五話「魔獣のかくれんぼ」
歩く、歩く、歩く。そしてまた歩く。晃瑠とレオは森に入ってからかれこれ半日ほど歩いていた。だが────────
「ぜ……全ッ然魔獣がいねぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇえええ!!!!!!!!!」
頭を抱えて大声を出したのは黒猫を肩に乗せて、周りの風景とは合わない自身の高校の学生服を身にまとった少年、つまり晃瑠だ。
その姿はまさに滑稽と言えよう。
晃瑠はひとしきり叫んだ後にお腹がぐ〜っと情けない音をたて、自身の空腹感を思い出してしまったのかその場にへたりこんだ。
「ひ、晃瑠…大丈夫…?」
そう心配そうに晃瑠の肩の上から見つめるレオ。
レオは晃瑠とは違い、余裕そうである。
「なんでお前はお腹がならないんだ…?腹減ってないのか…?」
「あ〜…ボクは元々野良猫として1000年過ごしてたし、慣れてるからね〜」
「そういうことかチクショウ……」
レオの答えに対し先程叫んだ時とは別人のように覇気が失われた晃瑠はどんよりとそう答える。
だが、晃瑠は常人よりは耐えている方だと言えよう。
レオは自分で宣言していた通り、1000年間人間の飼い猫にはなっていなかった。それはすなわち自分で食料を手に入れていたことになる。
そんな生活を続けていたレオは丸一日食べれないことがあるなど、普通のことだったのだ。
それに対し晃瑠は温室育ち。レオの予想では数時間でバテると思われていたが、晃瑠は半日経っても足をとめずに歩き続けている。
今も叫んだ後止まる訳でもなく自分の体を少し叩いて鼓舞し、止まることなく歩き続けているのである。
「…_晃瑠、このペースでこのまま行けそう?」
「んあ?あ〜…腹は減ってるけど、不思議と体は動くし、多分行けると思うぞ?」
「……それなら、予定よりうんと早く集落につけるかも!」
「マジでか!!?」
「うわっ、!?う、うん…!」
予定よりうんと早くつくかもしれないというレオの言葉に反応し、目を輝かせる。
先程までの覇気のない少年はもう、どこにもいなくなった。そして、代わりに真逆の性質を持った少年が姿を現した。喜びの感情や欲望に忠実な晃瑠はこうやってころころと表情が変わる。
恐らく、晃瑠の性質は傍から見れば少しばかり面白おかしい性質に見えるだろう。
それほど、感情の起伏が激しいのだ。
「早くつくかもしれないのは凄くいいことなんだけど、ここまで魔獣がいないなんて……ボクも想定外だよ……」
「うーん…俺はここの常識とかは分からないし、レオのいた時代より少なくなった…とかはねぇのか?」
「どうなんだろう…?いや、けどたしかに気配は感じるんだ」
「気配?魔獣のか?」
「うん、いないというより、いるのに襲ってこないの方が正しいのかも」
「うーむ……」
晃瑠とレオは首を傾げながら唸ってみるが、答えという答えは二人とも導き出すことは出来なかった。
魔獣は基本的に他の種族をなりふり構わず襲い、貪り食う。腹を満たすためではなく、魔力を蓄えるためだ。魔獣の強さは魔力によって決まる。即ち、群れでいた場合一番魔力が高く、強いものが群れのリーダーとなる。
晃瑠はともかく、レオはそれを理解している為より頭の中が混乱している。
「ま、考えてても仕方ねぇし、魔物もいねぇし、腹も減ったし!!気配がするとこに向かって攻撃してみるってのはどうだ?」
晃瑠は肩の上にちょこんと座るレオに向かってウィンクをし、指を鳴らした。
晃瑠は既に空腹で限界を達している為、頭がおかしくなっているのかもしれないが、陰キャ故に素を出していなかっただけでこれが鈴木晃瑠の素である。
人が限界を迎えた時にとる行動はその人の本性とよく言われるが、今の晃瑠の状態がまさにそれと言えよう。
「うーん…そうだね、これじゃあいつ倒れてもおかしくないし、不老不死のボクらがこんなところで倒れたら誰かに見つけてもらえるまでは飢餓状態のままここでのたうちまわってなきゃいけなくなるわけだし……」
「え"っ……おい、今何て言った……??」
レオの発した聞き捨てならない言葉に晃瑠は思わずツッコむ。だが、レオは既に魔法を放つ場所を探っているようで、何も聞こえていないらしい。
「お、ここにしよー…っと!」
レオはそういいながら虚空に向かって手をかざしたかと思えば、その先にあった木々が急にバキバキという音をたてて倒壊し、それとともにグシャッというグロテスクな音が鳴り響いた。
その少し先には赤い何かが滴っていて、しばらくしてから異臭が漂ってきた。
晃瑠はそれに思わず「うっ」という嗚咽を漏らした。
「よし!これで食料は確保できたね!川は音を聞いた感じ、さっきの道をもうちょっといけばあるはずだからとりあえずあの魔獣の死骸を……」
「待て待て待て待て待てッ!!!!!」
「え?」
またもや思わずツッコんだ晃瑠。それに対しレオは何がそんなにおかしいのか、という目で晃瑠を見る。
晃瑠はそのレオの様子に先程までの気持ち悪さが吹き飛び、ますます感情が高ぶる。
「“え?”じゃねぇーよ!?なーに当たり前のように自然破壊してんだこのやろう!?あと!!グロい!!俺はグロ耐性そんなにないんだからな!!?」
「ご、ごめんなさい……」
レオはしゅんとして可愛らしい耳を少し下げ、申し訳なさそうに謝った。
晃瑠はそれを見て少しいたたまれない気持ちになったが、初めて見る光景に困惑していた為無理はないだろう。
「……だが、俺が言いすぎた。レオは食糧問題を解決しようとしてくれてたのに、これじゃあレオの気持ちを無下にしちまってることになる。だからありがとうなレオ」
「うん!」
レオは晃瑠の訂正と感謝の言葉にぱっと顔と下がっていた耳を上げて笑顔になり元気よく返事をする。
その姿は飼い猫とさほど変わらない。とても可愛らしい黒猫だ。
「んじゃ、川に向かって出発するとしますか!」
「おー!!」
そう言って晃瑠とレオはまた歩きだした。