既読の復讐:死者からのLINE
既読の復讐:死者からのLINE
序章:再会と呪いの発端
スマホが「ピコン」と鳴った。通知を確認すると、見慣れないLINEグループが作成されている。「中学同窓会」。なんだこれ、と俺――主人公(20代後半、男性)――は眉をひそめる。10年前に中学を卒業し、それぞれの道を歩んでいた面々が、今になって集められるとは。
だが、それから数分後、俺のスマホは奇妙な音を立てた。耳障りな着信音。スマホの画面には、ありえないはずの通知が表示されていた。
「健太」
心臓が跳ねる。健太は、10年前に死んだ。彼の死因は公には伏せられたが、クラスの誰もがそれが何であったかを知っていた。――いじめが、彼を死に追いやったのだ。通知と共に、スマホは不快な「じりじり」とした振動を伴った。それは、通常のバイブとは全く異なる、皮膚の奥に微細な違和感が広がるような、不穏な震えだ。耳の奥では低いうなり音が響き、まるで精神の奥底が直接揺さぶられているかのような錯覚に陥る。時に、スマホから電子機器の異常を思わせる微かな異臭まで漂い、デジタルな異変が物理的な脅威へと変質していくのを感じた。
画面には文字化けしたメッセージと、不気味なスタンプ。すぐにグループチャットに目をやると、他にも健太からのものと思われる奇妙なスタンプが勝手に送り付けられている。そして、グループ内のメンバーのLINEアイコンが、すでに不気味な変貌を遂げ始めていた。
「おい、これ、誰かの悪趣味なイタズラか?」 田中がグループチャットにメッセージを送る。田中のアイコンは、すでに顔がゆがみ、目が黒く塗りつぶされている。「ああ、そんなこともあったね」「懐かしいね」と、健太の死について触れる彼らの反応は、あまりにも表面的なものだった。まるで、健太へのひどい行為の具体的な内容など、彼らの記憶には一切残っていないかのように。
俺には、あれは「明らかにひどいいじめ」だった。小学校の頃の健太は、確かに少し内向的で、クラスでは浮いた存在だった。ボカロ曲を作るのが好きで、俺だけには、よく自作の曲を聴かせてくれた。彼の作る曲は、機械的な声でありながらも、健太の創造性が光る独特のメロディーと、少年らしいまっすぐな歌詞で構成されており、俺は純粋に感動したものだ。健太は目を輝かせながら「この曲で、いつかみんなに僕の気持ちを届けたいんだ」と語っていた。しかし、田中たちはそんな健太を「遊び」と称して弄んだ。
健太からの通知以降、グループ内の一部のメンバーのLINEに異変が起こり始める。アイコンの変化やメッセージの文字化け、そして健太からのものと思われる奇妙なスタンプがグループチャットに勝手に送り付けられるなど、デジタル空間の侵食が始まる。同時に、メンバー個人のスマホのLINE通知設定が勝手に変更され、たとえマナーモードやサイレント設定にしていても、LINEの通知が鳴り響くようになる。特に、iPhoneに設定している「マリンバ」のようなよくある着信音が、不自然にゆがみ、やがて木魚の音へと変化していく。その木魚の音に重なるように、お経のようなラップのボカロ曲が不気味に響き始める。
メンバーはLINEグループを削除しようとしても、抜けようとしても、何度試みても「エラーが発生しました」などのメッセージが出て、一切の操作を受け付けない。
送られてくるスタンプは、次の被害者やその人物の「罪」を抽象的かつ不気味に暗示するものであり、メンバーはそれが何を意味するのかを考えさせられ、パニックと疑心暗鬼に陥る。「次は誰だ?」という予測可能な恐怖がグループを蝕んでいく。
呪いの進行と「いじめの再現」〜忘却からの強制的な自覚〜
最初に被害に遭ったのは高橋だった。
