第3話 異国の民
お目をとめていただきありがとうございます。
イグニスに辿り着いたイソラは、自分の結婚相手と顔を合わせますがーー。
「ーー?ーーー?ーー大丈夫ーー?」
はっとイソラは身構えた。
あまりにも無防備に寝すぎた。
「申し訳ないーー」
イソラの国は和装と呼ばれる襟を重ねた服に、いまはズボンだが本来はその上に裳を付ける。こちらは洋装というボタンで前を留める服が主流なのだろう。先ほど見た警備兵達も、皆そのような服だったからーー。
だが、いまイソラの目の前にいる若い男は軍服は軍服だが、前のボタンをすべて留めていない。
随分と緩い印象を受けるが、彼は何者だろうか。
「体調が悪そうだけど、動けるかな?」
「あっ、すまない」
慌てて動く。
「つかまって」
「……結構だ」
板間に転がるスズハは、よく寝ているようだ。
馬車から出ると、そのまぶしさに立ち眩みが起きそうになり、イソラは耐えた。だが、男にはそれがわかったのだろう。自分を支えてくれたおかげで、倒れずに済む。
「……」
イソラは表情には出さなかったが驚いていた。ためらいもなく、自分の身体に触れることができるとはーー。
臭うだろうが申し訳ない、と顔をしかめながら男と歩き、彼が指でさす方を見る。そこには大勢の兵士がいた。
「……」
その中で、圧倒的に目立つ人物がいる。
中央の朱金色の髪の毛をした背の低い少年だ。まわりのひとが敬意を示すように控えていることから、彼はその中で一番立場が上なのだろう。
「ここは?」
「イグニス王宮の中広場。寝ている間にここまで連れてきたんだ。あなた、丸一日寝てたんだよ。ウンリュウザンを越えたっていうのも嘘じゃなさそうだね」
明るい金髪の美男子が感心したようにイソラを見た。きらきらと輝く蒼い目が、心の奥まで見透せそうなほど澄んでいるように思える。
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「ではーー、あちらは王族の方か」
「う~んと、その前に質問」
「何だ?」
「ーーあなた、男だよね?」
華奢だし、顔がやたらとキレイだけどーー。
「ああ。藍家の三男イソラだ」
「イソラ姫、って言うのは……」
「軍ではそんなあだ名もあったが……」
身体の細いことをいじられていたのか、そう呼ばれていると乳母に聞いたことがある。
「軍……」
「私は大将軍だった」
困惑した男は、前を向いた。
「だって、どうするの?ラディ?」
声に反応したのは、やはり中央に立つ少年だ。
「ーーそうだな。即、お断りだ」
冗談かますな、と引きつりながら彼は言う。
「だけどーー」
「だいたい書簡だけ送ってきたんだぞ。おれは断ったはずだ」
「そうそう~。話から3カ月も経ってるし、こっちも消えた話だと思ってたよね~」
宙に浮いた少年が、こくこくと頷く。
困ったなーー、と表情が豊かな男は眉をひそめた。
「ーー消えた?」
「こっちは姫だって聞いてたんだけど……」
「姫ーー」
「そっちは?」
「ーーイグニスの王族に嫁げ、と……」
「あー、そっちの国の王様はわかってたね……」
嫁げ、って男には言わないでしょ。
「普通は、婿入りって言うね」
気の毒そうに男が眉を寄せる。
「ーーそうか……」
イソラは俯いた。
「ーーあなたの結婚相手はそこにいる、ラディウス王子なんだけど、どうかな?」
「無理だな」
ーーあれは駄目だ。私と同じだ……。
「ーー同性婚は珍しいことじゃないんだけど」
「イオス、おまえも王族だろ。おまえが結婚したらどうだ?」
ぷっ、とラディウスが吹きだしゲラゲラと笑う。
「……」
「ラディ、失礼だよ」
隣りの男が眉をしかめる。
「うっせー!おれに指図すんな!」
目を釣り上げてラディウスが怒鳴り声をあげた。感情の制御が難しいのだろう。
何とも幼い王子様だなーー。
「ーーいや、こちらとしてもお断りだ。それより、この国で暮らすにはどうしたらよい?」
この話は終わりにしようーー、とイソラは次の行動に移ることにする。
「あー、ウンリュウザンはもう越えたくないよね」
