第14話 同じで遠い存在
お目をとめていただき、本当にありがとうございます。
「ラディウス。おまえはまず、その火竜を身体から追い出す事を覚えろ」
「追い出すーー」
「どちらが主かいまその火竜はわかっていない。住まわしてやっている、ぐらいの強い気がないと、いつまでたっても言う事を聞かない」
冷静に話をするイソラを、ラディウスが殺意のこもる目で睨んだ。
「ーーおまえに、何がわかるんだよ!」
目を大きく開き、叫び声をあげた。
「わかるーー。私も竜宿だからなーー」
「はあ!?」
その言葉に、皆息を呑む。
「ただ、私の竜は……、ああ珍しいーー」
イソラが天井を見あげると、美しい絵画をすり抜けて巨大な蒼い竜が降りてきた。
どんっ。
王宮を揺らすような音が響く。
蒼い竜が、欠伸をもらした。神々しい姿には似つかわしくない、ひとのような仕草だ。
「ーー久しいな」
『ずいぶんと遠くへ来たな。探したぞーー』
「どうせなら、もっと早くに来てくれればいいものをーー」
『笑止ーー。わしは海の竜。陸地は性に合わん』
「海の民にでもついてくれーー」
イソラはため息をついた。
美しい青年の後ろに巨大な蒼い竜がいる。優美かつ神秘なその姿に、皆言葉を失う。
「なんだ、本当に見るのははじめてかーー、私が宿を貸している海竜のハイロンだ」
『すぐに海に戻る』
「ああ、さっさと行け」
『ーーこの男、子竜を飼っているなーー』
「飼っているだけだ」
『外の世界を知らん奴は、小さい』
海竜ハイロンが翼をはためかせて飛んでいく。イソラを振り返ることもない。
竜とは、自由な生き物なのだ。
「気まぐれな奴だ。だが、あれが竜の姿だ。身のうちに置いているだけでは、そのうち自分が潰れるぞーー」
「ーー誰がおまえの話など信じるかーー」
「そうだな……。なら、ひとつだけ竜宿の利点を教えてやろう」
「……」
「私達の身体には竜を胎内に宿した竜胎が残っている」
「……竜胎」
「それは死んだも同然の器官だ。だが、普通はそのままらしいが、稀に生き返ることもあるらしいーー」
「……生き返る?」
「どうも最近、私のその器官に、生命が吹き込まれたようでなーー、もしかすると伝承の通りになるかもしれん」
「ーーなあ、何の話なんだよ。くだらねー話はやめろ」
「伝承には、こう書かれている。『竜胎がよみがえることがあれば、性別に関係なくひとりだけ子をもつことができる』とーー」
にこり、とイソラは美しく笑う。その顔にラディウスが悟る。彼が何を言おうとしているかをーー。
「ーーおい、おまえ、まさかっ!」
「ラディウス、おまえも後ろなら感じる事ができるかもしれんぞ」
尻をつつかれ、ラディウスが悲鳴をあげた。よがるような声に、フランマが眉を寄せる。
「ーーバカなこと言うんじゃねえ!キモいにもほどがある!!!」
「信じてもらおうとは思わん。ただの星藍国に伝わる伝承だ。だが、伝承とはもまったくの嘘が伝わることもないだろうがなーー」
「っぐ!」
悔しさが滲む声で、ラディウスが呻いた。
「ーー羨ましいか?」
「……」
「私はイオスの子を産めるかもしれないのだ」
「ーーイカれてる……」
「ふふっ、雷とは相性がいいみたいだーー。文字通り、しびれる程に気持ちがいいーー」
満足そうに笑むイソラを、その場にいた全ての者が赤面しながら見つめた。
魔性の美を振りまく彼に、皆心が奪われてしまう。
ーーあの美しい青年にあんな顔をさせるとはーー、誰がそんなことをできるのだーー?
ーー誰かいたか?
ーーあっ、あのひとか……。
「イソラぁ!」
バンッ、と扉を粉砕しイオスが飛び込んできた。
「イオス」
「イソラーー!大丈夫ーー!?」
不安そうな顔で近寄る青年に、イソラは言う。
「ーー怖かった」
「イソラーー!」
涙が浮く目を瞬かせ、きつくイソラを抱きしめるイオスに、まわりから同情の視線が飛ぶ。
ーー嘘だよな?
