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婚約者である第一王子からの突然の婚約破棄は理由など聞くまでもなくどうでもよかった。問題は長年病弱な王に代わり国政をほぼ一人で担ってきた立場でいなくなれば国がどうなるかなど想像に難くない

作者: リーシャ

 王都の喧騒から遠く離れた一室でティーニアは静かに荷物をまとめた。イライラする。婚約者である第一王子からの突然の婚約破棄。

 理由など聞くまでもない。おおかた予想はつく。新しい愛を見つけたのだろう。それ自体はもうどうでもよかった。

 ため息を大きく吐く。問題は長年、病弱な王に代わり国政をほぼ一人で担ってきた、ティーニアの立場だった。色香のせいで破滅する予感がある。


 自分がいなくなればこの国がどうなるかなど、想像に難くない。家に帰れば。


「ティーニア、お前のような役立たずはこの家にはいらない!」


 実の父である国王の冷酷な言葉がティーニアの胸に突き刺さる。婚約破棄された娘に価値などない、とでも言うのだろうか。いや、わかっていた。


 王城を追い出され、頼れる家族もいない。親はまともな思考をしていないとわかっていたではないか?

 これからどうすればいいのか、ティーニアには全く見当もつかなかった。皮肉に耳がほわんとなる。


 夜の帳が降り始めた頃、ティーニアはあてもなく王都の石畳を歩いていた。耳鳴りがひどい。現代日本の記憶を持つ己にとって、この世界は理不尽と不条理に満ちている。


「むかつくなぁ」


 聖女として祭り上げられ、利用されてきた過去も今となっては遠い夢のようだ。過去を思っているとふらりとなる。そんな時、一台の豪華な馬車がティーニアの傍らに止まった。


「このような時間にお一人とは珍しいですね」


 馬車から降りてきたのは見覚えのある人物。


「第四王子様っ」


 第四王子、コウギン。公務で何度か顔を合わせたことがある。この国の王子と違う人格者。物腰が柔らかく、常に穏やかな微笑みを湛えている彼がなぜここに?


「コウギン殿下」


 掠れた声でティーニアが答えるとコウギンは優しく微笑んだ。ちょっと疑心暗鬼なのに。


「もし行き場がないのでしたら、私の馬車にお乗りになりませんか?ちょうど、少し遠出をする予定がありまして」


 腹黒い気がしてきた相手。警戒しながらも、他に頼る宛のないティーニアはコウギンの申し出を受け入れた。このままじゃ野宿。馬車は夜の道を走り出し、ティーニアは隣に座るコウギンを静かに見つめた。

 カタカタ揺れる車内。彼の瞳はどこまでもある優しさを宿しているように感じられた。


「私になにかご用なのですか?」


「焦らないで」


 数日後、馬車は隣国を二つ隔てた豊かな緑に囲まれた美しい国に到着。コウギンはこの国で穏やかに暮らしているという。信じられない。

 ティーニアのために用意されたという小さな家は、質素ながらも温かみに溢れていた。


「ここへ住んでくださいね」


「いいのでしょうか?」


 それからの日々は、ティーニアにとって夢のようだった。至れり尽くせり。コウギンは毎日、彼女を訪れ、様々な話を聞かせてくれた。


「ティーニア様は、ずっとがんばっておられました」


 この国の文化、歴史、彼自身の想い。


「それほどでもありません」


 ティーニアの現代の知識に興味を持ち、熱心に質問することもあった。現代のものは、この世界では再現は無理そうなんだけど。色々言えてスッキリ。


 少しいいですかと、散歩に誘われる。デートのお誘いかなとウキウキした。冗談はさて置き。


 ある日の夕暮れ時。庭園で二人で花々を眺めているとコウギンは真剣な眼差しで、ティーニアに向き直った。


「ティーニア様、いえ、ティーニア、初めてお会いした時から、あなたの聡明さと強さに惹かれていました。辛い過去はあったかもしれませんがあなたは決して一人ではありません。もしよろしければ、私の傍で友人として共に生きていきませんか?」


「えっ」


 コウギンの言葉はティーニアの心にじんわりと染み渡った。


 もう一度小さく「えっ」とこぼす。孤独と絶望の中で生きてきた自分にとって、この温かい眼差しと優しい言葉は何よりもかけがえのないもの。実務でボロボロにされた心に沁みる。


「はい」


 ティーニアはそっと頷いた。祖国のことなど頭にない。かつての婚約者のことなど、もう思い出せない。両親のことも国の誰かのことも。彼女の心にはコウギンへの感謝とこれから始まる、新しい生活への希望が満ち溢れていた。かけがえない友人ができたらしい。


