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因果に抗う勇者の残滓

作者: EternalSnow
掲載日:2026/04/14

 王国の騎士たちが御触れを出したと、お隣さんから耳にした。

 僕は鍬を置き、御触れの看板を見るために駆け出した。

 ――あいつの名前が書いてるはずだ。

 魔王討伐のため、勇者として選ばれたアイツ。

 幼馴染の近況を知る唯一無二の方法だった。


 王家からの、世界の公式発表。


 だが、その言葉は無情にも僕の中を響いた。

 足を止め、文字を読み上げる。


「白銀の勇者、死す――」


 目の前の文字が波のように揺れて、頭の中で崩れる。

 汗が目に入ったのか、すべてがぐにゃりと歪んで見えた。

 そして同時に、胸の奥で何かが震えて、全身を走った。


 握った石が、握力に反して粉々に砕けた。

 割れることはあっても、握力で粉々にしたことなど、当然一度もない。

 胸の奥で震えたのは、絶望か、力か、それとも――アイツの残滓?

 まるで、アイツの力が、僕に触れたような気がした。


「……勇者の、ちから?」

 

 世界が、僕を、勇者として認めた瞬間――そんな気がした。



――――――――――――




 ほどなく、僕は次代の勇者として、旅立った。

 アイツが使わなくなった剣を王国で受け取り、旅路に就く。


「て、てめえ、銀髪の悪鬼の……後継、かよ」

 うるさい魔物を切り捨て、一直線に魔王城へと向かった。

 途中、魔王軍の砦を破壊し、食料を背負い、水源をたどった。

 勇者らしいあり方とは違った、そんな旅だった。


 旅の間に、剣の重みと孤独に慣れた。

 鍬より、取り扱いにもう慣れただろう。

 それでも、アイツのことは胸に刺さったままだった。



――――――――――――



 禍々しい魔王城にたどり着いたころ、僕は一人前の剣士になっていた。

 左足を斬るようなバカな真似はもうしない。

 剣は、鍬より手に馴染む。

 もう、いっぱしの剣士を名乗れるだろう。

 ただ、アイツの剣士としての技は、僕を上回っていた。

 それでも、僕にはアイツ以上に力がある。

 魔王を殺せると本気で思っていた。


「はぁ!!」


 重々しいミスリル銀の輝きをした扉を切り捨て、城内に踏み込んだ。

 空気が重く、先ほどの衝撃で壁にかすかなひび割れが走っている。

 ここに何かが――待っている、確かに。

 それだけは確信できた。

 



 

 城内には、魔物はおろか、魔族も誰もいない。

 ここだけ、世界が呼吸を止めたみたいだ――俺を待っていたかのように。

 ただ、魔王はここにいる。

 じわりと汗と剣の重さを感じた。

 これだけは、僕の中の勇者がそう告げている。そんな気がする。





 入口よりさらに重厚な扉。

 無骨で装飾もない、ただ大きく頑丈な扉を切り捨てる。

 『ギィイン』と弾かれるような音と共に、扉はズレて粉々の粒子になって砕けた。

 ――魔力の扉?

 封印の、類か??

 そして、濃密な殺気と共に、目の前に兜をかぶった男が拳を振り上げて待っていた。


「死ね」

「っちぃ!!?」


 ――奇襲。

 振り下ろされた拳が、床に突き刺さると大きいクレーターが生まれた。

 床は粉々に砕け、地面と魔王城の壁のほぼすべてが吹き飛んだ。

 だが、間合いが遠い。

 おそらく、奴が剣でも握っていれば直撃していたに違いない。


 歩き方は余裕を見せる右足を前にした摺り足。

 右利きだから足を斬らないように踏み込む、ある剣士の癖。

 ――アイツの癖にそっくりだ。

 模倣しているのか、それとも……


 人とは違う。

 魔物とも違う。

 当然、魔族とも。

 

 これが、魔王か。

 お前が、まおう。

 そして……アイツの仇か。



―――――――――



 幾度かの攻防で分かった。

 動きの一つ一つ、歩き方や間合いの取り方――すべてがアイツと重なった。

 熟練の剣士、だから間合いが似ているのだろう。

 

 だが、なんでこれほどアイツと重なる?

 なんで、こんなにもアイツに見えてくる?

 体型すら、なにもかもアイツがダブって見える。

 僕の油断を狙っているのか?

 

 だが、無手だ。

 腰には禍々しい剣を帯剣しているのに?

 つまり、全力は出していない。

 なら、油断を狙うなんてことはしないはずだ。

 

 つまり、こいつは、魔王は。

 僕を舐めている。

 アイツ以下の剣士である僕を舐めているんだ。

 ――好都合だ。


 魔王が剣を握る前に決着をつける。

 僕はアイツみたいに強くはない。

 だけど、アイツの仇に優しく全力を待ってやるほど、人間はできてない!