ーーイオス様、だまされてるよ。
ーーあのひと、心が美しいから。
「今度ばかりは許さない!ラディ!ーーーーんっ?なんで倒れてるの?」
勢いよくラディウスに詰め寄ろうとしたイオスだが、床でうずくまる彼を見て首を傾げた。
「ーーうるせぇー!この色ボケが!」
徐々に薬の症状が落ちついてきたのか、ラディウスの顔色が少し戻る。
「父上!父上がなぜここにーー!?」
「イオス。おまえはこの状況を見てどう思う?」
冷静に問いかけられ、イオスが動きをとめた。
「どう?」
イオスがまわりをぐるりと見る。
ウォロは鼻血を出して倒れている。
アモルも泡を吹いて倒れている。
ラディウスまで苦しげに倒れているーー。
「ーー食あたりですか?」
イオスの結論がでた。
「馬鹿者!おまえの嫁の仕業だ!まったく、とんでもないのと結婚したものだな!」
笑顔になったイオスが堂々とのろける。
「はい!父上!最高の妻です!僕はたとえ勘当されようともイソラと一緒にいます。そのせいで父上達に迷惑がかかろうと、僕はイソラを失うほうが嫌ですーー!」
決意表明に父の顔が歪んだ。
「もしものときは、父上もご覚悟をーー」
真剣な眼差しで自分を見るイオスに、ウルスが深いため息をつく。
「ーー絶対、わかっていない……」
「なんです?」
息子のきらきらとした瞳よりも、自分を射抜くような鋭い視線のほうが気になって仕方がない。
「好きにせよ……」
「父上ーー!ありがとうございますーー!」
頭を下げるイオスに、薄く笑うイソラ。
その手がしっかりとイオスの腕を掴んでいる。
「イソラーー!結婚式をしよう!」
「ーーそれもいいな」
「イソラには、白のドレスがすごく似合うよーー!」
「着ないな」
「着てよーー!」
「着ない」
「なんでもするからぁーー!」
「自分を安売りするな」
「ーーイオス、おれを無視するとは、偉くなったもんだなーー」
「ラディ……」
ゆっくりと身を起こしたラディウスが、伸びたままのアモルを叩く。
「いつまで伸びているんだ、バカが!」
「いま、医務室が混んでいると思うけど、連れて行こうか?」
イオスの言葉にラディウスが吹きだした。
「おひとよしにもほどがある。おまえは処刑だ、イオス」
ウルスが目を剥いた。
「ーーそれでも僕はイソラが好きだ。たとえ国を、火竜を敵にまわしても、おまえにイソラは渡さない」
潔く言い切るイオスの目には、何の迷いもない。その澄んだ蒼い目がきらきらと輝き、意志の強さを語る。
「ーーどのみち、火竜はイオスが怖い」
「え?」
「戦えばイオスのほうが強いからなーー」
「え?そんな、まさかーー」
「中将達がひとりで百人力の強さを誇るようだが、イオスは万夫不当であろう?次元が違うーー」
「イソラーー、ほめすぎだよーー」
顔を赤くしてイオスが照れた。
「そこに、私が加われば国は落ちる」
国王フランマが、「ひっ」、と息を呑んだ。
「イソラ……」
「だが、おまえはそれはしないのだろう?」
「ーーうん。イソラが無事ならいい……」
自分ならどんな目にあってもかまわないーー。
「ああ。大丈夫だと言っただろ?こいつも二度と私には手を出さん」
「ラディが?」
信じられない言葉が耳に入った、そんな顔をイオスがする。
「私はイオスからは離れないーー、おまえもいつも私の側にいろ」
心臓がつぶれるーー、胸を押さえイオスが俯いた。妻のカッコよさをなんとかしてくれ、という気持ちだ。
「国王ーー」
イソラはフランマに話しかける。
「ーーな、何だ」
「ラディウスは私が躾ける。異論は許さん」
「え、ええっーー!」
フランマが目を白黒させた。
「ちゃんと言うことを聞けぬのなら、獅子の谷に放る」
「何言ってんだ!誰がおまえの言う事を聞くかーー!」
「なら、火竜に食われて死ね」
「!」
「もって、後三年かーー、その間好きにしたいならご自由に、というやつだな」
「なっ、くそっ!」
イソラの前には、ラディウスなど子トカゲのようなものなのだろう。格の違いに、フランマがため息をもらす。
「まずは、一新兵として可愛がってやらないとな。そこの雑魚ふたりもまとめて面倒をみよう」
「ひっ!」
「うっーー!」
逃げ出そうとしていたウォロとアモルが肩を震わせる。
「オ、オレもーー」
「わ、私もですかーー」
「ーーそうだ。まずはいままで行ってきた悪事を吐かせる。白状せぬのなら拷問からはじめないとなーー」
ふたりは白目をむいて、気を失った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
嬉しいです。
本作品をたくさんの方に読んでいただけることを、とても幸せに思います。
次で最終話になります。
どうぞ、よろしくお願いします~~。