「ああ。こちらは陽白国や連緑国とは国交があるのか?」
「あんな、怪しげな二国と交流がある国なんかないでしょ」
「ーーなら、やはりここで働くことにしよう」
「働く、って……」
「こう見えて強いぞ。歩兵、弓騎兵で募集はしていないか?」
「いやー、わかるけど」
それはさすがにーー、と男の顔が語る。
「話は変わるけど、あの子はあなたの子だよね?」
控えめに尋ねられ、イソラは首を傾げて答えた。
「いや、兄の隠し子だ。正妃に殺されかけて国にいると危ないらしい」
答えると、場がざわついた。
「子連れだと、皆自分の子に見えるのか?」
そうじゃない、と男が苦笑する。
「ーーもしかして、お兄さんと仲が悪い?」
「私はそうは思っていなかったが、妾の子のイルハ兄上からしてみれば正妃の子の自分は目障りな存在だったのだろうな……」
ユルハ兄上がいてくれたらーー、イソラは肩を落とす。
「ーーイソラ?」
馬車からスズハが小さな顔を覗かせた。
「ああ。スズハ、起きたのか?」
「イソラ、ここは?」
「イグニスの王宮に来たんだ。お腹はすいていないか?」
「ーーねむい」
「もう少し待っていろ。職や住むところを探してもらうからな」
「うん……」
寝ぼけながらスズハが返事をした。そのまま、へたり込んでしまう。
これは布団で横になれば一週間は寝たままかもしれない。
「ーーあなたは?」
「僕はイオス、ラディとは従兄弟なんだ」
「そうか。世話になる」
「世話になるんだーー」
「あなたの部隊に入ろう」
「僕は大将だけど……」
「長か、奇遇だな」
「そ、そうだね」
イソラは握手をするために手を差しだす。イオスもすぐに握り返してきた。
「では、ラディウス王子。どうやら我々には縁がなかったようだ」
あっさり言うと、彼の金色の目が、当然だ、と返してくる。
「ただ、国にはいさせてもらおう」
「あのね、簡単には住めないんだよ。書類には後見人もいるしーー」
イオスが止めるが、イソラは早くスズハの寝床を確保したい。
「この国は難民の受け入れがないのか?」
「難民て……」
冗談きつい、とイオスが引きつる。
「事情があって国に帰れないんだ。難民と同じだろう。しかし、この国は変わった生き物が多いな」
空を飛ぶ鳥が、大きくて変だ。
「そうなの?あたり前すぎてわからないや。ーーああ、ラディ、このひと面白いから僕が面倒をみるよ」
「ーーはあ?」
訝しげにこちらを見る王子に一礼する。
「じゃあ行こうか」
「ああ。頼む」
イオスの後に続くイソラとスズハに、王宮は騒然となった。
「何を考えてるんだ?イオスのヤツ」
ラディウスがバカにしたように言うと、彼の筆頭近衛兵のウォロは答える。
「ラディ王子が悪いんでしょ?」
「何でだよ。あんなんと結婚っておかしいだろ。おれよりイケメンじゃないか」
ムリムリ、とラディウスが手を振った。
「ほんと、イケメンだったね~~~」
魔法使いのルチルがはしゃいだ声をだす。
「ヘタすりゃ、おれのほうが嫁だわ」
「ええ」
普段は表情をくずすことのない、軍師アモルも驚いた顔を隠せない。
「あちらの国の方は男も美しいのでしょうかーー」
「欲しいか?アモル」
「ふふっ……。イオスが気に入った様子、彼と戦うのは分が悪いですね」
「はあ?」
「イオスはひとがいいだけだよ~~~」
冗談じゃない~、とルチルが剥れた。
「それにしても向こうの王は彼を嫌っているのだな。書簡から見る人物像とは大きく違う」
さて、軍に戻る、と体格のよい中将エンシスがのしのしと歩きだす。
「ああ。じゃあな」
ラディウスも王宮に戻ることにした。
それにしても、今日は火竜が落ち着かないーー。あいつのせいかーー?
黒い髪を無造作に束ねた黒い目の青年を思い返す。いや、若く見えるが二十歳はこえているのか……。十代ということはないだろうがーー。
「ーー面白くなるかもな」
ちょうどいい暇つぶしだーー。
ラディウスはにやりとした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。