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結ぶと解く  作者: ながずぼん
第二章 東京編
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第36話 露国と孤児

 日曜の朝、クスメギが例のポンコツで迎えに来た。


「あのさ、ワガママ言って悪いんだけど、浜松経由で帰りたいんだけど」


「現場検証か?」


「ああ。もう何ヶ月も経ってるから車もないだろうけど、一応見ておきたくて」


「いいぞ。あんたのワガママに付き合うのもこれが最後だし」


 相変わらず優しいんだか優しくないんだか了承してくれるクスメギ。

 戸籍がないぐらいなんだから痕跡なんか何もないのだろうけど浜松経由で帰れることになった。あのファミレスのついでにピザ屋がどうなったのかも確認しておきたい。別の誰かの手で無事にオープンできているといい。


 荷物は着替えとパソコンだけだから引っ越し気分はまるでないが、それらをトランクに放り込んだら、まずは浜松に向けて出発した。

 マンションを出ると西に向かい白山通りで左折、東京ドームを右手に見ながら神田川に出る。水道橋は渡らず川沿いを西に向かって後楽橋を渡って池袋線としばらく並走。

 西神田のランプで首都高に乗るとゴールデンウィーク中だけあって車が多くなる。

 環状線を左回りに走って谷町ジャンクションで渋谷線に入る頃にはすっかり渋滞になり、断続的に停止と発進を繰り返す車列に続くしかなくなる。


「昨日わかったことだけど中華街の襲撃、あれ国家安全部じゃなくてSVRだった」


「エスヴィアーってなんだ?」


「ロシアの対外情報庁だよ。中国の仕業に見せかけてってやつだな」


 まじか。他国の諜報機関に見せかけるなんて喧嘩売ってるようなもんだけど、やられた側は泣き寝入りでいいのか?それともお互い様ってことで諜報の世界ではよくあることなのか?


「後ろに張り付いてた車も、コインパーキングにいた連中が運転してたらしい」


「仲間があんな酷い目に遭ってるのに、よく追撃しようって気になったな」


「金だろ。成功報酬でいくらって請け負ったんじゃないか」


 裏で糸を引いていたのがロシアなのも驚いたけれど、どれだけ詰まれたのか金のためなら拉致してくる連中に狙われていることを知ったほうがショックだった。

 田舎の方が人少ないし、攫われても誰も気づかないんじゃないか。

 東京を離れるのは失敗だったかもしれない。とはいえ東京にいてもなあ…


「なあ、きょうも尾行されてたりするのか?」


「さあな。明らかにそうだとわかったらまた機動隊に対処してもらうよ」


 随分と気楽なクスメギだが、この渋滞の中で襲撃されたら機動隊も身動きできず助けにならない。ジリジリと進む車列の中で怪しい車両がないか目を凝らして周囲を見回してみてもどの車がそうなのか全然わからなかった。

 訓練もしていないただのおっさんがそんな緊張状態を続けられるはずもなく、しばらくしたら諦めて警戒を解いた。キョロキョロして首も疲れた。


「怪しい奴はいたか?」と鼻で笑われた。おまえが安心してる理由を話さないから無駄に警戒しちゃうんだろと腹が立った。


「襲撃に二波三波はあるのか?ロシアが別の奴を雇ってもう一度襲ってくるとか」


「なくはないだろうけど。正直、あんたがどういう《《存在》》なのか把握しているのは日本とアメリカ、あとは情報を得ている同盟国だから、他にしてみれば本当に攫うだけの価値があるのか半信半疑ってところじゃないか」


 一応ちょっかいはかけてみるけど本腰は入れない、そんな感じなのだろうか。


 用賀インターを過ぎて東名高速に入ると三車線になったこともあってか流れがいくらかマシになった。ものすごい台数の車の塊が60km/hぐらいで進んでいく。

 そこそこの台数が海老名サービスエリアに吸い込まれていき、おれたちもそれに続いて休憩することにした。出発してからここまで二時間近く経過していた。


 トイレを済ませて再び車に乗り込むと、渋滞情報をチェックしたのか「この先は流れてるみたいだ」とクスメギが言った。ダッシュボードのポータブルナビにも東名高速上に混雑しているような表示はない。最大の塊は先月末に移動しているのかも。


 再び走り始めるとクスメギが徐に「そろそろあんたの身体の話するか」と言い、初めに身の上話というかクスメギの両親の話が始まった。


「俺の祖母さん大分の出身で、子供の頃に親に連れられて満州に行ったんだ。あんた残留孤児って呼ばれる人たちのことどのくらい知ってる?」


「よくは知らないけれど、向こうで戦争が終わって帰れなくなった人だろ?」


「そう。だいたいの人が帰れなくなって中国人になるんだけど、稀に帰って来て日本人になった人もいる。それがおれの親父」


「お祖母さんは中国で親父さんを産んだってこと?」


「そう。祖母さんは中国人と結婚して親父が産まれた。向こうで親が日本人だからってだけじゃなく相当に酷いいじめを受けてたから、祖母さんが国際赤十字を頼って帰国させて、神戸の親戚の養子になったから日本人になれたんだ」


「なんか壮絶だな…歌舞伎町の帝王のアレみたいだ」


「親父は日本人になったから、こっちに来てからはあんな感じとは違うけどな」


 大井松田インターを通過する頃には走る車はすっかりバラけて、それぞれがそれぞれのスピードで走っている。おれたちの車は走行車線をのんびり走り、追い越し車線を走る車にガンガン追い抜かされている。


 クスメギの親父さんの話がどこでおれの身体の話になるのかわからなかったが、理解するのに必要な前段階の話なのだろう。浜松まではまだまだ時間はあるからのんびり聞けばいいと思った。

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