 


――――――――



 もう一度と振り上げた体の内側に踏み込み、膝を急所に叩き込む。

 

 金属の音もしない。直撃のはずだ。

 なのに、効かない。奴の振り下ろされた拳が頬をかすめ、血が舞う。

 なぜ顔を殴らない?

 避けられると想定したのか?

 それとも我慢しているのか?


 鋭い拳が僕を捕らえ、体が跳ねた。

 間一髪で躱すも、奴の狙いは明らかにフェイントだった。

 無理な回避に態勢が完全に崩れてしまった。

 

 次に突き出された拳を剣を握らぬ左手で受けて、肘から先が吹き飛ばされた。

 なら、左手はくれてやる。

 そのまま、剣を心臓に突き刺した。

 魔力を剣先から送り込み爆発させた。

 ……当然、爆心地の僕もただでは済まなかったが、構わない。


 魔王を殺せれば。それでいい。

 僕の命で、魔王を殺せるなら、十分すぎる。

 

 

「この程度じゃ、やっぱ死なないかー」

 魔王が拳を振り上げた。

 余裕がある。ほんとに嫌になる。

 じゃなきゃ、アイツを殺せはしないよな!


 無くなった肘の先から魔力を爆発させる。

 追撃、だ!

 共に死のう。魔王。

 アイツに、一緒に会いにいこうぜ?






 幾度かの爆発と同時に蹴り飛ばされ、宙を舞った。

「ぐぅ、あ」

 全身の骨が折れたかのような激痛。

 言葉すら出ず、視界は赤く染まる。


「あ、はは。

 やっぱり、キミは強いな……」

「は? お、お前……」


 吹き飛んだ兜から見えたのは、銀色の髪。

 そして、どこか見覚えのある顔。

 口からこぼれる赤い血。

 魔族ではない、人間の血――。

 心の奥底で、信じたくはなかったけれど……

 目の前のそれは、確かに――アイツだった。



――――――――



「ああ、ほんと、俺はバカだなぁ。

 次の勇者がお前なら、余計、そう思う」

 

 目を細めて、言ってくる。

 しみじみとしたいい口、この態度。

 ――アイツの癖だ。

 明らかで、頭の中で理解できないと、何度も言葉が生まれてくる。


「なんで、お前が魔王、なんだよ。

 勇者、だったはずだろ」


 零れた言葉でも、自分が処理しきれていないのが分かる。

 客観視したいわけでもないのに。なぜとすら分からない。


「やっぱりさ。

 俺はキミの言う勇者なんかじゃない。

 どうにかするつもりで、どうにもできなかった」

「は?」

「時機、魔王が継承される。

 だから、覚悟を決めなきゃいけないのに……ごめん、ごめんよ……。

 お前が、勇者でも俺は、勇者を……」



 アイツの伸ばした手は、空に唐突に消えてなくなった。

 そこから、ガラスが砕けるように粉々になっていく。


「まて、行くな。

 魔王でもなんでもいい、死ぬな。

 ふざけんな、お前、なんでおい。」


 もはや言葉は返らなかった。

 誰もいなかったというように、何もなくなった。

 

 ただ、一つ言葉が反芻する。

 魔王が、継承される?

 どういう、意味だ。



――――――――



 ……気が付けば、唐突に叩き込まれた記憶に混乱した。

 目の前の魔王――かつての勇者だったアイツ。

 理解が、どうしても追いつかない。


 魔王を殺した者は、次代の魔王になる――

 そんな、唐突すぎる『世界の掟』を、僕は知らされるまでもなく理解させられた。


 意味が分からない。

 どうしてかすらもはや分からない。

 ただ、唐突に理解させられた。

 何が起きた??

 何で??



