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第9話 たとえ親兄弟を敵に回してもーー

お目をとめていただき、ありがとうございます。


 ガシャン!ガシャンーー!!




 イオスの危惧はあたり、彼の屋敷はすでに大勢の男達によって家中をめちゃくちゃにされていた。

「ーー何故だ?」

「ーーそういうやつだからね」


 ルチルだなーー、ラディウスは最初からこうする気だったのだろう。屋敷の家人達は姿が見えないところから、すぐに逃げてくれたようだ。


「スズハ!」

 イソラが暴れる男達を払いながら、スズハのいる部屋へ行く。投げられた男達は何が起こったのかわからない様子だった。

「ーーすごいな」

 強いとは思っていたが、屈強な男をいとも容易く投げるとはーー。


「イソラ……」

 切り刻まれたカーテンや、壁を見てスズハが口をぽかんと開けていた。

「無事だったかーー。怖かっただろう?」

「よくわからないーー」

「そうだな。殺気はないが、興奮状態にある人間は何をするかわからぬから、気をつけなければならん」


 ひどい奴等だーー、イソラが眉をしかめる。


「ごめんね、イソラーー。でも、あなたをラディに渡す気はないから」

「ーーあいつは何がしたかったのだ?」

 イオスは言いにくそうに口をもごもごと動かした。

「ーーイソラに、……いかがわしいことを……」

「何?私はしたくないが」

「ーー無理やりやるんだよ……」

「薬と言っていたなーー、いい薬とは交配丸のことか?」

「ーーなかなかなネーミングだね」

「軍でも流行っていた」

「い、イソラはーー?」

「身体が温まるものは飲んだ。星藍国の北は極寒の地だ。氷点下の中の戦も多かったからな」


「ーーあー、やらしくなってる場合じゃないね」

「身体を動かしていないと即死ぬような環境ではあったが、いま思うと将軍達は若い兵士を呼んでいたなーー」

「そう……」

「戦の前の準備と言っていた」

「……」

「だが、いざ敵が来ると役に立たない奴らもいて、呆れたものだ」

「ーーそれはだめだねーー。イソラは、へ、変な気持ちにならなかったの?」

「変な気持ちーー?」

「ほ、ほら……、し、したい、っていうのかなーー」

 屋敷の中がとんでもない状態なのに、こんなしょうもないことを気にするとは……。自分が情けない……。


「ならなかった」

「ーーあっ、そう……」

「したい、というのは、イオスとの行為の事を言うのだろう?」

「う、うん……」

「イオスは特別だ。だから、したい」

 顔が赤くなっていくのがわかる。


 イオスは赤い顔を隠そうと腕をあげた。だが、それより早くイソラが腕をつかむ。

「ーーイソラ……」

「隠さなくてもいい。赤い顔も愛らしいーー」

 イソラがイオスにくちづけをする。



 意識を失いそうになっているイオスの側で、小さな子供が部屋の外を見た。

「ひとくるーー」

「ーーそうだな」

 大きな足音が響く。

 スズハの言う通り、部屋に武器を持った男達が入ってきた。



「ーーよお、イオス大将ーー。オレ達はあんたにはうらみはねえんだけどよぉ」

 武器は巨大な斧だ。それを皆、軽々と片手でもっている。

 その中のひとりが、遠慮がちに口を開いた。


「ーーわかってるよ。レンディ」

 傭兵部隊の隊長レンディが頭をかく。

「逆らいたくなるのは無理ねえけど、あの王子様は特別だ。あの方を怒らせて、あんたこの先どうすんだ?」

「……」


「特別?ただの男ではないか」

「ーーわからねえヤツは黙ってろ」

 イソラを睨みつけてレンディが続ける。

「悪いことは言わねえ。さっさと謝って、そいつを王子に差し出せ。そいつが王宮に行くなら、フェデス大公には知らせねえそうだ」

「レンディーー」

「俺達には何を言っても無駄だ。あんたには何度も生命を救ってもらった恩があるが、王子様が絡むなら話は別」


 イオスは顔を伏せた。

「イオス、心情的にはもう無理かもしれねえけど、みんなあんたに大将でいてもらいてーんだ」

「……」


 気の毒そうにレンディはイオスを見る。その目には同情しかない。


「フェデス大公とは?」

「国王の弟で、イオスの親父殿さ。北の広大なフェデス領の大公領主様だ」

 声に尊敬の念がまじる。

「俺達みたいな素性のあやしい傭兵でも、ちゃんと仕事がもらえるように法を整えてくれた立派な貴族だ」

「それまでは、あるかないかのはした金で命がけの事をやらされてたからなーー」

 傭兵達の深い息が響く。


「フェデス大公に心配をかけるくらいなら、異国人の事は諦めろ」

「どのみち、またこんな事が繰り返される」

「ーー俺達だって、やりたくねえんだ……」


 傭兵達が去り、ずたずたになった部屋に、イオスは力なくへたり込んだ。



 項垂れている自分にイソラが言う。

「ーー私があいつのところにいけば、イオスは酷い目にあわないのか?」

「イソラ!それだけはやめてくれ!僕なら大丈夫!父上もわかってくれるから!」

 涙はこらえた。

 失いたくないひとに縋りながら、イオスは頭を振る。


「大丈夫ーー、ラディもすぐに飽きるやつだからーー。だから、イソラーー、行かないでくれーー」

「イオス……」


 ーー失えば気が狂ってしまう……。


「お願い、だからーー……」

 イオスは歯を食いしばった。

 














