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第四歩

今日は何事もなくお仕事終了。

電車が途中まで一緒だから中森君とお喋りしながら帰った。


この前のプロジェクトも成功して、元の席に戻ったんだけど、席替えされてたらしくて俺はアイツから離れた席になった。

隣には後輩の中森君。

俺の席だった所にはアイツの後輩の女の子。

可愛いけど、ビビり。

それにこの前中森君の家に慎君と一緒に行けて凄く楽しかった。

猫ちゃんと犬ちゃん撫でてた慎君可愛かったのを鮮明に覚えてる。

平也君や平次君の顔も見れて、お話できたし。

二人とも中森君に似てしっかりしてた。

中森君の親友の喰君の料理は美味しかったな。

また食べたい。

流石定食屋の息子だ。

今度一緒に料理してみたい、って思ったり。


いやぁ、良いこと続きでそのうち仕事中に鼻歌歌っちゃうかも。

空も飛へそうだ。

死ぬからしないけど。

前の席は俺に悪戯してた女性社員だけど気にならない。

睨まれても無視。

アイツと離れた今、俺は関係ない。

次の標的は気の弱そうな女の子だ。

先に祈っておいた。

南無。

何かあれば助けてあげたいけど、基本的に自力で立ち向かわないと。

守られてばかりは自立できないからね。


ガチャ


「ただいまー。」

色々と考えてるうちに我が家へ帰宅。

電気が点いてると嬉しいね。

しかもあったかい。

…おや?

見慣れない靴がある。

京太君のスニーカーの隣に、行儀良く置かれたローファー。

慎君と京太君はスニーカー派だから違う人のだと断定。

ローファー履くのは高校生だよね。

ということは、新しいお友達?

真面目な子なのかな。

結構月日が経ってるのに新品同様の輝きを放つローファー。

毎日手入れしているのが伺える一品。

なんちゃって。

綺麗好きなのかも。

やだ、リビング汚いって言われたらどうしよう。

掃除は休日に慎君としてるんだけどなー。

ちょっとドキドキ。


ジーっとローファーを見詰めながらハイヒールを脱ぎ、賑やかなリビングに向かう。

「もうすぐ冬樹さん帰ってくるから、オメーは早く帰れ!」

「嫌です!慎君が大切になさっている冬樹さんに是非ご挨拶させてください!それまで私は帰りません!」

「帰れ!」

「帰りません!」

喧嘩中?

俺の名前が出てきたけど、話の内容からすると初対面の子で間違いない。

しかも女の子っぽい。

慎君と喧嘩できる女の子って珍しい。

言っちゃ悪いけど、俺でも睨まれたり怒鳴られたりしたら泣きそうになると思う。

されたことないけどね。

慎君と喧嘩したことはないなー。

リビングに繋がる扉に凭れながら喧嘩を聞く。

女の子が家にいる…何だか新鮮だ。

何時も男の子ばっかりだからなー。

花がある、って言うんだっけ。

こういうの。

でも、その一輪の花は他の花より強そうだ。

強風と同等の喧嘩をできるくらいには。

今時の子は強いね。

おばさん感心しちゃうよ。

早く顔を見たいけど、面白いからもうちょっとだけ立ち聞き。


現在二十二時。

時間も考えずにヒートアップする二人。

そんなに声を上げても喉を痛めないのか。

若いねー。

俺なら次の日声ガラガラ決定だ。

嵐のように叫ぶ声の中、水のように冷静な京太君の鶴の一声。

「二人とも煩いぞ。近所迷惑で苦情言われるのはその冬樹さんってことを自覚しろ。」

「うっ!」

「ご、ごめんなさい京太君!」

一瞬でシンと静まり返る二人。

京太君カッコイイね。

まるで二人の保護者みたいだ。

じゃあ、慎君は子供か。

小さい慎君。

うん、しっくりくる。

クスクスと笑いが零れた。

「さてと。」

凭れていたリビングのドアノブを握る。

そろそろ女の子の顔でも拝みましょうか。


カチャ


「ただいまー。今日はやけに楽しそうだね。」

「冬樹さんお帰り!」

「お邪魔してます。」

「初めまして!お邪魔しております!」

席を立った慎君が慌てて駆け寄る。

何だ何だ?