彼のLINEには、閉ざされた空間で苦悶する人物を抽象的に描いたスタンプが繰り返し送られてくる。その度に、彼のスマホから木魚の音と、お経のようなラップのボカロ曲が鳴り響き、同時に「じりじり」とした奇妙な振動が伝わる。彼は通知を止めようとするが、設定は勝手に元に戻り、音も振動も止まらない。グループを抜けようとするが、削除も脱退も一切受け付けない。
「誰だ!これを止めろ!」
彼の悲鳴にも似たメッセージがグループに流れる。そして、高橋のスマホから流れるお経のようなラップのボカロ曲に合わせて、「縛されし心は闇に閉され、光明を求むれども、道は塞れん」というお経が彼の頭を駆け巡る。
俺の脳裏には、健太が体育倉庫に閉じ込められ、必死にドアを叩いていたあの日の光景が蘇った。恐怖に歪んだ健太の顔、助けを求めるような視線。当時、俺は見て見ぬふりをした。自分もいじめの対象になるかもしれないという恐怖心から、何もできなかった。高橋は、スマホを握る手を震わせながら、「あの時の健太はこんなに苦しかったのか」とメッセージを送った。彼は大人になって初めて、自分たちの行為がどれほどひどいものだったかを実感し、絶望に打ちひしがれていた。「ひどいことをしていたんだ…」彼は呻くように呟いた。「生きていれば謝れたのに…」。
高橋のアイコンが完全にグレーアウトされ、その上に血で滲んだような**汚れた十字**が打たれたとき、グループは静寂に包まれた。
次に標的になったのは小林だ。
彼のLINEには、腐敗した物や、破損した筆箱、あるいは汚れた文房具を思わせる不気味なスタンプが頻繁に現れる。スタンプが届く度に木魚の音とボカロ曲が鳴り響き、不快な「じりじり」とした振動が止まらない。彼には「汝が汚せし物は、魂を汚す。清きは穢れ、尊きは貶めん」というお経が響く。
小林は、彼の最も大切な持ち物が次々と不具合を起こし、使用できなくなるなどして精神的に追い詰められていった。彼の悲痛な叫びがグループに響く。「やめろ!俺は何もしてない!」しかし、彼の記憶は強制的に呼び覚まされていく。健太の私物を弄び、教科書に落書きし、筆箱の中身をぶちまけた、あの陰湿な行為の数々が。健太がどれほど苦しんでいたか、その時の健太の絶望的な顔が鮮明に蘇る。「俺はなんて汚いことをしたんだ…」後悔の念に囚われた小林は、田中と同じ末路を辿った。彼にも、血で滲んだような**汚れた十字**が打たれる。
そして、佐藤美香の番だった。
彼女のLINEアカウントには、顔が歪んだり不自然に加工された人物のスタンプが送り付けられ、さらに彼女のプライベートな写真が奇妙なスタンプと共にLINEグループ内に勝手に拡散される。その度に木魚の音とボカロ曲が執拗に流れ続け、身体に響くような「じりじり」とした振動が彼女を襲う。彼女には「響きし声は穢され、創りしは歪められん。真は偽り、魂は傷つけられん」というお経が流れる。
「やめて!やめてよ!」彼女の悲鳴がグループに響く。彼女はスマホを電源オフにしようとするが、なぜか電源が落ちず、音と振動は止まらない。グループから抜けようとしても、削除しようとしても、一切操作ができない。健太のボカロ曲を嘲笑し、改ざんした時の健太の絶望的な顔、仲間たちと笑い合った記憶がフラッシュバックし、「あの時の自分は、なんて残酷だったんだろう」と自らの行為のひどさを実感する。謝罪の機会を失った後悔が、彼女の苦痛を深めた。やがて、彼女のアイコンにも血で滲んだような**汚れた十字**がついた。
加害者たちの末路を目の当たりにする中で、俺は健太との楽しかった日々、特に健太がボカロ曲に情熱を燃やしていたキラキラとした姿を回想する。スマホから流れるお経のようなラップのボカロ曲は、健太が聴かせてくれたあの日の純粋なボカロ曲が歪められ、変質してしまったものであることを、俺は悟った。「あんなにも輝いていた健太を、なぜ守ってあげられなかったのか」という深い後悔と自己嫌悪に苛まれる。
