六話「非才の神は降り立った」
「おぉ……結構綺麗な川だな」
あれから晃瑠とレオは魔獣の肉を回収し、川へと到着した。
川は底が見えるほど透き通っていて、魚もちらほら確認できる。
「綺麗だけど実は微生物とか細菌がうようよいる可能性もあるし、一応浄化魔法をかけておくね」
レオは魔法でコップを創り、そのコップに浄化魔法をかけた。その証拠にコップの裏側には魔法陣が出現している。
晃瑠はそれを受け取り、久しぶりに水を口にした。
「うまぁ…!?水ってこんなに美味かったっけ!?」
「喉が渇いてる時に飲む水だからかもねぇ〜」
「ってかレオ、お前マジでなんでも出来るな……」
「ボクは生まれてからずっと魔法の研究をしてるからね。魔法を習得してる種類だけでいえばボクの右に出る生き物はいないと思うよ。神様とかだったら“ちょっと”変わってくるけど」
「逆に神に勝てるとか言ったら怖ぇよ……」
ん?“ちょっと”?まさか出来たりしないよな…??
そう不安になるが、それ以上はあまり考えてはいけない気がしたので晃瑠は水と共に不安を全て喉に流し込む。
その水は相変わらず冷たくて美味しい。空腹感があるのは変わらないが、今の晃瑠には十分すぎるほど美味しく感じる。
「あ、そうだ!晃瑠も魔法使ってみる?」
レオは右手をぽんと左の掌の上に置き、そんな提案をする。
「んグッ…!ゲホッケホッい、今なんて…?」
「魔法を使ってみる?って言ったよ」
晃瑠はあまりの衝撃に水を汚く吹き出しす。そして少し苦しそうな声で聞き返した。だが、どうやらレオは本気らしい。
だが、俺もやってみたい……とは思う。魔法を使うというのは異世界モノ好きとして一度は憧れを持つものの一つだ。
「けど、お前も知ってるとは思うが、俺の世界じゃ魔法なんてものは存在しない。だから使うもなにも、俺は魔法を使う感覚すら分からないぞ?それに俺の体に魔力があるのかも分かんねえし……」
そう、現代社会において魔法とも思われるようなマジックやテクノロジーの開発は進んでいたが、レオが今までに使ってきたまさに魔法と言える魔法は存在していなかった。
レオとは違い、晃瑠は魔法に対して”ファンタジーでのみ存在が許されるもの“という認識だ。
そもそも晃瑠の体に魔力というモノ自体が流れているのかさえ怪しいところである。
「大丈夫だよ。ボクと契約してる君は魔力を持っているはずだから」
「…ん?つまり、お前と契約したことで不老不死の能力だけじゃなく、魔力もゲットしたってことか?」
「そういうこと。君は…そうだなぁ…多分ボクと同じくらいの魔力を持ってると思うよ」
「レオの魔力と同じ?……うーむ…なかなかピンとこない……」
魔力の相場というものが分からない晃瑠はいまいちピンとこないらしく、腕を組んで唸る。
ゲームの知識だけで言えば分かるんだが、俺の知っている限りじゃ世界観は製作者によって異なっていたし、そもそも俺がやってきたのは全てが創作物にすぎない。
俺の知識は多少は役立つかもしれないが、ここがどんな世界線なのかにもよるだろう。
そんなことを考えているとレオが口を開いた。
「ボクの魔力が10000くらいだとして、人間が持ってる魔力の相場は50くらいだよ。精霊とか魔族とか悪魔とか魔獣とかとか……種族によっても違うけど、持って生まれる魔力の量が1番高い種族でも平均500くらいなんだ」
「ま、マジか…!?」
「本気と書いてマジだよ」
レオの言ったことが本当なのであれば、晃瑠の持つ魔力量は他の種族と比べても20倍ほどであるということだ。
これを聞いて興奮しないゲーム好きはいないだろう。
だが、俺は究極のぶきっちょだ。そんな俺がMP(マジックポイントというゲームの用語。呼び方は色々あるが、大抵の人はマジックポイントと称すらしい。ここでは魔力のことを指す。)をいきなり受け取ったからといって魔法が使えるようになるのかは怪しいところ……
「大丈夫だよ〜魔法はイメージが一番大事なんだ!」
「いめーじぃ…?」
「そう、イメージ!例えば…目をつぶって、心臓から身体全体に流れる魔力を感じるんだ。イメージだから魔力を全身を流れる血液と置き換えてもいいよ」
「魔力を全身に……」
いまいちピンとこなかった晃瑠はとりあえず目を瞑り、イメージをしてみる。
こういう時はゲームばかりやっていた晃瑠の知識が役に立つ。こういう異世界ものでの魔法を使う時のお決まりは知っているため、イメージがしやすいのだ。
「……うーむ…如何せんできてる気がしない」
10数秒程全力でイメージをしてみていたはいいものの、全く魔力というものを感じとることが出来ない。
やはり不器用さ故に魔力も扱えないのか……まぁ、俺は元々完全努力型だし、急にできたら今までの苦労はなんだったんだよって感じだしな……
しょうがない。
そんなことを考えていると、レオが「そうだ!」と言って眼前に浮き上がってきた。
「ん?どうしたんだ?」
「イメージが難しいなら、直接感じてみればいいよ!」
「直接感じてみる…?どゆこと?」
「簡単なことだよ。ボクの魔力を晃瑠に流し込むんだ」
