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第1話 イソラ、立つ

お目をとめていただき、ありがとうございます。


星藍国という架空の国からイグニスというまったく毛色の違う国へ嫁ぐイソラの物語です。

 蒼が揺れる。


 きらきらと輝く蒼が、心をとらえる。



 この瞳に囚われていたい。


 

 きっとそれは、変わることのない一生の想いだろうーー。





 











「ーー大将軍」

「何だ?」

 焼け野原に立つイソラは、部下の声に振り返った。

「イルハ様がお呼びです」

「兄上が……。そうか、ここの後始末はまかせる」

「はっ」

「長い戦が終わったなーー」

「大将軍のおかげでございます」

 部下達が(こうべ)を垂れた。

 その姿をとらえ、無表情に首を振る。


「いや、私は人を殺しただけだーー」







 イソラが去った後、部下達は汗を拭った。

「ーー恐ろしいお方だ」

「だがーー。そのおかげで敵は降伏した」

「もう、お会いできないのが、残念だなーー」











 木造建築の叡智(えいち)を集めてできた星藍宮(せいらんきゅう)。その王の間には柱がなく、外側の柱だけで大空間を支えるように、工夫して建造されている。

「イルハ兄上、何用か?」

 (から)の玉座の前で、次兄が弟を見た。

「イソラ。おまえ、イグニス国の王族に嫁げ」

「は?」

 少し前に、星藍国(せいらんこく)国王である長兄ユルハを病で亡くし、葬儀の中も戦を続けねばならなかったイソラに次兄が告げる。


「ーーイルハ兄上。私はこの国の王になる身です。ユルハ兄上のご遺言を忘れましたか?」

 眉を寄せてイソラは尋ねる。ユルハが病に倒れてからは自分が政務を行ない、蛮族が攻めてくれば軍を率いて退けてきた。


 その間、イルハが何かしてくれたことはない。ただ、趣味の骨董品を増やしていただけなのに。


「決めたことだ。イグニスには雲龍山(うんりゅうざん)を越えて行くように」

「何故ですか!イルハ兄上!」

「説明せねばわからんのか?イグニスに行くには陽白国(ようはくこく)を通らねばならぬが、我が星藍国はあそこと国交がないどころか、因縁の相手だーー。つまり、雲龍山を越えねば通る道がないのだ」


「そんなことはわかっています!ですから、何故兄上が王になるのですか!」

「私は兄だ。妾の子だろうが関係ない!弟の分際ででしゃばるな!」

「ーー兄上……」

「どのみちおまえは身体のこともある。王の器ではなかったのだ」

「……」


 その後、イソラが何を言おうともイルハの気は変わらなかった。




 諦めたイソラはイグニスに向かう準備をはじめる。だが、道という道がない、険しき雲龍山を越えるには最小限の荷物しかもってはいけないだろう。




 さらに、非情なことに、イグニスの文化でこちらの家臣は連れて行くことができないらしく、イソラの旅には同行者がなかった。




「そこまで嫌われていたかーー」

 戦えないイルハに代わって、自分が大将軍として何度も戦にでた。無敗の将として称えられていたが、どうやら誰にも望まれていなかったらしい。


 密かに別れの挨拶に来るものがいないかと思ったが、旅立つときに乳母ですら見送りに来なかった。







 それでも胸を張ろうーー。


 イソラはまだ見ぬ遠い異国の地を目指して、一歩を踏み出した。


















 雲龍山の麓に辿り着き、山小屋で一晩過ごすことにする。小屋の管理人がイソラの顔を見て慌てて寝床の準備をしてくれた。

「ーーイソラ様、本当に雲龍山を越えるんですか?」

「ああ、そのつもりだ」

「こういっては何ですが、あなたのような細い身体では無理ですよ」

「ーー仕方がない。他に道はない」

「雲龍山を越えないと他の大陸には行けませんからね。陽白国へは入れないし、海の向こうには何もないしーー」

 そう、思うと星藍国は狭い国ですねーー。

 管理人の言葉に頷く。



 だが、楽しみでもある。

 死ぬかもしれないが、星藍国以外に行くことができるとはーー。

 