 再三ラディウスは、イソラを自分のもとに連れてくるように命令してきた。イオスはその命令には従わず、軍にも顔を出さなくなった。


 だが、ラディウスに呼ばれたイソラを、イオスが行かせなかったことを聞き、彼の父親と兄達が血相をかえて駆けつけてきた。






「何だ、屋敷がめちゃくちゃじゃないかーー」

 長兄のコリネスが荒れた室内に眉をひそめる。

「ホント、あの王子はどうしょうもない」

「あれがなきゃな……」

 次兄ゲドグス、三兄ステファスも呆れたようにため息をつく。

「うちの魔法使いを連れてきたから屋敷を直させよう。だが、あいつの性格だ、またやる」

「そいつは諦めろ」

「あんたにはすまないが、ラディウスのところに連れて行くーー」

「嫌だっ!絶対に連れて行かせないーー!」

「イオス……」


 いままで自分達に反抗したことのない弟が、声を荒らげる姿に兄達は口を閉じた。




「ーーイオスーー、おまえの我儘で、私や兄達、領地の者がどうなってもいいと言うのか……」

 いままで沈黙していた父ウルスが、重い口を開く。イオスの表情に絶望が広がっていく。

「父はラディウス王子の仰せ通りにしたい。おまえもそれに従ってくれるな?」

「……父上……」


 顔を伏せた弟に、兄達はため息をついた。


「しかし、またかーー。ラディウス王子はどこまでおまえの婚姻を邪魔したいのだろうな」

 ステファスの言葉に兄達も続く。

「話がでたたけで、横槍をいれること多数ーー」

「正式にうちに申し込んできたウェル様の事も、自分の妃にするし……」

「本当に病気だな」

「こいつの事が好きなのか嫌いなのか、判断ができない」

「好きでも困るだろうがーー」


 その会話に、イソラが加わる。


「婚姻の邪魔をあの王子がするのか?」

「ああ、こいつだっていい歳だ。話があってもおかしくないだろ?」

「ふむ」

「十八のときに父上に話をもってきたひとがいたんだが、返事をする前にすぐに向こうが取り消してきたそうなんだ」

「ふむ」

「その後は、そればかりでなーー。いつの間にか話がなくなるんだ。だが、ウェル様は直接こいつに申し込んできた」

「……」

 イソラの形のよい眉が跳ねあがった。

「ーーだけど、その後いきなりラディウスの妃になることに決まったんだよ」


「うむ……」

「こいつが結婚するのが、面白くないにしても、何がしたいのかよくわからないんだ」

「ああ」

「永遠に邪魔する気か?」

「もしくは自分が一緒になりたいーー」

 ゲドグスが忍び笑いをもらした。

「普段あれだけゲイはキモい、と言っているのにか?」

「愛情表現の裏返しにしてもひどいーー」


 直されていく屋敷を見ながら、コリネスが鼻で笑う。

「だが、誰も逆らえる人間などいないーー」

「あんたも行ったが最後、イオスとは別れさせられるとは思うが、しばらく辛抱して欲しい」

「こいつのためにも、我が家のためにもーー」


「兄上!」

「イオス、聞き分けがないぞ。ラディウスには逆らうな!」

「本当に好きなら、飽きられるまで待てるだろう」


 ーー無茶苦茶だ……。



 両手で顔を覆った弟を、気遣える兄はなく、彼らは静かに帰路についていく。




 最後に残った父は、静かに息子の肩に手を置いた。

「ーーイオス…。そのひとが本当に好きなんだな」

「父上ーー」

 自分を見上げた顔は、幼い日の記憶のままだ。その愛らしい顔が亡くなった妻によく似ていて、悲しくもあり構ってやれなかった。


 ラディウスを押しつけ、さらには大将の座に縛り付けてしまった最後の息子。


「すまないーー。私はどうしてやることもできん。恨むなら私だけを恨め」

「父上ーー。イソラを、失えと?はじめて愛したひとを失えというのーー?」

「ーーすまない……」

 ウルスは謝罪しかできなかった。




 



最後まで読んでくださりありがとうございました。

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