そんなに慌ててどうしたんだ?

コチラを振り返りペコリと頭を下げた京太君の向かい側、おかっぱ頭の女の子が座っていた。

目が合うと立ち上がり、丁寧にお辞儀する。

真面目そうな外見。

委員長とかやってそうって思うくらいピッシリ着こなしている。

二人とも制服ということは、学校帰りに直接来たのかな。

目の前でグイグイ腕を引っ張る慎君は部屋着だけど。


トスッ


ソファに座らされ、目の前で必死な顔の慎君を見上げる。

複雑そうに眉間に皺を寄せる彼は言葉を探しているようだ。

「これは、違うから。アイツが勝手についてきただけだから。」

「アイツってあの女の子?もしかして、慎君の彼女?可愛いね。」

「な、ち、違うっ!彼女なんかじゃねぇ!!ただのダチだっ!!」

ボンッと湯気が出そうなほど真っ赤になる義弟。

からかってみただけなのに。

全く、君は毎回面白い反応を見せてくれるね。

一向に飽きさせてくれる気配がない。

小さく笑む俺の肩に額を預けて、まだ言葉を探すオレンジをポンポンと叩く。

この前美容院で全体的に短く切った。

うん、よく似合ってる。

前よりも可愛い顔がハッキリして、俺は今の方が好きだ。

そういう内容を前に本人に言ったら、また真っ赤になって道端で立ち尽くしてたけど。

ケラケラと笑って手を差し伸べると、顔を逸らしながら強く掴んだ。

純情君な慎君。

俺の言葉に一々反応してくれちゃって。

もう可愛いなぁ。


ゆっくりと顔を上げた慎君は唇を尖らせて拗ねている。

意地悪し過ぎちゃったかな?

「ごめんごめん。女の子がいるの珍しかったから、つい。」

「ったく、酷いぜ冬樹さん。冬樹さんじゃなかったらゼッテー殴ってるからな。」

「ありがとう、慎君。」

「…もう、それ反則だから…。」

ニイーと口角を上げて笑いかけると、慎君は弱々しい声を最後に俺に背を向けた。

慎君が俺の笑顔に弱いのを知ってから、家ではよく笑うようになった。

笑顔は良いことだし、笑うのは嫌いじゃない。

ただ、一時期笑い方を忘れたから鉄仮面になっただけ。

それだけの話。


小さく縮んだ青年の頭をワシャワシャ撫で回す。

この子はどんどん俺を良い方向に変えてくれる。

どんどん人を集めてくれる。

自分が気づかないことを教えてくれる。

有難い存在。

声には出さないけど、感謝してるんだ。

「えいっ。」

「っっ!!?」

遊び心で背中に抱き着いた。

重たくはないはず。

また痩せたし。

普通女性なら増えるはずなんだけどな。

俺は忙しさで逆に減るらしい。

ふむ、複雑。

近頃急成長を見せるこの広い背中は逞しく、俺より温かい。

いや、熱いのは照れてるからかな?

首が茹で蛸みたいに赤色になってるし。

んー楽しい。

本当に俺に弟がいたら、こんな風に可愛がるんだろうな。

あ、義弟だけど一応弟か。

しょっちゅう赤くなる弟君。

目一杯可愛がってやるからな。

覚悟しときなさい。


固まる慎君の旋毛を指先で遊んでると、横から声がかかった。

「あ、あの!冬樹さん!」

「あ、そういえばいらっしゃい。ゆっくりしてってね。えっと…」

「田仁 穂実です!慎君と京太君と仲良くさせてもらっています!