 結婚相手ーー。イルハは自分に結婚をさせる気がなかったはずなのに。

 病中のユルハがどれだけ頼んでも、「あれは無理です。相手がいません」、と探すことはしなかった。それは自分でもよくわかっていた事だが、兄が自分を追い出す手段として結婚を使うとはーー、思わず笑ってしまう。




 イソラは山小屋に置いてある数冊の本に目をとめた。『山での過ごし方』、『ヒグマの倒し方』、『竜宿(りゅうしゅく)』ーー。


 暇つぶしに、その中から『竜宿』を手に取る。子供向けの絵本だ。




『ーーこの世には、竜を宿して生まれるひとがいます。呪われた子供です』


 頁を無表情でめくる。


『竜におおきくなるのをとめられる、かわいそうな子供です。ですが、たったひとつだけいいことがあります。それは、男でも女でも、ひとりだけ子供がうめることですーー』


「ふっ」

 イソラは吹きだした。

 ちっとも良い事ではないーー。


 竜宿(りゅうしゅく)の話は伝承として伝えられていることだ。だが、誰にも歓迎されないその存在は、例えそうだったとしても皆隠すだろう。



 竜を胎内に宿した人間は、身体に竜胎(りゅうたい)が残っている。生まれれば役目を終えて死ぬ器官だが、稀に生き返ることもあるらしい。

 それを、『竜胎のよみがえり』、という。

 

 そこで、子供が育つのだろうがーー。



 ただの伝承だ。

 何の意味もない、言い伝え。



「作り話にしてもばかばかしい話だ……。ーーさあ、明日からは山越えだな……」


 しっかり休もう。

 絵本を戻し、少し寒いと思いながらイソラは寝た。
















「ーー寝過ごした!」

 朝日が昇る前に出発しようとしていたのにーー、慌てて身支度を整えるイソラの前に、小さな男の子がいた。

「ーー管理人の子か?」


「……これ…」

 男の子が書状をイソラに渡してくる。

「何だ?」

 広げてみて、中に目を通す。


 イソラは、書状を落とした。

「な、そんな……」

 管理人をさがすために小屋の外に出て辺りをみまわす。山には薄く霧がかかっているが、ひとがいればわかる。しかし、管理人の気配はない。


「イルハ兄上……」

 ここまで好かれてはいないとはなーー。


 正妃の子だったユルハとイソラ。妾の子だったイルハ。何かにつけ対立はあったが、国を支える気持ちは同じだと思っていた。


 ーーだが、もうあのひとを兄と思うことはやめよう。



「ーー名前はスズハだな」

「うん」

 小さな男の子は、書状には五歳と記されているが、歳よりも幼く見えた。細いのもあるのだろう。

「泣くんじゃないぞ」

「うん」

 とは言うものの、必ず泣く。いや、自分のほうが先に泣くのではないか。

 

 この雲龍山を越えるのに、ひとりでも難しいのに幼い子連れとはーー。兄の気遣いに涙がでそうだ。




 書状にはイグニスにスズハを小姓として連れて行くように書かれていた。国に着く前にふたり死んでいる確率のほうが高い気がするが、仕方がない。スズハの事情も複雑で、星藍国にいるのが難しいのだろう。


「ーー母と離れるがさみしくはないか?」

「うん……」

 小さな男の子は下を向いた。さみしくてしょうがないのだろう、声が震えている。

「父親には会ったことはあるのか?」

「たぶん……、うん……」

 


 スズハはイルハの隠し子だ。

 だが、イルハの妃にうとまれ、殺されかけたため、国外に逃がすことに決めたそうだ。


 ーーなぜ、私を巻き込む。


 どのみち、五歳の子供が雲龍山を越えられるわけがない。兄は目の前で、スズハに死なれるのが嫌だっただけだろう。




最後まで、読んでいただきありがとうございました。

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