようになって貰うよ』
いかにも祖母らしい。
邦代を怒らせると笑顔だから逆に怖い。唯一祖父の頭が上がらない存在で、彼も同じく内心恐れていた。
「で、何の用だ」
促して話の糸口を作った。
「ええとね」
「早く言え」
そんなきつい詰問口調で言わなくても。ガラスのハートは壊れそうである。
「私は五尾を退治するなんて反対だから」
言葉にできて詰まった塊が溶けた。気持ちが楽になる。
「怪奇現象を起こなくさせる、いい解決策でも思いついたか」
「思いついていないけど」
都合よく考えは浮かばず項垂れる。
溜息を吐いた。
「お前の気持ちは分かった」
「本当!?」
嬉しくなって顔を上げた。
「但し、俺が退治を必要だと見做したら迷わずやるぞ」
頷けなかった。いや、頷きたくなかった。
五尾には貴い命と豊かな感情があり、人みたいに思考を巡らす。
思いを伝えれば分かってくれる。思いを聞けば気持ちも理解できる。
「十二時は疾っくに過ぎた。さっさと昼食を作れ」
行きと帰りで約四時間。原因探しでも時間を消費した。
昼食を共にどうかと賢治に誘われた。が、遠慮して付喪神の機嫌を損ねた。
「今日の朝、昼、晩の食事当番は久慈でしょう」
食事当番は交代制でやっている。
「作るなんて面倒だ。お前の普通すぎる味の料理が食べたい」
〝普通すぎる味の料理〟の部分を除き、言い直しを望む。素直にお前が作る料理が、食べたいと言って欲しい。
「風呂場の掃除を代わりにやるなら、条件を呑むよ」
「条件を呑んでやる。さっさと取りかかれ」
交渉は成立した。
「早くできる物を作るね」
台所に来て袖と袂をたくし上げ、肩から脇の下に通し、背中で交差させ襷を結ぶ。腕を動かしても袖は落ちない。今や着慣れた狩衣は私服同然だ。
「ご飯は朝の残りがある。味噌汁も。温めて昼食にしよう。問題はおかずか」
冷蔵庫を見ながら考える。キャベツ、人参、もやしで野菜炒め、それと目玉焼きも作る事に決めた。
「虹」
気配には気づかなかった。ザッシーは音を立てずに歩く。
初めの頃は突然呼ぶ声にびっくりしたが耐性がついた。
「何を作るの」
「野菜炒めに目玉焼きだよ。あれ、ほわとわんは?」
「昼寝」
常に揃って行動し、いつも仲良く眠る時でさえ一緒だ。
「手伝う」
「じゃあ、食器棚から茶碗を出して」
食器棚を座敷童子は凝視する。ぱかっと開き、茶碗を浮かせてテーブルへ運ぶ。
あれは念動だ。距離が空いてても物を意思で動かせる。
まな板、包丁を用意して野菜を洗う。階段を下りる音が耳に届いた。
「急げ」
催促は忘れず椅子に腰掛けて足を組む。
照りつける陽光みたいなじりじり視線を感じた。
「急ぎます……」
キャベツを剥いで猫の手を作り切った。
「何を作るんだ」
久慈の言葉につい笑ってしまう。聞く内容は同じだった。
「今笑っただろ」
「気の所為だよ」
ぎこちなくごまかす。
視線が鋭利なものになった。確実に怒っている。
身の危険を感じて少女は、早急に昼食を作る事に専念した。
遅めの昼食を皆で食べ、片づけして、客は来ないさそうなので服に着替えた。狩衣は十着持っている。
背中からベッドに倒れぐっと伸びる。
必要最低限の物で構成された部屋。安いがベッドの寝心地はそこそこだ。