大人たちの「罪」と関与
次なる標的は野村先生だった。
彼のLINEには、生徒たちの悲痛な顔や、助けを求めるようなスタンプが繰り返し送られてくる。同時に、木魚の音とボカロ曲が大音量で鳴り響き、スマホの振動がまるで生き物のように不快な「じりじり」とした感覚で彼を苛む。彼には「見て知りながら目を閉じ、声なき訴えに耳を塞げり。その罪、重く、道は遠からん」というお経が響く。
野村先生のメッセージがグループに流れる。「これは一体…何が起こっているんだ!?」彼もまた、スマホを破壊しようとするが、なぜか壊すこともできず、この強制的な通知から逃れる術を失う。グループから何度試しても抜け出せず、削除もできず、まさに絶望の檻に囚われる。
過去の記憶がフラッシュバックする中で、彼は「あの時、もう少し真剣に向き合っていれば…」と後悔の念に囚われた。いじめの兆候に気づきながら、事なかれ主義で積極的に介入せず、あるいは加害者(特に佐藤美香のような優等生)の言い分を鵜呑みにし、健太の訴えを退けたこと。健太へのデジタルいじめへの理解も乏しく、適切な対応を放棄したこと。健太の死因が調査委員会で公表されなかったことを盾に、自己の責任を回避し、いじめっ子からの報復を恐れて叱ることに躊躇したこと。**「あのいじめが、結果的に健太の命を奪ったのだ」と、彼は内心で呻いた。大人の責任の重さと、見て見ぬ振りをした罪の象徴として、野村先生のアイコンにも血で滲んだような汚れた十字**が打たれた。
主人公と「助かったメンバー」の物語
グループ内には、俺の他に、いじめに直接関与せず、ごく軽度な傍観者だったメンバーもいた。彼らもまた、健太への行為を「いじめ」と認識していたが、何もできなかった罪悪感を抱えている。彼らは、健太が陰湿な嫌がらせを受けていたこと、例えば持ち物を隠されたり、悪口を言われたりする現場を目撃しながらも、「自分には関係ない」「大ごとにはしたくない」という保身から、具体的な行動を起こさなかったことを思い出す。LINEの異変が起こるたびに、当時の健太の怯えた表情や、助けを求めるような視線がフラッシュバックし、彼らの胸を締め付ける。
彼らのLINEには軽微な現象が起こる。奇妙なスタンプが送られてくるが、加害者たちに送られるものよりはるかに穏やかで、しかし罪悪感を刺激するようなデザインになっている。例えば、健太が作ったボカロ曲の譜面が、雨で濡れて滲んでいるようなスタンプや、体育倉庫の鍵が、錆びついて開かなくなっているスタンプなどだ。また、彼らのスマホの着信音も木魚の音とボカロ曲に変化するが、加害者たちほど執拗ではなく、音量も控えめである。その振動も、通常のバイブに近いものの、時折微かな「じりじり」とした異音が混じる程度に留まる。彼らも通知を止めようとするが、設定は勝手に戻るものの、加害者たちほど強制力は強くなく、一時的に音量を下げたり通知を無視したりすることは可能である。また、グループを削除しようとしても、一度はエラーになるものの、数度の試行の後にようやく削除や脱退に成功した。
「これって…健太の呪い、なのか…」
グループの一人が震える手でメッセージを送る。そして、別のメンバーが「墓参り、行こう…」と提案した。
「これで助かる保証はない」「もしかしたら手遅れかもしれない」という不安を抱えながらも、恐怖からではなく、心からの贖罪のために健太の墓参りに行くことを決意したメンバーがいた。俺もその一人だった。毎年欠かさず墓参りを続けていたが、今回は加害者たちの末路を目の当たりにしたからこその、深い後悔と贖罪の気持ちが胸を締め付けていた。墓前で健太に心から謝罪し、涙を流す。
