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 目が覚めて、天幕でルーナは一人だった。マリアベールが頭から肩にずり落ちる。

「捨てられた状況でしょうか?」

 昨夜の出来事を思い出す。

 魔力切れを起こしたルーナは深く眠ったが、深い闇の中で目覚めた。楽し気な話声が聞こえた。天幕を出ようとして、レオナルドとランベルトの話題に、足が竦んだ。ランベルトの声が、耳の底にこびりついていた。

 焚き火の側で、砦の女をランベルトは否定しなかった。レオナルドの話から、一人寝は妻を捨てた査証ともなるとも知った。

 重ねたクッションから、嗅ぎ慣れた石鹸の香りに混じる汗を感じた。ランベルトも此処にいた。ルーナの側で、確かに寝ていた。

 天幕に曙光が差している。

「アウローラ姉様の名前も出ていました」

 外から差し込むざわめきに、ルーナは天幕をそっとたくし上げ、息を呑んだ。

 ランベルトの後ろ姿が見えた。寄り添う女がいる。身体から湯気が上がっているから、駆けつけたところなのだろう。

 ルーナは冷や水を浴びせられた気がした。

「砦の女」

 ルーナは一人で寝床に残されて、ランベルトの側には女が侍っている。

「おはようございます。ルーナ様が物騒な呼び方をしているけど、アリーチェは確かに砦から来た女で斥候じゃん。一緒にお出でよ」

 斥候が駆けつける事態があるようだ。レオナルドに続いて、ルーナは焚き火の側に行った。

 アリーチェは、アウローラと同じ歳だったはずだ。

 軽く頭を下げたアリーチェが、去り際にルーナの耳朶に息を吹き掛けた。

「寝穢くって、使えない妻だあ。お役御免も近いかもね」

 ルーナは耳を押さえた。

 皆に聞こえるように、アリーチェが声を張った。

「報告に回復魔法に、あたしは役割があって忙しい。他の斥候は、デュメルジにも向かった」

 家政魔法で昨夜は皆に喜ばれた。だが、魔獣との戦いには使えない。攻撃魔法には敵わない。回復魔法にも及ばない。ルーナが努力しても、アウローラにはなれない。アリーチェの代わりも務まらない。

 焚き火から距離を取ったルーナに、ランベルトが近づいた。

「戯言を囁かれたのか? アリーチェは多忙で、気が立っている。これからの動きを確認したい。レオナルドの意見を聞かせてくれ。ルーナも共に聞いてくれ」

 浮かんだ疑念を押し込めて、目の前で必要な事実に向き合う。考えることは多いが、命に直結する事柄が最優先だ。第十部隊で身につけた処世術だ。

「不穏な冥闇は、第二砦の近くって報告だったじゃんな」

 問い掛けるレオナルドに、ランベルトは頷く。ダジェロ辺境伯としての姿が、ランベルトの表情を精悍にしていく。

「魔獣の出現はないが、冥闇の瘴気が濃さを増している」

 レオナルドが淡々と事実を確認していく。ダジェロ辺境に不慣れなルーナに説明を加える。

 ダジェロ辺境には五つの砦がある。辺境伯の邸と隣接する騎士団の官舎から一番近くが、第一砦だ。森の中でも比較的浅い位置にある。第五砦が、人間の到達できる森の最奥だ。

 このまま街道を進むと、ダジェロ辺境伯の邸まで二日の距離だ。第一砦は街道から外れ、森の東側にある。第二砦は森の北側に進んだ場所だ。

 レオナルドは街道近くの第一砦に本陣を置き、冥闇の瘴気をランベルトが確認する作戦を提案した。このまま第一砦に進み、ランベルトが数騎を従えて偵察に行く。ルーナはレオナルドと共に行動をする。

 妥当な策だと感じたルーナの横から、不機嫌な声がした。

「ルーナを第一砦に残すのは危険だ」

 腕を組んで、ランベルトは盛大に眉を(しか)めていた。

「ランベルトの心配は分かるけど、デュメルジではルーナ様は騎士だったんだよ。魔獣と直接に対峙してなくたって、戦闘に対応できるよ」

 レオナルドの言葉に、ルーナは何度も首肯する。

「ダメだ。足手まといになる」

 断言したランベルトの肩を、レオナルドが押さえた。

「おい、言い方を考えろよ」

 口を押えたランベルトが、ルーナを見遣った。蒼玉の瞳に浮かぶ気遣いが辛い。

「ルーナが案ずる事態ではない。ちゃんと俺のことだけを考えてくれ」

 いつだってランベルトの姿を追って、尽くす事だけを考えている。ランベルトも、ルーナのことを考えてくれるのか? 出来もしないことを聞いたら、ランベルトはいったいなんと答えるんだろ。どんな顔をするんだろう。飲み込んだ言葉を反芻する。

