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悪代官は憂鬱、江戸時代のブラック中間管理職  作者: 林和志
1章 代官への栄転
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1.悪代官ごっこ

時代劇って、悪代官が成敗されることが多いじゃないですか?

あるいは、悪徳商人から賄賂を貰う。

ただ、実際に、代官というポストは、現代で言うと係長か課長ぐらいの中間管理職なんですよ。

下(農民)からは突き上げられ、上(幕府や藩)からは、怒られて。

で、給料も最下層の旗本なんです。部下も大名なら数十人以上いるんですけど、5人ぐらいしかいないんです。もちろん、下働きとか中間を雇うから、実際はもう少し人数がいるんですが・・・・。


さらに、目付(監視)、勘定方が横領しないように監視をしているから、すごく大変だろうなあと思ったんですね。


水戸黄門って、歴史上は、『大日本史」の編纂で重税を課しているから、名君かどうかと言われると、水戸藩の農民からしたら、「重税爺」でしかない。


代官は、目付(正確には徒目付)や勘定方から「横領していないか?」監視され続けて、不作で年貢が減ると、上から滅茶苦茶つるし上げにあう。代官と同格の、徒目付や勘定方は、今でいえばキャリア組の官僚、本社のエリートなんです。で、代官というのは、支社の営業課長とか営業係長で、本社から無茶なノルマが送られてきて・・・。みたいな仕事。


だから、悪代官というけれど、いや、年貢率決めるの幕府や藩主(老中や家老)の仕事なんですよ。年貢率って、現場の代官が変えれないんですよ。


今、ちょうど、自転車の青切符が導入されました。でも、これ警察庁のキャリア組が決めた政策ですよね?それを現場の巡査、巡査長、巡査部長クラスの人達が文句を言われながら、取り締まっている。

決めたやつ(警察庁と道路交通法を改正した国会)が悪いんですよ。政策って・・・。


そういうことも強く感じて書いた作品です。



 「お代官様、ご無体な」

 水梨の陣屋で、少しはしゃぎながらいつも戯れてくる下働きの繭のいつもより艶やかな小袖の帯を握りしめ、20代後半の代官、鈴木竹三郎は自問自答する。なぜ、自分はこんなことをやっているのだろうか。

 繭の白い玉のような肌が露わになりそうになり、竹三郎は慌てて目をつぶる。

 「西陣で反物にして上様に献上するとは、美雪殿もなかなかの悪人よの」

 水梨の天領の隣にある旧友の松平乗平の父が治める領内の屋敷の一室で、紅色の鮮やかな絹の着物を召した美雪に鈴木竹三郎は語りかける。いつものようにふざけた口調で、吹き出しそうになりながら美雪は竹三郎に応じる。

 「いえいえ、お代官様ほどではございませんよ」

 それから、いつものように無邪気に美雪は腹を抱えて大笑いする。

竹三郎は、自問自答する。なぜ、繭も美雪も浮かれているとはいえ、自分はこんな子芝居に付き合わされているのだろうか。

 それは、竹三郎が悪代官だからだ。


 半年前、江戸城で竹三郎は真面目に働いていた。

 「鈴木は年貢を減免せよとうるさい。大学頭殿が強く推薦するのだから、頭は良いのだろうが、ちと杓子定規すぎはせぬか。政というのは学問とは違うと思うのだが。のう、高坂殿」

 中年太りで脂ぎった若年寄の永井がそう言うと、それに追従して大目付の高坂が笑いながら、いつものように相槌を打つ。高坂も調子が良く、抜け目がない人物であった。

 「永井様。農民は生かさぬように、殺さぬようにと鈴木に助言しましたらな、あの貧乏学者、何と答えたと思われますか」

 興味深そうに、若年寄の永井は高坂の顔を見る。 

 「ほう。高坂殿は面白いことをいう。何と答えたのだ」

 「生意気にも、儒学の講釈を垂れてきましたよ。孟子曰く、「衣食住足りて礼節を知る」とございますとな」

 高笑いする永井と高坂を、他の評定衆達は否定も肯定もせず、日本人特有の曖昧な笑顔を浮かべ、退屈そうに、少し軽蔑した目をして無言で見つめていた。江戸は平和だ。このつまらない評定を打ち切り、早く屋敷に帰りたかった。この2人はお喋りで困る。今日の評定には老中は出席していない。

 

 本来なら、月番老中が評定所に出席する必要があったが、実務は奉行達が行うので、政務に熱心ではない老中は評定所に顔を見せないこともあった。評定所よりも、上様のご機嫌取りを、それよりも江戸城内の伏魔殿、大奥のご機嫌取りと根回しをしなければ、老中達ですら政を行えなくなっていた。老中も大奥に胡麻をすりにいっているのであろう。

