第6話 ラディウスの悪いクセ
お目をとめていただきありがとうございます。
順調にラブラブなイソラとイオスに、少しずつ不穏な影がやってきます。
「ちょっと、ラディ!聞いた!?」
「何をだ?」
朝っぱらからルチルがキャンキャン耳元で吠える。
「ーーああ。役立たず、さっさと行け」
「……はい……」
薄幸の美女と噂される、形ばかりの妃ウェルが衣服を整えて出ていく。
「ーーかわいそう~、身体だけ好きにしてるなんて、ホント最悪~~~!」
同情の目でウェルを見送る。
「ヘタクソ過ぎて興ざめだ」
全然よくねぇ、とラディウスは欠伸をした。ルチルが軽く引いた目をしているがどうでもいい。
「そんなことより~!大変だよ~~~!」
「何がだ?」
「イオスが、あの異国人と結婚したの~~~!」
「……はあ?」
「教会に届けに来たって、お姉様が言ってたんだよ~~~~!」
「まじの話か?」
「マジのマジ!アモルが悔しがってたよ~~~!」
ボクも悔しすぎ~~~~!
ルチルが魔法使いの杖を振り回しながら心情を表現する。
「ーーあいつ、男でもいけたのか……」
「知らないよそんなこと~!きっとラディが断るからイオスが同情しちゃったんだよ~~~!」
「ばか!誰が野郎なんかと結婚するか!」
「最悪~~~!ボクだってイオスにアタックしてたのに!」
「フラレたんだからしょうがないだろ!おまえが仲間内でいらん真似するから、イオスがおれらから離れていったんだろうが!」
「だって好きなんだもん!え~ん!え~ん!」
泣きわめくルチルを追い出し、ラディウスはメイドを呼ぶ。
「着替えーー!」
「ーーはい!ただいま」
座っていれば着替えは終わる。
身なりを整えられ、ラディウスは私室をでた。
「マジかよーー」
長い廊下を歩きながら考える。
ふんっ、と王子は不満そうに鼻を鳴らした。
「同じ建物が続くからわかりにくいけど、ここね」
イオスは自分の兵舎に案内するまでに、すでに視線の嵐でくじけそうになっていた。
あまりにも無遠慮に見られる。開放的な国だから仕方ないが、どいつもこいつもジロジロジロジロ見過ぎだ。口笛を吹いたり剣を落としたり、反応は様々だが、皆イソラの美しさにもうやられているーー。
「うわ。ホントに男?」
「イケメンすぎだろーー」
「すげー」
思わず口にしてしまうのだろう。女性兵士など近くまで寄ってきて顔をまじまじと見ていく。
「イソラだ。よろしく頼む」
薄く笑うだけで女性からは悲鳴があがる。
「きゃあ!」
「あ、あの恋人はいますか!どんなひとが好みですか!」
自国の女性のガツガツ感がイオスは怖い。
「恋人はいない」
「えーー!ホントに!」
「アタシと付き合ってくださいっ!」
「ちょっとずるいわよ!!!」
「抱いてぇ!」
そんな女性達にイソラが答えた。
「恋人はいないが、夫はいる」
「はあ?」
「夫?」
「ここにいるイオスが私の夫だ」
……。
…………。
………………!
