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結ぶと解く  作者: ながずぼん
第一章 転移編
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第11話 避難と慈愛

 不審者や諜報員が来たことをナースコールで知らせようかと思ったが、日本語が通じないのが億劫でパウラさんが来るまで待つことにした。

 夕方、夕食の盛られたトレーを持ってパウラさんがやってきた。

 彼女がテーブルをセットしている間に、来訪者二名について説明をした。

 話を聞き終わると「Hasta luego」と言って急いで部屋を出て行った。


 夕食を腹に納め鎮痛剤を飲み込んだ頃、パウラさんがもう一人看護師を連れて再び部屋にやってきた。「ヘヤ、カエマス」とだけ言って車椅子を準備した。


 車椅子に乗って階を降りて大部屋に移動する。

 四床あるうち同室は一人だけだった。

 カーテンが閉められていてどんな患者か見えなかったが、ピッピッピッと一定のリズムで電子音が静かに鳴っている。


 移動した部屋の前にはパイプ椅子の警官がいなかった。

 パウラさんにその件を尋ねると、彼らは見張りで護衛ではない、だから今夜は私が付き添うという。見張りの警官はエレベーターと階段のあたりにいるらしい。

 さっき出て行った本物の看護師が、洗面器とタオルを持って戻って来た。

 拭いてくれるみたいだったが、自分でやると告げてカーテンを閉めてもらった。

 拭き終わり道具を返すと寝るように言われ、再びカーテンが閉められた。


 カーテン越しにパウラさんがいる。

 寝ようとしたけれど無駄にドキドキする。電子音も微妙にうるさい。

 とはいえ、この状況で頭の中にお花畑は咲き誇らないので、そういうのはすぐに意識から消える。ドキドキする要因はそれだけではないのだ。


 諜報機関に狙われているのは怖すぎるし攫われたらなにをされるのか。爪を剥がされ歯を抜かれ、水責めに遭うのだろうか。最悪切り刻まれて死ぬのかも。

 おれの逃亡を監視していたから逆に侵入者に対しては無警戒だったのか。でも逃亡に協力する人間だとしたら警戒しないとダメだろう。あまりにも頼りない見張りだ。


 それよりも脳波の検査結果で言われた、暴走状態ってどのくらいヤバい状態なんだろう。

 脳が全力で稼働しているって言っていたけれど自覚症状はまるでない。

 酷い頭痛と鼻血以外にやばい兆候はあるのかな、鼻血が出るとどうなるんだろう?

 脱獄ドラマの天才弟のあれみたいな感じで死んじゃうのかな。


 様々な不安要素が浮かんでは消えを繰り返して、結構な時間が経ったとおもう。


「パウラさん、起きていますか?」


 争奪戦はさておき、身体の不安はさすがに有耶無耶にできず声を掛けた。

 瞬時にギシッと飛び起きる物音がして勢いよくカーテンが開けられ、険しい顔をしたパウラさんが覗き込んでくる。


「ナニガ、アッタ?」


「いや、その、鼻血が出たらどうなるのか聞きたくて。おれ死ぬんですか?」


 彼女は少し思案した後で「ワカラナイ…デス」とぽつりと言う。

「え?わからないの?」と驚いていると、脳の状況を教えてくれる。

 脳波の異常は認められるが特殊すぎて原因が特定できないらしい。だから実際には簡単に開頭手術もできないし投薬も様子見なんだそうだ。

 指示を出しているのは院長だけれど他の先生と相談している様子もないから、どんな根拠で院長がそうしているのかはわからないと。

 でも、即座に命を落とすような危険な状態ではないと、気を使ってではなく看護師の見解として彼女はそう言ってくれた。


「コワイ、デスカ?」


 そう言って彼女は手を握ってくれた。

 柔らかくて温かい。外国人は平熱が高いっていうけど、ほんとうにそんな感じだ。

 子供の頃に熱を出したりしたら母親にこうして手を握ってもらったのかな。


 じんわり掌に熱と一緒に人の優しさが伝わってきて不安な気持ちが溶けていった。「ありがとう、落ち着きました」と礼を言う。「ネムルマデ、ココニイマスカ?」そう訊く彼女に「もう大丈夫だから、パウラさんも休んでください」と伝える。


「クルシイ、ナッタラ、スグ、オシエテクダサイ」


「ムーチャス、グラシアス、パウラ」


 数少ない知っている単語でお礼を言うと彼女はちょっと嬉しそうに笑った。

 続けて「おやすみなさい」と言いたかったのだけれど言葉が出てこなくて、彼女のことをじっと見つめてしまった。手を握ったままで。


「ココハ、ビョウイン、セックス、ダメ」


 諭すように言われた。


「えっ…?ち、ちがう!そんなこと考えてないよ!」ぱっと手を離した。


「ソウ?…ゴメンナサイ」


 悪戯っぽく笑った、というのはこういう顔なのだろうな。

 それにしても「病室で看護師と」って願望というか妄想は万国共通なのだろうか。

 パウラさん優しいからさんざん口説かれたり誘われたりしているんだろうな。


「おやすみなさいって、スペイン語で言いたかったんです」と言うと「buenas noches」と知っている単語が返って来た。「それって、こんばんはじゃないの?」と訊ねると「オヤスミナサイ、モ、オナジデス」と教えてくれた。


「そうなんだ。じゃあ、ブエナス・ノーチェス」


 彼女は頷くとベッドから離れてカーテンをくぐりながら「que descanses bien」と囁くように言った。

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