 

 若年寄の永井と大目付の高坂は優秀ではない。若年寄も老中見習いとしての若年寄とこれ以上、出世が望めない若年寄がいる。大目付も太平の世には、閑職であった。要するに暇な永井と高坂だけが、やることがないので他愛もない雑談をしに評定所に来ているのである。奉行達も、邪険にするわけにもいかず、うんざりとした顔で話を聞き流していた。

その日、江戸城で開かれた月番の評定所に集まった若年寄と高坂は評定所留役の鈴木竹三郎の悪口で盛り上がっていた。

 「大学頭殿のお気に入りらしいが、現場を知らぬ儒者の戯言よな」

 竹三郎は、世渡り下手で困る。タチの悪い暇人に目をつけられてしまった。竹三郎の上司、勘定奉行の坂口は頭を抱える。

 翌日、竹三郎は勘定奉行の呼び出しをうけた。あるうららかな春の日の事であった。

 「鈴木よ、出る杭は打たれる。昌平坂の学問所では神童と呼ばれていたことは良く知っておる。良く知っておるから、将来のことも考えて勘定方から評定所留役に出向させたのだが・・・。評定所でお主を嫌っておる御仁がおられてな」

 「若年寄の永井様ですか」

 「うむ、お主もこれからは相手をよく見て諫言せよ」

 坂口は少しためらったが、はっきりと竹三郎に伝えることにした。

 「それほど現場の声を聴けというのなら、一度、お主を現場にやってはどうかと永井様に嫌味を言われてな。すさまじきは宮仕えというが。これも修行じゃ。鈴木、評定所留役を解任する。佐藤が身体を壊してな、ほれ、評定所でも話題になっておるであろう。例の水梨の代官に赴任してくれ」

いつの時代にも不器用な人間はいる。少禄の旗本にとって幕閣や奉行の代わりに評定所の実務を担う評定所留役は幕府の奉行に昇進する足掛かりになる。勘定吟味役や奉行を経て、三奉行や目付に昇進したものさえいる。

 評定所は、江戸時代の閣議である。とはえい、いちいち、市政の事まで激務を担う老中、若年寄に実務を担当させるのは酷であろう。江戸時代、あらゆることが評定所で決定されていた。 

町奉行や火付け盗賊改めが容疑者に行う拷問も、法治国家である江戸幕府においては評定所の許可なく行うことは出来ない。ゆえに、こうした実務を担当するのは勘定奉行所から出向した評定所留役である。鈴木竹三郎の父は、700石の火付け盗賊改めであった。

 

 竹三郎は三男である。少禄の旗本の三男坊は、よほど優秀でなければ一生、部屋住みの厄介者である。しかし、竹三郎は、湯島にある幕府の学問所を預かる従5位林大学頭の秘蔵っ子であった。四書五経はもちろんのこと、仏教、陽明学、万学を修め、先代の大学頭の肝煎りで勘定方に入った。勘定方は、勘定奉行配下の最下層の旗本である。そして、勘定方で才覚を発揮した竹三郎は評定所留役に出向していた。現在、150石である。

 竹三郎の父は、若くして亡くなったので家督は竹三郎の兄が継いでいる。兄の紹介で竹三郎にはお千代という名の婚約者がいた。うりざね顔の色の白い美人であった。色の白い肌をしていたが、さらに白粉を塗りたくり真っ白な顔をしていた。

 「当代の流行らしいが、興ざめるものだな」

竹三郎の兄が白粉顔を見て、呟いた。

その婚約者は、竹三郎が水梨の代官に内定したと聞くと、

 「竹三郎殿。まあ、まあ。ご昇進おめでとうございます」

 「お千代殿、婚姻はどうされる」

 「代官は天領のお支配、大切なお役目でございます。無事お勤めが終わりましたら、また、機会もありましょう」

 そして、竹三郎様のような優秀な方は、千代には勿体のうございますとあっさり、振られた。

 千代の父親は、1千石の遠国奉行である。

 「評定所の留役ならもっと上に行くであろう」と婚姻を勧められたが、代官に決まったと聞くと、あっさりと破談になった。

 「竹三郎殿が代官でしくじると思っておるわけではない。思っておるわけではないのだが、お千代も一人娘ゆえ、万が一のことがある代官はな、許せ」

 お千代の父は、竹三郎と兄に詫びた。

 「竹三郎殿も優秀ゆえに、堅物すぎたのじゃな」

 お千代の父は、一人座敷で月を見ながら、盃を傾けると千代の父は呟いた。


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