 何も教えてもらえない。ルーナが聞いても、ダジェロ辺境の様子は分からない。ランベルトに言分に従うのが正しい。理性では分かっているが、感情が追いつかない。ツーハンドソードに手を置いて、片足で撥ねた。

「聞き分けられない子供みたいに、恐ろしく正直だ。デュメルジの伯爵令嬢の騎士は、やっぱり使えない。赤銅色の髪に魔獣が引き寄せられちゃう。引き寄せるのは、魔獣だけとは限らない。ほら、ダジェロ辺境にはモノ好きが多い」

 何処から聞いていたのだろうか。アリーチェが口角を上げて楽しそうに寄って来た。

 役に立たないのは、ルーナも承知している。赤銅色が何を引き寄せるのかは、見当もつかないが良いモノではない気がする。

「アリーチェと一緒に、先へ進め。ダジェロ辺境伯の邸に入っていてくれ。此処から馬に回復魔法を使えば、一日半で到着する。月の出ている間も夜通し走れ」

 アリーチェが口を歪めて、ランベルトの腕を掴んだ。

「伯爵令嬢の世話を、押し付けないで。斥候の役割じゃない。嫌よ」

 アリーチェの腕を引き離して、ランベルトは背を向ける。

「辺境伯夫人の先導だ。言葉に気を付けろ。ルーナに働く無礼は、俺に向けられていると判断する。命令だ。二人には従ってもらう。アリーチェは辺境伯の邸にルーナを案内しろ」

 手を指し示し、ランベルトは次々と部下に指示を出す。

「おい、ランベルトは森に突っ込んでいくのかよ? 俺には婚礼の荷物があるんだ。第一砦からは動けない。援護が出来ないが、執る策としては、最善だぜ」

 レオナルドは異を唱えながらも、動き出す。

 ダジェロ辺境で足手まといになっている現実に、ルーナは口を引き結んだ。

「三隊に分かれる。ルーナとアリーチェは街道から進め。レオナルドは、森に入って最短で第一砦に行け。俺は、森を廻り込んで冥闇の近くに行く。第二砦まで進む必要

はない。本体は第一砦に待機だ。俺が期日までに戻らなければ、ダジェロ辺境の騎士団が動く。五分後に出立する」

 ルーナにできる事はない。ツーハンドソードのグリップに手を添えて、片足でケンッと跳ねる。天幕に手を差し伸べて、収納をする。指の動きに合わせて、風が巻き起こり天幕が畳まれていく。全ての天幕を片付けるのに、十数秒だ。

 息を呑んだレオナルドの横を、荷馬車を目掛けて天幕が一列に飛んで行った。

 焚き火にかけて置いたスープに、風を当てる。乾いた塊を手で割って、朝の袋に詰めた。乾燥スープだ。

「匂いは旨そうだ。そのまま齧るのか?」

 ランベルトがいた。ルーナの手元の鍋を覗き込んでいる。

 一歩引いた。距離を取って、ルーナは頭下げた。

「お湯で溶くと、身体が温まるスープになります。遠征で食べてました。確かに魔獣との対峙はありませんから、私は、役に立ちません。御迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 ランベルトの顔も見ずに、ルーナは馬の側に行く。回復魔法を施され、馬は元気だ。

「ついて来な。遅れたら、置いていく」

 座り込んでパンを齧っていたアリーチェが、ルーナに視線を流した。

「真面目に役割を果たせよ。ダジェロ辺境伯の邸まで、案内するのがアリーチェの任務じゃん。ルーナ様も、遠慮しないで疲れたら休むんだよ。スープはランベルトに持たせた。(せわ)しなくてごめんね」

