一話「さようなら世界!よろしく異世界!!」
青臭くて、心地よい具合に風が駆け抜けていくのを感じる。ぽかぽかとした温かさと頬の隣にその温かさとはまた違った温もりがある。
「おーぃ……」
声が聞こえてきたような気がするが、今はこの心地よい時間に浸っていたいのでだんまりを決め込む。
「もしかして契約に失敗した……?だとしたらどうしよう……!?いや、でも呼吸してるし……!」
すぐ側で慌てふためく何者かの声が段々と大きくなっていく。誰だ?このゆったりまったり心地よすぎてあの天下の人をダメにするクッションでさえ負かすであろう極楽を邪魔する奴は。
晃瑠は騒がしいその声の持ち主に一言物申してやろうと目を開けて──────
「──はっ…?」
目を開けると、海外の実写版映画に出てくるようなだだっ広い大草原と青すぎる青空が広がっていた。
「あ、起きた!」
そう歓喜の声を上げた声が真横から聞こえ、反射的に振り向くと人が……
「じゃないぃっ!!?」
「あ、ごめんね。驚かせちゃった?」
そう言いながら頭の後ろに手をやって苦笑するのは真っ黒な猫。そう、猫なのだ。猫が喋っている。
そして、浮いている。猫が喋っているだけに飽き足らず浮いているのだ。
「って……あ、そうかお前…!あの時の猫だな!?」
「あれ、この姿でも分かるんだ?」
「姿って言っても、喋って浮いてて……いや、姿が変わってるって訳じゃないから分かりはするよ。お前が今やってる事に関してはいくつかもの申したいけどね。」
「えへへ、そんなに褒められると照れちゃうよぉ〜」
「褒めてねぇよ!!……はぁ…」
黒猫の発言にツッコミを入れながらため息をつく。
そして、段々と自分の身に何があったのか思い出してきた。
「…なぁ、俺の記憶だとベランダから落ちて死んだってのが最後だった気がするんだが……ここはどこなんだ?」
今いる場所が病院ならともかく、喋って浮く黒猫とだだっ広い大草原のダブルコンボ。
この状況からゲーム好きの少年である鈴木晃瑠は何となく有り得ないことを想像しだしている。
「ここは異世界とか死後の世界とか?なんかそういう感じのところだったりする?」
「えっと……はぃ……」
「え!マジ!?」
「本気と書いてマジです……」
まさか自分の突拍子もない想像という名の願望を肯定されるとは思ってもみなかった晃瑠は目の前の黒猫の発言に過剰に反応した。
誰でも自分が別の世界に来たとなればテンションがおかしくなるのは当然だろう。だが、晃瑠は興奮していた。混乱でも、危機感でもなく嬉しくて歓喜し、興奮しているのだ。
「えっと……さ、先に謝ってもいい…?」
「え?どゆこと?」
恐る恐る口を開いたのはさっきまでのふざけた感じの雰囲気とは一変した黒猫だ。
何故晃瑠に対して謝ってくるのか全く思い当たらない。が、自分を助けたせいで晃瑠が命を落としたことを謝ろうというのなら晃瑠にとってはいらぬ謝罪だ。
高校2年生の晃瑠は幼い時から両親に色々と習い事に通わせてもらっていたおかげで全くできないというものはそこまでない……否、レベルがマイナス1から0.1に変わっただけと言ってもいいぐらい突出した特技がない。
強いて言うなら、12年続けているパルクールは人並み以上には出来るが、逆に言えば12年続けて人並み以上ということだ。世の天才達は人並み以上になるのに1年もかからないだろう。
その証拠に、晃瑠より半年後に習い始めた子は1年でパルクール教室の若きエース的ポジションとなっていた。
そんなことが晃瑠が生きていた時間の数だけ起こってきたのだ。そして、いつの間にか別世界に来れたということはそんな出来事から逃走できたということ。黒猫には感謝しかない。
「ここは死後の世界とかじゃなくて、そうだなぁ…君の世界で言うと異世界って言うところだよ。君は1度、半分死んでからこの世界に来たんだ。」
「ん?ちょっと待ってくれ。異世界に来れたこと自体はめちゃくちゃ嬉しいんだけど、半分死んだ…ってどういうことだ?」
「実は、君のことを助けなきゃっていう一心で咄嗟に君と…その、結構一方的な契約をしちゃってさ……」
「契約?」
「うん…」
「それで、その契約内容ってのは?」
「……汝の恩義に報いるべく、我永遠の契りを誓わん」
「…ん?ごめん、俺の頭が馬鹿過ぎてちょっと意味が分からなかったんだけど……」
「えっと、簡単に言うなら…そうだなぁ……君が助けてくれたお礼に不老不死の能力を与えたって言ったら分かる?」
「……はあああああぁあぁあぁぁあぁ!?!?」
聞き捨てならない衝撃的なことを言った黒猫、それにより先程までの興奮は収まり、焦りと恐怖と驚きが一気に押し寄せた晃瑠は、やり場のない感情を発散させるかのように、そしてこの異世界に鈴木晃瑠という少年が舞い降りたという知らせのようにだだっ広い大草原には少年の声が響き渡った。