本日は突然押し掛けて申し訳ありません!これ、つまらないものですがいただいてください!」

「あ、俺も。昨日祖母から大量の桜餅貰ったんでお裾分けです。」

「わ、ありがとう。何もなくてごめんね。」

慎君から離れて、綺麗な紙袋に入った高級感があるお菓子とタッパーを受け取る。

きっとこの紙袋に入ってるのは高い。

何だか貰う自分が申し訳ない気持ちになる。

すみません。

後で慎君と一緒に食べさせていただきます。

桜餅は手作りのようだ。

京太君のお祖母さんは手先が器用なようで、店先に売っているのと同じくらい綺麗な出来栄え。

和菓子やお菓子は食べないからあまり作らないけど、今度挑戦してみようかな。

和菓子の本を今度買ってこよう。

心が踊り、意欲が湧くほどタッパーに敷かれたコレは綺麗だ。

大切に食べよう。


桜餅に惚れ惚れとしている俺に京太君が小さく微笑む。

子供のように目を輝かせていると、目の前で両手をガシッと掴まれた。

そのおかげで現実に引き戻される。

ちょっと痛いかも。

「冬樹さん謝らないでください!普段慎君にお世話になっていますので、その気持ちです!遠慮なさらないでください!」

「あ、ありがとう。田仁さん。」

「どうか穂実と呼んでください!冬樹さん!」

「わ、わかった。穂実ちゃんね。」

穂実ちゃんの勢いに引き気味の俺。

キラキラした瞳で有無を言わせぬマシンガントーク。

小さいのに彼女が大きく見える。

慎君と渡り合える理由が何となくわかったかも。

こりゃ負けないわ。

うっとりとした顔の穂実ちゃんは手の中の荷物をテーブルに置き、再び俺の前に立つ。

「私、慎君と一緒に住まわれているお姉様がいらっしゃると聞き、いてもたってもいられず、本日無理を言って冬樹さんのご自宅に上がらせていただきました。

慎君は可愛いですが、冬樹さんは想像以上にお美しいです。一目見た瞬間から、私の心は未だに高鳴っております。」

「そ、そうなんだ。ありがとう穂実ちゃん。」

「いえ!私はただありのままの気持ちを表現しただけです。艶のある長い黒髪も、凛々しくも内側に秘めた影が魅了するお顔も、雪のようにきめ細かいお肌や落ち着いた中に優しさを含むお声や」

「ま、待って待って。」

誰かヘルプー!

助けてー!!

ストレートに誉め言葉を口にされると全身がむず痒くなる。

慎君みたいに顔が火照る。

俺はそんな完璧な人間じゃないから!

綺麗じゃないから!

何でそんなに生き生きとして語るの!?

何でそんなに楽しそうなの!?

嬉しそうなの!?

やめてくれ!

そろそろ羞恥心で泣くよ?

今ちょっと涙目だからね?

誉められ慣れてない俺には一種の拷問だ。

悪口や陰口は慣れてるのに、こういったのはどうも苦手だ。

有り得ないから。


まだ喋る穂実ちゃんに両手で耳を塞いで、京太君にアイコンタクトでSOS発信。

「おい、田仁。そろそろやめとけ。冬樹さんが困ってる。」

「あ、ごめんなさい!つい熱が入ってしまいました!」

「や、大丈夫。ありがとう、京太君。」

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ありがとう。誉められるの苦手だから、ちょっとビックリしただけ。