「ん?けど、魔力を保持できる上限とかってあるんじゃないのか?俺は一回も魔力を消費したことがないし、今流し込んだらマズいんじゃ……?」
晃瑠の知っている魔力の仕組みは大抵の場合、魔力を保持できる上限があり、それを使いまくることで上限が増えていく。そして、魔力は一定時間経過することで回復する。もちろん誰かから分けてもらうことも可能だ。
そして、その知識がこの世界に当てはまるのだとすれば晃瑠はまだ一度も魔力使ったことがないため、上限を超えてしまうことになる。だから、今レオから魔力を受け取ったとしても感じとれないのではないかというのが今の晃瑠の考えだ。
「そこは安心していいよ。上限より多く保持することができないだけで、ボクが魔力を勝手に流し込んで器から溢れ出すだけだから晃瑠にデメリットがある訳じゃないし」
「俺のメリットデメリットはさておき、今の話で言うと、お前は魔力を俺のために浪費することになるぞ?いいのか?」
「うん、晃瑠が持ってるのと同じ量を持ってるボクを舐めないでよ〜?」
晃瑠は「そういえばそうだったな」と言って微笑を浮かべる。
しかし、今冷静に考えればレオが頑張ってきた年月…つまり、1000年以上の努力の成果を契約一つで受け取れるというのは完全努力型の晃瑠にとってはなんとも複雑な気持ちである。
完全努力型の者は数百、数千の回数を経てようやく人並みより少し上くらいになれるのだ。
そしてその数百、数千回を繰り返している最中に才能のある人達に軽々と越されていく。その時に感じる絶望感や劣等感は計り知れないものだ。
「ごめんなレオ。お前が1000年以上かけてゲットしたものを俺は契約一つで受け取っちまった。お前としてはあんまりいい気分じゃないだろ…?」
いたたまれない気持ちが強くなり、謝らずにはいられなかった。晃瑠は謝り癖があるため、こういう状況ではすぐにマイナス思考へと走ってしまい、相手の本音が良くても悪くても「ごめん」という言葉が咄嗟に出てくるのだ。
これはいいことでもあるが、場合や回数によっては人を不快にさせてしまうこともあるだろう。
晃瑠自身も分かってはいるのだが、どうにも癖というものはすぐには直らない。
直したい気持ちはあるんだけどなぁ…それに今回ばかりは努力型として謝らないと俺の気もすまないし……
そんなことを考えていると、レオは口を開いた。
「全く思ってないよ?むしろようやくボクの研究の証が誰かに見て貰えた気がして凄く嬉しいしね」
「……ごめん。けど、お前が嬉しいってんなら良かった」
「うん!…それで、話を戻すけど魔力を流してみてもいいんだよね?」
「あぁ、頼む」
レオが晃瑠の頭の上に小さな手を乗せて魔力を流し込む。すると、身体の中に暖かいような少しビリビリするようなものが流れるのを感じる。
恐らく、これが魔力というものであるというのは流石の晃瑠でも分かった。
「おぉ…!なんかめっちゃ感じるぞ…!?」
「おっ、じゃあその感覚を忘れないうちに、何か魔法を使ってみようよ!」
「おぉ、待ってましたぁ!……って、何を使えばいいんだ?」
「あ、そういえばそうだったね…ん〜と……どうしようかなぁ…どうせなら晃瑠の得意な属性の魔法がいいよねぇ……」
「得意な属性?俺は魔法を使ったことがないし、得意も何もないぞ?」
「いや、体に合う属性の魔法が何かは生まれつき決まっているんだ」
「へぇ……それって魔力と同じ感じか?」
「ん?どういうこと?」
「あ〜っと…言い方が悪かったな。体感で数時間くらい前に産まれ持ってる魔力量云々の話をしただろ?人間は持ってる魔力がまばらだって。もし魔力と同じなら身体に合わない属性でも慣らせば使えるようになるのかなって思ってさ」
あの時のレオの話ていた感じでは努力次第でどうとでもなるような具合だった。
ゲームだと練習をすれば色々な属性の魔法を使えたりしていたため、晃瑠はこの世界ではどうなのか単純に気になったのだ。
「うーん…練習次第っていうところではあるけど、基本は初級の技止まりだと思うよ」
「そうなのか……」
「あ、そうだ。魔力について付け足すと、人間は保持している魔力量がバラバラなことで有名ではあるけど、魔獣だって例外じゃないんだ。けど、魔獣は産まれ持ってる魔力量に関してはそこまで大きい差があることは滅多にない。だから魔獣でも弱い種族のわりにたまにヤバいのがいるから気をつけてね」
「さらっと重要事項をぶっ込んできたな……」
レオの軽い雰囲気に少しツッコミを入れる。晃瑠はレオがたまに涼しい顔をしながらとんでもないことをするというのがこの数時間だけで分かった為、この先、レオの雰囲気に流されないように注意をしておこうと心に留めた。
「と、そんなことは置いといてだな、早速俺の属性を調べてみてくれ」
「そうだね、じゃあいくよ?」
晃瑠が「あぁ」と言うとレオは小さめの魔法陣を晃瑠の前に展開した。レオは目を瞑って集中しているようだったが、その表情はだんだんと険しくなっていく。
晃瑠はその顔に少し心配の念を抱いたが、レオの次の一言で、晃瑠はすぐに納得した。
何故なら──────────
「ぜっ、全属性に…適性がない…!!?」
いつもの晃瑠…否、“非才の神”が舞い降りただけだったのだから。