――――――――



 それはほどなく分かった。

 単純な話だ。

 次代の勇者らしき存在が来て、考える間もなく、僕の腕が勇者の体を貫いた。

 口をパクパクとさせ、何も言うことなく、崩れ落ちたその体を抱えて、僕は泣いた。

 理解しがたい。

 理解したくない。

 だが、確実に僕は魔王になってしまった。

 人を殺す、存在になり果てた。


 人を相手に対峙したら、何を思っていても、何をしていても無駄だった。

 そう、僕は魔王で、混乱はもうない。


 今までの勇者たちは魔王を倒し、

 魔王となり、勇者と相打ちを狙っていた。

 次代の魔王を生まれさせないために。

 二度と魔王を生み出さないために。


 だが、唐突に次代の勇者が現れて、僕は今までの歴々の勇者たちと違い、

 僕は、意味も分からず全力で初めて魔王として勇者を殺して、しまった。



「ああ」



 後悔などではない。

 だが、頭の中を反芻する苦しい言葉。

 死にたい。

 それも、叶わない。

 自刃しようと刃を立てても、刃は砕け散った。

 もはや、いかなる刃とて、自らの命を絶つことはできない。

 拳を自らに当てても、ぺちっと音がしただけだ。

 神様は、そんなところまですべてお見通しだったらしい。


 反吐が出る。




―――――――――――――――――――――



 ――もう何年たったか分からない。

 勇者も幾度となく倒した。

 いつしか、自分の終わりを望むようになった。



「ああ」


 また扉が開かれた。

 魔王を封印する、神の遊戯がまた開かれた。




―――――


 明確に、今までと違うのは、

 勇者一人ではなかった。

 5人の勇者たち――幼い勇者、戦士、修道女、斥侯、老練な爺さん。

 初めての事だった。

 勇者が仲間と共に来るのは。

 誰も仲間がいなかったわけじゃない。

 仲間なんて、連れていく余裕などない旅路であった。

 人外れの勇者だけが、その死の旅に耐えられたというのに。


 だが、まともに戦えるのは勇者ただ一人だけだった。

 拳一つで戦士は血だるまになった。

 腕が吹き飛んでも、修道服の少女が癒して何度も戦い続ける。

 それでも、止まらない。 

 死すら恐れない。

 その覚悟が命と意志をつなぎ留めているのだろう。

 斥侯の少女は、最初こそ震えていたが、今は戦士を助けて、彼を何度も修道女へと引きづった。


 体が勝手に追撃を仕掛けても、勇者と爺さんの魔法が僕を阻んだ。

 まるで傍観者のように、僕は手に汗握った。

 彼らなら、僕を開放してくれるかもしれないと。


 だが、それが夢幻となったのは必然だった。



――――――――



 勇者へ拳が直撃した。

 僕と同じく、左手が吹き飛んだ。

「あ、ああああああああああああ!!!」

 肘から先が消え、情けない叫び声をあげた。

 無理もない、見た限り15歳にも届かない子供だ。

 ……戦士は幾度となく腕は跳びまくっていた。だが、彼と勇者では心の在り方があまりにも違いすぎた。

 

「勇者!!」

 声をかけながら、他の仲間たちは集まる中、たった一人で僕の前に立った。

 それは、戦士ではなかった。

 諦めと、決意の瞳を見せた爺さんだった。


「皆は下がりなさい。

 そして、いつか魔王を倒してください」

 自己犠牲の決意の言葉に、僕は初めて今回全力で行動に抗った。

 震える手で杖を握りしめ、僕に対峙する爺さん。

 だが、僕の意志とは関係なく突き出された拳が、爺さんを貫いた。

 ……ああ。


「ごぶっ。お、お逃げください勇者。

 戦士! 担いででも勇者を逃がせ、

 早くしろ、最後にカッコ悪いところ見せたくない……!

 はやく!!」

「っ!? すまない爺さん!!」

 戦士が勇者を抱え、走って逃げていく。


 ふざけるな。止まってくれ僕の体。

 追撃を仕掛ける僕の足を全力で踏み留めるが、爺さんの横へ足を逸らせるのが精いっぱいだった。



「はは、勇者様は、相変わらず、お優しいことですじゃ。

 ですが、これがワシの最後の使命。

 あなたに救われたワシの最後の……」


 もたれかかるように声をだした爺さん。

 なんだ、どうして。

 お前は、誰だ??


 光が圧縮されていく。

 魔力だ。

 わかる、これは自分の命と魔力を圧縮して……。

 まて、爺さんあんたまで、その命を散らせる必要はない!


「……致命傷。というやつですなぁ。

 分かっております、もはや手遅れだということは。

 ゆえ、そんな無駄はいたしませんよ。

 共に行きましょう勇者様。ワシが地獄への道案内を務めさせていただきます」


 光が包まれる。

 命の力。

 魔力の力。

 それが混ざったと思った時、僕の意識はまた途切れた。



――――――――



 僕の前には、爺さんが手を振った。

 伸ばした手はすり抜け、爺さんは天に昇った。

 浮いた体から地面を見ると、大きいクレーターだけがあり、

 他になにもなかった。

 魔王の城も丘も結界も扉も、なにもなかった。


 空から手を引かれる。

 アイツだ。

 苦笑いの中で、言葉は聞こえずとも――

「よく頑張ったな」


 ああ、色々な事があった。

 魔王なんかになってしまった。

 でも、もう魔王を倒した存在は、いなくなった。

 もう、魔王が生まれることはない。


 世界は、救われたんだ。




 しかしその瞬間、引かれる手が溶け、

 その手は溶けるように変化し、光に満ちた美しい形を帯びる。

 人なのか、魔族なのか、全く見当もつかない。

 ただ、無邪気な、声が頭に響いた。


「みーつけた」

 誰なのか分からない、その手が僕を空に引き上げた。

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