答え
「どんな絵を描いていたんですか」
「食べ物や植物、動物、風景など。色々です」
懐かしむ穏やかな表情だ。
『私が描きたいものを満足するまで描くの』
それが口癖だったらしい。
「由真さんの絵はどれも、素敵なんだろうなぁ」
虹は絵心には恵まれなかった。小学生時代、印西の家で猫を描いていたら、久慈に壊滅的だと馬鹿にされた。
「詞蔵さんの仰る通りです」
「描き手の心が籠もっていたからこそ、素敵になったんでしょうね」
辛くても大変でも彼女なら夢を叶えて、画家になっている。自身の夢が叶えられず無念だ。
突然、気配を感じて闇色の双眸を一瞥した。付喪神も気づく。
「すぐ戻りますから、ここで待ってて下さい」
当惑で固まる賢治を置いて二人は駆け出す。
「久慈も妖の気配を感じたのでしょ」
「近いな」
木々が目の端をどんどん過ぎていく。行かなくちゃという思いに急き立てられる。
堂々と道の真ん中に五尾が待ち受けていた。
白い毛が太陽の光で輝き、口先が尖り体は細い。耳は三角形、房状の尻尾が五本ある。
「それ以上近づくな」
踏み出そうとした足を止める。
「私は詞蔵虹。貴方の名前は」
「何故、陰陽師の小娘如きに名乗らなければいけない」
端から名乗る気はないようだ。
「率直に聞くが、邸の怪奇現象を起こしていたのはお前か」
行き成り率直に聞きすぎだ。はらはらしつつ状況を見守る。
「起こしていたとしたらどうする」
「解答次第で命を失う」
殺気が流れ出た。即刻戦いになりそうな雰囲気。
「たとえ怪奇現象の原因が五尾でも、そんなのダメ!」
「お前は甘い。その甘さが戦いに於て、どんな影響を及ぼすか。分かっているだろ」
「うん。分かっているよ」
腹部を押さえて硬い顔つきになる。苦痛に支配され、血はべっとりして生温かかった。
自分は妖を哀れみ、あと少しで死ぬ手前で助かった。久慈と印西がいなかったら死んでいた。
同情心が滅びを招くのだ。
「もし貴方が邸の怪奇現象を起こしているなら、正直に教えて欲しいの」
一心に眼差しを注ぐ少女。五尾の目つきは氷のように冷たい。臆せず見据えた状態を維持した。
「再び邸に足を踏み入れてみろ。今度は容赦しない」
姿が霞みがかる。
「待って!」
声は虚しくも届かずやがて消えた。ろくに話せなかった。気配が感じられず探すのは困難だ。
久慈の予測が当たった。
「彼奴を放置すれば誰かに更なる危害を加える。人が傷ついてからでは遅い。今宵退治するぞ」
虹は口を閉ざしたまま拳を握る。
彼の言う事は一理ある。でも、認めたくない。
五尾は由真が大好きだった。由真も五尾が大好きだった。
人を害する妖に成り果てるなんておかしい。原因には理由がある。
印西ならどうやって解決に導く。私ができる事は一体、何?頭を悩ませ歯がゆい。
両者共に噤みっぱなしで黙々と歩んだ。
賢治を待たせた訳は適当に笑ってごまかし、来た道を引き返す。
車に戻り時間をかけ、詞蔵陰陽屋に着いた。
連絡先を交換して男とは別れた。
久慈は二階の部屋に行ってしまう。あれから一言も喋っていなかった。
自室には行かず座敷で座り込む。日頃持ち歩く手帳に、実際見聞きした事柄を書いた。
「虹、悩んでる」
眉がハの字のザッシーは小さな手で足に触れた。
「きゅ」
「きゅー」
わんとほわが飛び跳ねる。少女を気にかけた。
「大丈夫。考えてただけだから」
心配をかけまいと微かに笑う。
依頼主の事、過去を見た事、五尾と出会った事。気づけば話してしまった。
「怪奇現象は五尾の仕業だったけど、絶対理由が隠れている。もし分かれば解決に繋がるんだ。久慈は人に害をなす五尾を退治する気なの」
「虹はどうしたい?」
「私は……」
最初から迷わず答えは決まっていた。
「退治なんかしたくない。他に方法を探したい」
「久慈に伝えればいい」
「伝わるかな」
「伝わる」
「きゅー。きゅー」
「きゅ、きゅ」
ほわ、わんも同じ気持ちだ。




