プロローグ「死」
─── あぁ、このまま、死ぬのだろうか。
それが頭の中を埋め尽くす。いつもより十数倍程強く感じる追い風、無数の星々が輝く美しい夜空が自分のこの状況と全くそぐわないことにケチをつけたくなる。
だが、ケチをつけている間に先程別れてきたばかりの地面と再会を果たして肉塊と化す…そんな数秒先の未来が容易に想像できてしまって、もうどうにでもなれと自暴自棄になっていく。
「にゃぁ〜」
「ぁ…」
ふと、自暴自棄になり、己の死を受け入れようとしていた思考の中に愛くるしい鳴き声が響いた。
──あぁ、そうだった。俺はコイツを助ける為にベランダに駆け出したんだ。
ゲームに熱中していた晃瑠は休憩がてら外の空気でも吸おうかとベランダの方へと視線を向けた。
するとベランダの手すりの上で数羽のカラスからの猛攻撃を受けている黒い猫を発見したのだ。それを見た晃瑠は助けなきゃと急いでベランダへ駆け出した。
だが、ドアを開けた音に驚いたカラス達が一気に散ったことで文字通り鳥籠の中に閉じ込められていた黒猫はカラス達の羽の体当たりを受けてよろめき、そのまま転落してしまった。
そして咄嗟に黒猫を助けなければと腕を伸ばして身を乗り出した晃瑠はそのまま足を滑らせてあの世への片道切符を自ら受け取ってしまったのだ。
晃瑠の腕の中からひょっこりと丸い目をだしている小さな黒猫が感情の読めない表情を作りながらこちらを見据える様にじっと見つめてくる。
1秒前の晃瑠であれば「お前もこの状況の打開策を考えてくれよ。」と、そう言いたくなっていただろうが、0.1秒単位で迫り来る「死」を前にしては、どんな超人であれどうすることもできまい。
それが小さくて非力な黒猫であれば尚更言っても無駄だろう。なら、もうとる選択肢は一つしかない。
「───せめて、お前だけでも生きてくれ」
晃瑠はそう呟きながら黒猫を守る体制になって目を瞑った。
「にゃあー!!」
背中からくる今までに感じたことのないほどの大きな衝撃と黒猫の鳴き声が聞こえたのを最後に、鈴木晃瑠は世界と自分に別れを告げた。
「──大丈夫。ボクが君を死なせないから。」