⑥手紙の謎はアナグラム
⑥ 手紙の謎はアナグラム
「さあ。二人ともそんなところに突っ立ってないで、中に入りなよ」
博士は、二人を小屋の中へ案内した。
「博士って、ここに住んでるの」
「ああ。父さんは発掘現場事務所に泊まることが多いから、たいていぼく一人だよ」
「お母さんは」
「ある日、突然いなくなっちゃった」
「そりゃ、悪いこと聞いちゃったな」
「なあに。どうせすぐにわかることさ。それより、二人の持ってる手紙を見せてくれないか。ちょっと興味があるんだ」
「もちろん、そのつもりさ。これが俺の方に入っている奴だよ」
博士は手紙をひろげ、しばらくの間見つめていた。
「これ、単純なアナグラムだね」
「なあに、アナグラムって」
「文字の順番を並び替えてあるんだ。まあ、基本的な暗号みたいなものさ」
「すごいな、博士。で、なんて書いてあるんだい」
「『まやはならにぞうあり』って書いてあるだろ。この文字を並び替えるんだ」
「ええと。『ぞうはならにやまあり』、こんな感じかい」
「ああ、惜しい。でも、いいせんいってるよ。キーワードは『謎』と考えればわかりやすいんじゃないかな」
「わかったわ。『謎あり』ね。ってことは、残ってるのは、『ま』、『や』、『は』、『ら』、『に』、『う』、ね。『山』も入っていそうね」
「おい、春菜。それ、『裏山』じゃないか」
「えっ。『裏山?』すると、あとは、『は』と『に』だけね」
「そうか。『裏山に謎はあり』ってことか」
「やっと、わかったようだね」
「私の手紙も見て」
春菜は、封筒から手紙を取り出した。
「どれどれ。『いったいいまはじゅひょうとめしつり』か。こっちは、ちょっとむずかしそうだな」
博士は目をつぶり、腕を組んで歩き出した。
「私たちも考えましょうよ」
「そうだな」
すると、博士は何かひらめいたようにこちらを向いた。
「きみたち。手紙の中身はこれだけかい?」
春菜と幸四郎が見せたのは、2通めの手紙だ。1通めの手紙が封筒には残っていた。
「ごめん、ごめん。実は、最初に届いた手紙があるんだ。でも、これは役に立たないんじゃないかな」
「見せてごらんよ」
「『あなたを術メッセンジャーに任命する』って書いてあるね。春菜ちゃんも持ってるのかい」
「ええ、あるわ。これよ」
「『あなたを戒律メッセンジャーに任命する』だね。なるほど、ってことは、術と戒律がキーワードだろうな。そうか、わかったぞ」
「なんて書いてあるんだい」
「『いったいいまはじゅひょうとめしつり』から『術』を除くだろ。『戒律』って言葉は入っていないけど、『戒め』ならある。それを除くと、『いったい』、『と』、『ひょう』、『り』となる」
「『表裏一体』ね」
「その通り。『戒めと術は表裏一体』ということだろうね」
「博士。手紙の内容はわかったけど、どういうことなんだい」
「任命するってことだから、きみたちは選ばれたんだろうね。戒律メッセンジャーと術メッセンジャーとしてね」
「なんだい、それ」
「父さんから聞いた話だけど、過去の人は未来の人にあるメッセージを伝えようとしているらしいんだ」
「どんなメッセージなの」
「簡単に言うと、失敗事例と成功事例を伝えようとしている」
「やさしいんだな」
「人類の繁栄のためには大切なことさ。父さんの考古学の研究も、実はこのメッセージ探しと言ってもいいんだ。それは埋もれている場合もあれば、特別な人物だけに受け継がれている場合もある」
「そんなもの伝えてどうするの」
「失敗を繰り返さないためには、失敗事例があればいいだろう。こうしちゃダメだよって教えてくれたら、失敗せずにすむこともある。逆に、こうすればうまくいくよっていう成功事例を教えてくれたら、試行錯誤を繰り返す手間がはぶけるだろう」
「でも、ダメだっていうことをしたくなっちゃう人だっているでしょ。うまくいく方法だって、いつもいつもうまくいくとは限らないし」
「そこなんだ。薬は使い方が正しければ、病気を治すことができる。でも、使い方を誤ると毒にもなるんだね」
「やだー。なんだか怖いわ」
「そこで、古来よりメッセージは慎重に慎重に受け継がれてきた。それが、最近どうもおかしくなってきた」
「どんなふうに?」
「伝えたくない人にメッセージが漏れてしまっているらしい」
「そりゃあ、困るな」
「そこで、メッセンジャー選びは重要な課題となっている」
「まあ。選ばれてしまった人は、責任重大ね」
「ってことなんだよ。お二人さん」
「おいおい、待ってくれよ。そんな重大な役割を押し付けられても困るよ」
「そうよ。私たちに、いったい何ができるっていうの。何をさせようというのよ」
「それは、3通めの手紙が教えてくれるんじゃないかな」
春菜と幸四郎は、顔を見合わせた。