「ええっーー!イオス様!結婚したんですかぁ!」
「ウソォーーー!」
長い沈黙が終わると女性達がけたたましく叫びながら、イオスに詰め寄る。
「そうだよ」
「うわー、妻のほうがイケメン!」
「ねえ!」
気にしていることをズバリと言われ、イオスは落ち込む。
自分はお世辞にもイケメンとは言えない。どちらかというと年より幼く頼りない容姿だ。
「イオスは愛らしくていい」
イソラの言葉にイオスは目を見開いた。
「きゃあ!発言もイケメン!」
「いや~ん!ワンナイトでもいい!抱いてぇ~~!」
「アタシも~~~!」
彼女達の生命力にあふれた姿に、イソラが感心する。
「イグニスの女性は強いな」
「強い女性は嫌い?」
「好きとか嫌いではない。国の力として誇らしいとは思う」
「はあー?」
「アタシ達を兵士娼婦として見ないんですか?」
女性達が肩を落とした。
「兵士娼婦ーー。なるほど」
女性はそういう扱いなのか?と尋ねられ、イオスは首を横に振る。
「僕は禁止している」
「イオス様は頭が固い~」
「アタシ達、好きでしてるのにね~」
きゃはは、と笑いながら女性達が走る。
「ああいうのにも気をつけてよ」
「わかった」
くすり、とイソラが笑った。
将軍室と書かれた自分の兵舎で、部下達にイソラを紹介する。
「はい。僕の妻で、副官になるイソラです。みんな仲良くしてくれ」
「妻で副官?ああ、ずっと側にいないと不安ってやつね~」
やだ、イオス様ったらーー、ごつい部下が身体をくねらせる。
「イオス様は甘えん坊だな」
「さすがは四男坊」
ーー本当にこいつらは……、イオスは吹きだした。
「うん。国中の四男坊に謝りなさい」
将軍達の反応に笑いながら、イオスは黙ったままのエンシスの方を見る。
「何か言いたいのか?」
「イオスから見て安全なら問題はないだろう」
品定めするように、エンシスがイソラを凝視した。
「ーー問題はあいつの病気だ」
「あー」
「それがありますねーー」
「困っちゃうわよね~」
将軍達は気まずそうに目配せをする。その様子をイソラが注意深く窺う。
「今回ばかりは大丈夫だよ。向こうが先に断っているし」
「でもーー」
「イソラ様には言っておいたほうが……」
「何をだ?」
イソラの問いを無視するように、エンシスが話をはじめた。
「イソラ殿は本来はラディウス王子の妃になるはずだった身だが、双方の不合意により婚姻が破談になった。だが、再度ラディウス王子が復縁を迫ってきたらどうするつもりだ?」
「そうだな。木から吊るすのはありか?」
目を細めたエンシスが静かに首を横に振る。
「なしだ」
「ふむ。池に突き落とすのは?」
「なしだ」
「ならば、簡単な話だ。平手をおみまいしよう」
「どうやら平和的な解決にはならないとみた」
「ああ。あの男はーー。まあ、いい。所詮もしもの話だーー。忠告には礼を言おう、あなたの名前は?」
「エンシスだ。俺とこいつらは四中将といってーー」
「バタルです。最年長ですが、頼りないって言われます」
くるくるの栗毛の中年男性が快活な笑顔を見せた。
「アデアよ。特攻将軍って言われてるのー」
しなをつくり剛腕の男が片目をつむる。
「バーシーです!最年少将軍です」
焦げた赤毛の青年がそばかす顔をクシャクシャにして笑った。
「ここは、軍のトップしか入れない兵舎なのよ~」
アデアがふんぞり返る。
ふむ、とイソラが頷いた。
「確かに皆、歴戦の猛者だな」
「あら、わかるのねー」
「このまわりに八つあるのが、八少将の兵舎。八少将の下にざっと二千人ずつ。後の階級はそこまで知らなくてもいいわね」
アデアが口調も優しく教えるのを、イソラが真面目に聞く。
「ーー兵士が、多いな。そこまで戦が?」
「全員でだよ。普段は国のあちこちの砦にいるから」
バーシーが答えた。
「まあ、戦より、モンスター討伐ね」
「もんすたあ?」
「悪さする動物」
「ーーそんなのがいるのか?」
「あら、星藍国には、ヒグマはいない?」
「いるな」
「それよりさらに凶暴で、火を吐いたり岩を落としたりする動物がモンスターなの」
わかりやすい、とイソラが頷いた。
「盾なんかも、モンスターの吐く唾液で溶けるから、魔法使いがバリアを張った盾を使うのよ」
「魔法使いーー。あの浮いていたひとかーー」
「そう、ルチルね。腕はいいけど、色々厄介な子よ。イソラ様、気をつけてね~」
くにゃりとしなをつくる。その姿にはバタルとバーシーが苦笑した。
「アデアは堅そうなのに、筋肉がしなやかだな」
「あら、わかる!?この筋肉を維持するの、すっごく大変なのよ~~!」
はしゃいだ声をアデアがあげた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。