五尾と出会った森
立ち尽くす賢治に笑いかけ、離れた所で付喪神が止まった。
「ぐいぐい引っ張らなくてもいいのに」
「何か言ったか」
「ううん。気の所為だよ」
間近で睨まれ、体を縮め小さくなる。無駄に目つきが恐ろしい。
過去見で見た光景を順に説明して、口を挟まず聞く、真顔は思考の最中だ。
「恐らく五尾が羽前に化けていた」
「えっ。そうなの」
「あくまで仮定の話だ」
狐なら人に化けられる。十分可能性はあった。
「俺は五尾が怪しいと推測する」
「もし貴方の推測が正解なら、私は怪奇現象を起こす原因がきっとあると思う。人が好きで優しい五尾は、わざと困らせる仕業なんかしない」
「お前は天然惚けしてずれている。陰陽師のくせに妖を信じるか」
「陰陽師が妖を信じたら変かな」
妖は退治される側だ。少数が善いもの、多数が悪いものに分かれていた。
「俺に聞くな」
ぶっきら棒に言い小さく付け足す。
「まぁ、一人くらいはそんな奴もいて、いいんじゃないか」
ただ退治するのではなく、妖の気持ちが理解できる陰陽師になりたい。難しい事だけれど、心を繋げれば信じ合える。
「由真さんと五尾が出会った森に行こう。ひょっとして五尾に会えるかもしれない」
「会ってどうするんだ」
「怪奇現象に関わりがあるのか、尋ねてみる」
「真面に聞いてくれなかったら」
「聞いて貰えるように頑張る」
呆れ返っている。普通に答えたつもりだ。
早速、賢治に由真と白狐が出会った森に行きたいと伝えた。
邸から近い所にあり、徒歩で十分もかからず着いた。
木の葉がさわさわ風に吹かれ、陽光が降り注ぎ一本道が続く。
「私が生まれるよりずっと昔、森にはたくさんの狐が、棲みついていたそうです」
草木が自然のままである。動物の気配は感じない。
時が生きとし生ける物へ避けられぬ死を齎す。
花は枯れ、生き物は死ぬ。だが、再び新しい命が生まれる。
アルバムを見て泣いていた賢治が思い浮かぶ。躊躇を捨て事実を明白にしようと決めた。
「由真さんは今何歳ですか」
薄々悲しい事実を知るのを悟った。
「生きていれば今年で27歳になります」
彼女はこの世を去っていた。
「亡くなったのは六年前です。不運な交通事故でした」
「羽前さんは亡くなった事をご存じですか」
「由真が大きくなっても仲が良く、月に何回かは彼自ら邸に訪れていました。連絡先は知らなかったので、訪れた時に私の口から、事故で亡くなった真実を話しました。通夜にも葬式にも姿を現さず、娘の死が精神的に大きな打撃を与えたのでしょう」
残酷な真実を知り、羽前は押し寄せる耐え難い悲しみに、押し潰されそうだっただろう。賢治が同じだったように。
「話を仕向けてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ」
気にしていない振りを装って笑う。
重い沈黙が立ち込める。
これは私の所為……。
虹は助けを求め、久慈を見遣り視線が蔑ろにされた。自分で何とかしろ。暗に示している。相棒は冷たい。
明るい雰囲気に変える為、話題を考えて述べた。
一方的に喋って空回りしてるなぁ――。虚しくなり、めげそうになった。
「もう結構です。お陰で元気が出ました。詞蔵さんに気を使わせてしまい、大変申し訳ありません」
肩を落とし男が落ち込む。
「落ち込まないで下さい。笑顔が一番です。笑っていれば幸せが巡ってきます」
暗い気分で落ち込んでいたら幸せが逃げてしまう。
「お前のしょぼい笑顔じゃ幸せが遠退くな」
片頬を摘み引いた。棘と悪意を感じる。
「よく伸びる」
「私の笑顔がしょぼい所為で幸せは遠退くの?伸びちゃう。痛い~」
久慈が生き生きして見える。目の錯覚だ。彼の言動は男を笑わせる為にやった。疾うに少女は気づいていた。
微かに笑む。大切な娘が死んで未だ胸に、ぽっかりと穴が空いた状態。
感情には敏感な方だから確信できる。歳月が悲しみを埋めて癒す場合、癒せず残る場合。大概人はどちらかに当て嵌る。
進むうちに森の奥へ来てしまった。
「この森って広いんですね」
「道は単純ですから迷っても、自力で出られます」
鳥の囀りが届く。森は様々な虫の住処となる。
狐達もここで生きていたんだ。五尾も元は狐。仲間と棲んでいたのだろう。
多くの年を経て尻尾が分かれ、自分だけ長命を保ち、由真と出会った。彼女は死に今は独りぼっち。
そう考えると胸が痛み切なくなった。
「由真さんはどんな人だったんですか」
過去見で彼女の姿を幾度も目にした為知りたい。
「幼少期から明るく天真爛漫、とにかく好奇心が旺盛でした。成長しても性格は変わらず、淑やかさと気品には無縁な子です」
好奇心が旺盛じゃなければ五尾と出会わなかった。
「働きながらも画家を目指して、ひたすら絵を描いていました。たくさんスケッチブックが残っています」