一方で、「とりあえず行けば助かるだろう」という打算的な気持ちで墓参りに行った者もいた。彼は墓前で「とりあえず形式だけでも謝罪しておけば、この呪いから逃れられるだろう」という計算が働き、心ここにあらずで、スマホの通知を気にしながら短時間で済ませた。彼は墓参り中もスマホの異常な振動に怯え、「これで止まるはずだ」と期待するが、結果的に異常は止まらず、報復を受けて破滅した。「なぜだ…!墓参りに行ったのに!?」と叫び、精神的な破滅を迎えた彼のアイコンにも、血で滲んだような**汚れた十字**が打たれた。これは、心の底からの反省をした者だけが許されるという健太の怨念の判断基準を明確に強調するようだった。
心から反省し墓参りに行った俺と「助かったメンバー」に起こっていた軽微な現象は、墓参り後、ピタリと止まった。この時、俺は「もしかして?」と感じるものの、それが確信に変わるのは、復讐が全て終わった後になる。
終章:終焉、そして残されたもの
そして、最後の標的、田中の番が来た。
彼が健太に行った全ての精神的苦痛を与える行為が、最も過酷な形で返ってくる。彼のLINEには、これまで現れた全ての種類のスタンプが複合的かつより悍ましく変化したものが、連続して送られてくる。スタンプが届く度に木魚の音とボカロ曲が大音量で鳴り響き、スマホの振動がまるで生き物のように不快な「じりじり」とした感覚で彼を苛む。彼には、「汝が為せし無慈悲の行は、一を砕き、万を遠ざけん」といった、存在の破壊と孤立を説くような、重く響くお経が頭の中に響き渡る。
彼はスマホを破壊しようとするが、なぜか壊すこともできず、この強制的な通知から逃れる術を失う。グループから何度試しても抜け出せず、削除もできず、まさに絶望の檻に囚われる。彼にも過去のいじめの走馬灯は見えるが、彼は最後までその「ひどさ」を実感することを拒否し、「これは呪いだ!」「俺は悪くない!」と叫び続ける。「いじめた自覚もないまま」精神的な破滅へと向かう彼の末路が、最も強烈に描かれた。彼のアイコンが完全にグレーアウトされ、不気味な赤と黒の**「済」マーク**がついて、田中への報復が完了したことを示していた。
その瞬間、健太のスマホからの奇妙な着信音や、LINEグループ内の全ての不気味な現象(文字化け、アイコンの変化、奇妙なスタンプの送信、着信音の変化、奇妙な振動、強制的な通知設定など)が突然停止した。
そして、俺や生き残った「助かったメンバー」のLINEのトークリストから、まるで存在しなかったかのように、あの「中学同窓会」のLINEグループが跡形もなく消滅した。グループ内の過去のトーク履歴、写真、アルバムも全てが消え、まるで悪夢が覚めた後のような静寂が訪れた。
健太の怨念は安息を得たのだろうか。彼の復讐はデジタル空間から完全に完了した。俺たちのLINEアイコンは通常のままで「済」マークはついていない。健太が俺たちの悔恨を受け入れ、「許した」ことを示唆しているのだろう。
俺たちは、健太の悲劇を忘れることなく、しかし穏やかな生活を送る「証人」として存在することになる。そして、LINEの通知音が鳴るたびに、一瞬体がこわばるような感覚を覚える。健太が大切にしていたボカロ曲を耳にするたび、かつての純粋な彼の姿と、復讐によって歪められた不気味な音が脳裏をよぎる。しかし、それらは単なる恐怖ではない。もし、どこかでいじめを目撃したなら、今度こそは何も見過ごさない。彼の犠牲は、俺たちの中に確かに残った教訓だ。彼らが「生きていればこそ」の謝罪と償いの機会を得たことが強調される。