「荷物をお任せして、申し訳ありません。捨てる判断も、お任せします」

 レオナルドが、顔の前で掌を左右に激しく動かす。

「ちゃんと持って行くから、心配は要らないじゃん。婚礼の荷物は、ビアンキ伯爵家の思いが詰まっているからね」

 レオナルドが本隊の最後を纏めるのだろう。指示を出して、走り回っている。

 騎乗したランベルトが手綱を引き絞り、騎士を従えて走り去っていった。


―――☆彡☆彡☆彡―――


 騎乗して、ランベルトは直ぐに攻撃魔法を展開する。攻撃魔法の波動で馬を覆い、ほどんど宙に浮いた状態で馬が動く。馬に負荷がなく移動ができる。

 ルーナに告げた言葉が厳し過ぎたと思ったが、ダジェロ辺境での過ごし方だと自らに言い聞かせた。

 冥闇の監視は、ダジェロ辺境での一番の仕事だ。適切な管理が行われれば、スタンピードは未然に防げる。ダジェロ辺境伯家が長年に渡って積み上げてきた実績だ。

「予防処置が評価されないってのは、世の常だ」

「まったく荒れてやすね。新婚の心中をお察しします。実は、昨夜の家鴨の肉を見事な家政魔法の風で乾燥してくださったんでやすよ。ルーナ様の家鴨肉を後でお分けしましょう」

 引き連れたのは、気心の知れた第二十一部隊の部下だ。ルーナの家政魔法を褒めちぎる言葉が続く。

 貰い損ねたとの不満を、ランベルトは何とか押し込める。

 寝心地が良くて身体が軽いと喜んだ声に、周囲から同意の言葉が続く。

「ルーナ様にダジェロ辺境にも早く馴染んで欲しいもんでさあ。まあ、突然の遠征も、進路変更も、滞在延長も、何でもありで、気も休まらん」

 平穏に過ごすための努力は、見えにくい。安寧が続けば、危険がないと判断される。先んじて動く意味を、御前会議でランベルトは常に主張していた。

「デュメルジの貴族は、ダジェロ辺境が金だけ毟っていると思っているんだろう。日々の積み重ねで、安寧が齎されている。ルーナの家政魔法と似ている」

「長い時間が、掛かりやしたからねえ」

 ランベルトは、最初からルーナを妻に望んでいた。魔法騎士団長のロレンツィオへ、何度も上申していた。

「そのたびに却下されたがな、諦めなかった俺に呆れていた。アウローラばっかり勧められて、辟易した」

 穏健派でもあるロレンツィオは、魔法騎士団の安定を第一に考えてくれていた。だからこそ、ロレンツィオの娘との結婚は既定路線でもあった。

 ロレンツィオは、アウローラの明るさを危惧していた。デュメルジにアウローラがいる意味を、深く憂慮していた。アウローラは人を惹きつける。

「あの危険なアウローラがダジェロ辺境に来たら、厄介だ。それに俺は――」

 ランベルトは、アウローラの横でいつも楽しそうに剣を振るっているルーナを可愛がった。最初は妹のように思っていた。

 馬の鬣に身体を寄せる。速度が増した。風に誰にも聞かせたくない言葉を乗せた。

「最初っから、惹かれていた。あんな小さい女の子のことを、忘れなかったんだ。俺も、大概甘い」

 ルーナでなければ、結婚を断ると告げた時に、ロレンツィオは初めて焦りを見せた。

「スプリウス国王は手を叩いて賛同してくれた。互いに魂胆があるんだから、当然だ」

 貴族なら、結婚に夢や希望を抱いてはいけない。幼い頃から置かれた環境を理解し、恋愛と結婚を分けて考える貴族も多い。

「まず結婚は叶った」

 ルーナは、ランベルトを真面目で優しくて責任感のある夫として考えているだろう。

 互いに、夫婦として歩み寄ろうとする真面目さも感じる。

「伝わっただろうか。ルーナが好きだから結婚したんだ。強引なのは承知の上で結婚をした。辺境にいくと決まっていた。誰にも渡したくなかった。渡せない」

 歪んだ口が苦いものを呑み下すように動く。好きでもない男に言い寄られるのが苦手だと知っていたが、ルーナを諦めたくなかった。ルーナはあっさりとした対応で結婚を決めていたから、割り切っているのだろうか。でも時間をかけてランベルトを好きになって欲しい。

「圧倒的に、俺には時間が足りない」

 ランベルトの声を、風が呑んでいった。


お読みいただきまして、ありがとうございます。

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