7.徒目付の来訪
それから、竹三郎と親しかった徒目付の田島が水梨にやってきた。徒目付の田島は100石、田島の上司の目付の深川は1千石である。
「年貢の減免など出来ぬ。百姓は殺さぬようにというではないか」
陣屋で、徒目付の田島が鼻で笑った。
「殺さぬように、生かさぬようにです。このままでは一揆がおきますよ」
田島は冷たい口調で言い放つ。
「一揆が起これば、代官のお主は切腹。首謀者の農民は磔になる」
同心達を陣屋から追い出すと田島は小さな声で竹三郎に伝える。
「独り言を言うぞ。勘定奉行の坂口様からの伝言じゃ。「決められた通りの米を送ってくれればよい。幕府も苦しいのだ。お主は、代官の期間だけ無難にこなし他役につけばよい。わしの任期中におかしなことをしてくれるなよ」と。坂口様らしいが、坂口様なりにお主の事を心配しておられるのだ」
田島は竹三郎と年が近い。
「拙者のような嫌われ者は代官の就任は仮病を使ってでも断る。代官は農民に嫌われ、徒目付や勘定方からは常に横領を疑われ監視される。年貢が足らなければ、勘定方から矢の催促じゃ。勘定方の言う通りに年貢を集めれば農民に恨まれ一揆を起こされ切腹じゃ。だから、代官のなり手がいないのよ」
「田島殿は、代官のことに詳しいのですね」
「ああ、父上が代官だったからな。絶対に代官だけはやりたくないと思ったよ。父上も真面目で善良なだけが取り柄の武士だった」
田島は、深刻そうな顔で竹三郎を見つめる。
「勘定吟味役の牧高様も心配しておられる。竹三郎は真面目な男ゆえ、絶対に頭ごなしの直訴はしない。順番に上申書を送り付けるはずだと。勘定吟味役の牧高様が拒絶すれば、次は勘定奉行の坂口様に。坂口様が拒絶すれば、次は評定所に。評定所が拒絶すればご老中に。ご老中が拒絶すれば、切腹覚悟で上様に直訴するのではないのか」
竹三郎は、愉快そうに笑った。
「牧高様は、私のことを高く評価しすぎじゃ。私とて命は惜しい。切腹してまで上申はせぬ」
「ということは、切腹する必要がないご老中までには上申するのじゃな」
「田島殿は、立派な徒目付だな」
田島は苦笑いをする。
「目付の深川様からの伝言じゃ。鈴木は優秀な男。検地の間違いが見つかれば責任問題になる。赴任してから時間をかけて上申したということは落としどころがあるのじゃろうと」
「田島殿、落としどころを聞けばお主も共犯になるぞ」
「落としどころを聞きに来たのじゃ」
竹三郎は図面を取り出した。
「水梨の天領は、関ヶ原で改易された脇坂殿の旧領。脇坂家は幸いというか跡取りがおらずに断絶している。元々の石高は1万石。それが数代の代官が1.1倍ずつ石高を多く測量して4千石に増えた。代官の責任を問わずに検地をやるなら、脇坂家の旧領が6千石だったことにする」
「さすがにばれるであろう」
書付を見せる。
「水梨の周辺は御三家と譜代の領地、この境が5回変わっている。しかも、御三家を除けば、3回、藩主が入れ替わっている。土地の変遷が複雑ゆえ、来歴を調べるのに半年かかった」
「再検地をやっても、来歴を調べるのが難しいのか」
「検地の金は、どうするのだ」
「私の私財を水梨領に貸し付けてやる。水梨は、口米をほとんど徴収していない。検地後に、勘定方から返してもらえばよい。検地費用は数年分の口米を充てれば勘定方のお金を使わなくても良いのだ」
竹三郎から目付の深川、勘定奉行の坂口、勘定吟味役の牧高宛の書状を田島は託された。
田島は、陣屋に一泊することにした。
「いや、構わんのだが、田島殿は本陣に泊まった方がよいと思うぞ」
田島は、雑穀と鰻のぶつ切りを焼いたものを夕餉に出され驚く。
「口米がなく、同心達も貧しい故に数代前からこうして代官も陣屋で食事を供にしているのだ。川の魚は、御三家との境ゆえ、領民が真似をせぬように採れぬ。山菜やキノコも山の幸は御三家の鷹狩場ゆえ、採取できぬ。無理強いせぬゆえ、本陣に泊まった方が良いと思うが」
「我が家も豊かではなかったが」
亡き父親を想い田島は雑穀を食べた。
翌日は、田島は中山道沿いの本陣に泊まり、水梨の検分を数日間行って、江戸に帰っていった。
田島が目付の深川に、水梨の報告と竹三郎の書状を渡しに行く。
「田島は鈴木から預かった書状を道中なくした。そうであろう」
深川は笑顔だが、目が笑っていない。
「考えてもみよ。鈴木は、先代の林大学頭が天才と可愛がっていた男だぞ。落としどころを上手く用意しておるのであろう。だがな、年貢が減るのは間違いない。ご老中も余計なことをしてくれたものじゃ。代官の引き受け手などはな、善良なものしかおらんのだ。田島の御父上もそうであろう。水梨で検地をやり直せば、他の代官所からも同様の訴えが来る。鈴木は勘定方か評定所で働かせておけばよかったのだ」