 隣国での穏やかな日々を送るティーニアとコウギン。二人の間にはゆっくりと友情が育まれていた。毎日のんびりできて、生まれて初めてのゆったりした時間。


 コウギンはティーニアの聡明さと優しさにますます惹かれ、ティーニアもまた、彼の穏やかさと深い姿勢に安らぎを感じていた。このまま続いて欲しい。


 ある日、コウギンの側近である凛々しい騎士姿の男性が、急ぎの知らせを携えてやってきた。誰だろうと顔を見つめる。直ぐに彼の名はクラフトと知る。


「久しいね、クラフト」


 コウギンが最も信頼する右腕であり、冷静沈着で仕事熱心な人物として知られていた。噂は家の中にもある。


「はっ」


 クラフトはコウギンに深刻な面持ちで報告を始めた。


「殿下、本国からの使者が参りました。前王太子殿下の近況についていくつかご報告が」


 コウギンの表情がわずかに曇る。


「わかった」


 ティーニアもその只ならぬ様子に気づき、静かに二人の会話に耳を傾けた。聞いておかねば。報告の内容はティーニアが去った後の、王国の混乱について。


 ちゃんと周知してなかったらしい。国政は滞り、貴族たちの不満が高まっているというではないか。それがなんというか。


 婚約破棄したはずの第一王子がティーニアの不在を嘆き、後悔しているという噂も流れているらしい、とか。知るものかと思う。

 報告を終えたクラフトは初めてティーニアの方を向き、恭しく頭を下げた。さらりと髪が揺れる。


「ティーニア様、この度は大変ご無沙汰しております。以前、王都でお見かけした際から聡明さに感銘を受けておりました」


 ティーニアは彼の丁寧な言葉に少し驚きながらも、穏やかに微笑む。


「クラフト様、ご丁寧にありがとうございます」


 美丈夫である。


 それからというもの、クラフトはコウギンの側近として頻繁にティーニアの元にも顔を出すように。いっときは、こっちの監視でもしているのかと疑った。

 コウギンの政務を手伝う傍ら、ティーニアの故郷の情勢についても詳しく調べて報告してくれる。普通にいい人だったので肩透かしだ。


「ティーニア様はパズルをしますか?」


「ここにきてからは、してませんね」


 その真摯な態度と、時折見せる知的なユーモアに、ティーニアは次第に心を許していく。


「では、今度持って来ます」


 持って来たと思っていたら、完成したものを間違えて持って来ていたり。一方、クラフトもまたティーニアの芯の強さとどんな困難にも屈しない前向きな姿勢に、惹かれていく。

 現代の知識を持つティーニアの斬新な発想。この国の停滞した状況を打破するヒントになるのではないかと密かに期待していた。


 ある日、コウギンが公務でしばらく国を離れることになった。その間、ティーニアの護衛と身の回りの世話を任されたのがクラフトだ。近い。


 二人きりで過ごす時間が増えるにつれ、お互いのことを深く知るように。彼は結構、天然なところがある。仕事の話だけでなく自身の生い立ち、騎士としての信念などを静かに語る。

 ティーニアもまた、故郷での辛い経験やこの国での新しい生活について率直に話した。感謝していると。


 そんなある夜、クラフトは庭園で一人佇むティーニアにそっと近づいた。首を傾げて待つ。


「ティーニア様、あなたは夜空に輝く星のようです。どんな闇の中でも、決してその輝きを失わない」


 彼乙女チックな言葉にティーニアは頬を赤らめた。今時古風だ。瞳は真剣で、奥に情熱が宿っているように見えた。


「クラフト様」


 言葉を返そうとした瞬間、クラフトは意を決したように一歩踏み出した。


「ティーニア様、殿下への忠誠を誓う身でありながらこのようなことを申し上げるのは許されないことと承知しております。あなたの聡明さと優しさ。何よりも強い意志に心惹かれてしまいました。もし、少しでも私の気持ちを受け止めてくださるならば」


 告白に心は大きく揺れ動いた。こんなに、己を好きだと言ってくれる人なんて今までいただろうか。誠実な眼差しと、彼の言葉に込められた熱い想いはティーニアの胸に深く突き刺さった。涙が浮かぶ。


 故郷を追われ、孤独の中で生きてきた自身にとって強い引力のようなものを感じさせた。安らぎを感じる。彼のそばにいると不思議と心が落ち着く。

 この人なら、時間を共に生きたいと静かに男の手を握った。


「クラフト様、あなたの気持ちはとても嬉しいです」


 その夜から、ティーニアとクラフトの間には特別な感情が芽生え始めた。男女間恋愛のことは全く知らないけれど。コウギンが帰国した後も、二人の関係は密かに続いていく。


 ティーニアの祖国はもうガタガタなのだという。それを聞いても他人事に聞こえる。


 クラフトはこれまで以上に熱心にティーニアを支え、彼女の持つ知識と経験を活かしてこの国をより良くするために尽力するようになる。拾われてよかったと日々、実感している。

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