着替えてくるね。」

フルフルと頭を左右に振ると苦笑した彼が穂実ちゃんを諭してくれた。

慌てて謝る穂実ちゃんに安堵して、鞄を手にヨロヨロと自室に入った。

心配そうに見守る視線を背に受けながら、自室の扉を閉めた。


「おい、田仁。」

「はい。」

低い唸り声のような呼び掛け。

キョトン顔の穂実が声のした方に向くと、鋭い眼光で睨む慎がいた。

獣のように歯を剥き出し、隠さない怒気を全身で晒す。

自分へと直接向けられる敵意にビクッと肩を震わせ、グシャリと顔を歪める。

今にも泣きそうな顔を作る女の子にも構わず、慎は殴るのをグッと我慢してなるべく落ち着いて話す。

「今度あの人恐がらせたら、お前でも全力で殺すからな。覚えとけ、二回目はない。」

「は、はい…ごめんなさい…。」

これが他の野郎だったら所構わず殴りつけていただろう。

けれど、此処は冬樹の家。

向こうでは冬樹が着替えている。

彼女は自分と違って喧嘩を好まない。

自分が傷つくと僅かに悲しそうな顔をする。

だから、あの人の前では喧嘩はしないと決めた。

あんな顔をしてほしくないから。

高校生になってから喧嘩の回数も減った。

つるんでる京太が止めるのもあるけど、キレる度に冬樹の顔が思い浮かんで気持ちが留まるのだ。

コンプレックスの兄の他に自分に優しくしてくれる人。

自分に初めて居場所をくれた人。

我が侭を無条件で受け入れてくれる人を困らせたくはない。

強い人だけど弱さを必死に隠してるから、自分が少しでも力になりたい。

背伸びしてても届かないけど、何でもいいから支えになりたい。

あの人のおかげで自分の世界は変わった。

変わった自分を受け入れて、今度は自分が恩返ししたくて決意の代わりに髪を切った。

変わった姿を『好きだ』と言ってくれた。

明るく笑いかけて手を差し伸べてくれたあの人を、冬樹を、喧嘩以外で守りたいと強く思った。

なのに、まだまだ自分は弱い。

頼られる京太と比べて、自分はまだ子供だ。

そのことが、無性に悲しかった。

「田仁、帰るぞ。」

「で、でも…慎君が。」

「お前がいても何の励ましにもならない。寧ろ俺達は邪魔だ。」

「…わかりました。」

荷物を片づけ、静かに部屋を出る二人。

残されたリビングには、肩を震わせた青年が一人。

流れる涙で己の弱さを嘆いていた。

彼女は青年の存在で満足しているのに。




何事もなかったように朝が訪れ、今は昼。

良い天気。

洗濯物日和だ。

ベランダに立つオレンジが太陽の光で輝いて見える。

洗濯物を取り込み終えた慎君。

畳んだ物をテーブルに分けて置く。

意外と几帳面。


ドサッ


「終っわりー!あー疲れた。」

「しーんー君。」

「うわっ、ビックリした!」

ソファで寝転がってるのを上から覗き込むとビクッってなって、これまた良い反応。

俺がすること一つ一つにこんな敏感になって心臓は大丈夫か?

そのうちピタッて止まりそうだ。

おっと、慎君が心配になってきたぞ。

…いや、早い話、俺が驚かせなきゃいいんだけどね。

そしたらつまらないから、やっぱり続ける。

慎君のビックリした顔おもしろいし。

驚かすの楽しいし。

洗い物や掃除をする為に縛った髪が肩から零れ落ち、慎君の額にかかる。

今日は休日。

ずっと一緒にいられる日だ。

そして今日は買い物日和でもある。

「デパートに行かない?今日のおやつの材料と本を買いたいんだ。」

「冬樹さんが菓子作りなんて珍しいな。何作るんだ?」

少し驚いた顔を浮かべる慎君にニヤニヤと沸き上がる興奮を隠さずに告げる。

昨日の夜から楽しみにしてたんだ。

「昨日京太君に貰った桜餅、凄く美味しかったでしょ?ああいうの作ってみたくて、和菓子の本を買いたいんだ。どう?」

ドキドキしながら返事を待つ。

今までこういう誘いに慎君は断ったことはない。

二つ返事で受け入れてくれる。

けど、やっぱりこういう間は緊張する。

ニッと歯を見せて笑む慎君に、俺の心はホッと温まる。

「いいぜ。二人でデパートブラブラするか。

あ、ついでに服屋見て回りたい。春物見たいんだ。それにこの前兄貴に小遣い貰ったからさ。冬樹さんに何か買ってやれっ、て多めにくれた。」

「やった!じゃ、十分後に行こう!」

「はいよ。ったく、これじゃどっちが子供なんだかわかんねーな。」

声を上げて喜ぶ俺の頭をクシャリと撫でてくれる温かい手。

俺よりも大きくなった手の平に成長を感じる。

苦笑する嫌味は心地よくて、ますます顔の筋肉が緩む。

俺がこんな笑顔をするなんて、会社の人達は想像できないだろうな。

あんな鉄仮面だもんな。

きっと中森君も想像知らない顔。

慎君が来る前は一人で買い物をしていたのに、今じゃ一緒に行くのが当たり前になってる。

だんだんと変わる当たり前。

子供のようになるのは慎君の前だけ。

「ふふ。」

「冬樹さん、今日は上機嫌だな。」

ニンマリと二人で笑い合う。

楽しいんだ。

変化が嬉しいんだよ。

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