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結ぶと解く  作者: ながずぼん
第四章 輪郭編
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第73話 無音と料亭

 浜松を通過する際に、ワームホールに落ちたときのことを思い出していた。

 店を出て、駐車場に向かって、トラックが来て、ちょっと当たって、とその時に、そういえば音がなかったなと思った。街の音もなにも、すごく静かだった。


「あの、ワームホールが発生するときって無音になったりしますか?」


「無音ですか。前に説明した量子コヒーレンスの話は覚えていますか?」


「いや、量子論は全く理解できる気がしないんですよね。すみません」


「いえいえ、目に見えるものではないですから、イメージするのも難しいでしょう。量子コヒーレンスというのは複数の状態が重ね合わせで存在していることを指します。そこに周囲の環境からの相互作用で重ね合わせが失われることを量子デコヒーレンスと言います」


 来た来たこれこれ。なに言ってんの?と諦めたくなるが、どうにか食いつく。


「口うるさい親がいると子供の可能性が失われる、そんな感じですか?」


「ははは。確かにそう言えなくもないですね。親ばかりではなく友人や先生も、その少年にとってはデコヒーレンスの元ですね」


「ということは、音の干渉がなければ?」


「本当に環境音がない状態だとしたら、コヒーレンスの状態に近いかもしれません。ただ、それがワームホールの生成にどれだけ関与しているのかは、私にもわかりません」


 教授の説明に礼を言って、あの時の状況をもう少し思い出してみることにする。


―――――


 名古屋に着くと、わっと人が乗ってきて乗車率がけっこう上がった。

 もしもこの中に襲撃者がいたとしたらどう対応したものか。ハナザワさんが言うように、おれの能力が宇宙も滅ぼすスーパーパワーだとしたらなんにも怖くないのだけど。スタンガン返却したのは早まったかな。


 名古屋から先は他の乗客の動向に注視していたので、あまり話をしなかった。

 アズマ教授もおれのピリピリした空気を察してか、警戒しているように思う。

 教授、実は暗殺拳法の達人だったとかそういう設定でいてくれないかな。


 結局、乗客が脳漿を巻き散らすようなことはなく、無事に京都駅に着いた。


「タクシーで移動しますので、あそこに並びましょう」そう言われて教授の後について行く。タクシー待ちの順番は4番目だったが、割とすいすいタクシーは来てそれほど待たずに乗ることができた。

 市内はそれほど混雑していなくて、ささっと移動して八坂神社のすぐ近くのホテルでチェックインを済ませる。


「予約の時間までまだ時間がありますが、どうしますか?」


「せっかく明日、すごい人とお会いできるのに今日襲われたらたまったもんじゃないので部屋で大人しくしています。観光はまた別の機会に来ます」


「そうですか。そう言っていただけて安心しました。私では戦力外ですから」


 教授はやっぱり暗殺拳は使えないようだった。ワンチャンあってもいいのに。

 2時間後にロビーに集合する約束をして部屋に入る。


 サクラさんから画像が送られてきた。おれの地元より長閑な田舎の写真。

 古民家の写真。縁側でマリアちゃんが昼寝をしている写真。

 パウラさんのひいおばあさんの妹さんの家だそうだ。ほぼ他人じゃないのかと思ったが、移民として親戚が外国へ行った場合、意外と国内で散った親戚より繋がりを感じるものなのかもしれない。外国へ行った側はルーツを強く意識しているだろうし。


 教授には部屋に籠ると言ったが、少しだけホテルの外に出る。

 ホテルの目と鼻の先にある八坂神社の山門をスマホのカメラで撮る。

 続いて祇園ぽい風景はどこかとホテルの裏手に回り、町屋が連なる小路を撮る。

 四条大橋まで出て鴨川を撮るかどうか悩んだ挙句、なにかあってからでは遅いと思いホテルの部屋へ戻って部屋の写真を撮って、サクラさんの携帯へ送った。


 その後、眠るわけではないけれどベッドに横になって想像とも妄想とも夢とも区別がつかない感じのむにゃむにゃした時間を過ごしていたら、携帯のアラームが鳴る。

 寝てしまった時用にかけておいて正解だった。


 ロビーに行くとアズマ教授はもう待っていた。

「では参りましょう」とタクシーに乗って教授が予約した湯豆腐屋に行く。


 そこは想像していた湯豆腐屋ではなかった。

 ちょっと古めかしい居酒屋みたいな店かと思いきや、でかい庭園のある料亭というか、政治家が悪だくみをするときに使う店、みたいな感じの場所だった。

 入口には大きい木の門があり、そこには係員が門番のように待機していて篝火まで焚いている。なんだここ湯豆腐屋じゃねえじゃん。


「ちょっといい店どころじゃないじゃないですか」


「まあまあ、役得だと思って愉しんでください」


 係員に案内され、庭をずずいと進んで店に入ると、女中さんたちが深々と頭を下げて出迎えてくれる。ちょうVIPになった気分だ。

 庭の見える個室に案内され、女中さんたちによって料理が運ばれてくる。

 こんな店ならもうちょっといい格好してくればよかった…おれTシャツなんだが…

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