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本日、二回目の投稿です。

「結婚式の当日は、魔獣も大人しいようだ」

 ランベルトはデュメルジの空の明るさを見遣った。

 クントト大陸には、魔獣が蔓延っている。トゥスクル王国は、クントト大陸の南に位置していた。

 トゥスクル王国のほぼ真ん中の丘陵地帯に、王都のデュメルジがあった。デュメルジを囲むように、平原が広がる。国土の南は海に面している。東と北の国境は隣国に接していて、デュメルジから続く街道が整備され栄えていた。

 西は辺境と呼ばれる地域だった。デュメルジからの街道も、西に進むほどに森が深くなっていく。街道が途切れた森に、(めい)(やみ)と呼ばれる魔獣が潜む場所があった。森の中は闇が濃く、未開の地だった。魔獣は人間に害を与える。一度(ひとたび)スタンピードが起これば、トゥスクル王国の存亡に関わる。

 魔獣を討伐し、国を豊かに維持していくには魔法を操る騎士が欠かせない。トゥスクル王国は、優秀な魔法騎士団を整備していた。

 心身が健康な場合、貴族は魔法騎士団に所属する義務があった。数年間を魔法騎士団で過ごして、貴族令嬢は結婚を機に除隊する場合が多い。貴族令息が領地に帰る場合は、魔法騎士の予備役となる。王宮に勤める文官も、最短で数か月の魔法騎士を経験している。

 魔獣の出没に合わせ、魔法騎士団と共に王宮も各領地も協力体制を取った。

 平民の中にも、魔法騎士を目指す者がいた。辺境を警護する第二十一部隊から第三十部隊では、平民の騎士の養成も積極的に行った。

 半年に一度、ランベルトはデュメルジに凱旋し、魔獣の討伐状況を王宮に報告した。国王も臨席する御前会議が開かれ、その後の魔法騎士団の動向を決めた。

 ランベルトは辺境伯として、魔獣の蔓延るダジェロ辺境を治めていた。

 結婚の話を何年も遣り過ごして、ランベルトは三十歳を過ぎた。逃れられないが、生涯の伴侶は妥協したくない。

「やっと迎えた結婚式だ。プラムの花が満開で、悪くない」

 デュメルジを訪れる時に、結婚式まで終わらせる。ダジェロ辺境では、魔法騎士団の仕事が最優先となる。新妻のルーナに、時間を割くのが困難になるのは分かりきっていた。

「でもさあ、デュメルジに来て二週間で結婚式って急ぎ過ぎじゃん。花嫁の準備ができたのが驚きだぜ。ロレンツィオ魔法騎士団団長も、焦っただろうねえ」

 レオナルド・ルッソが、ランベルトの肩を寄せた。短く刈り上げた麦藁色の煤んだ金髪に、同じ色の瞳を楽し気に眇めている。ダジェロ辺境のロッソ男爵家の四男で、第二十一隊の副隊長のレオナルドは長年の友人だ。ランベルトと同い年だが早くに結婚をして、五人の子供に恵まれている。十歳になる長男は、騎士の見習いを目指していると聞いていた。

 ダジェロ辺境を守るのは、第二十一部隊から第三十部隊だ。全ての隊長はランベルトが兼務し、それぞれに副隊長がいる。副隊長はランベルトにとって優秀な側近だ。互いに辛辣に意見を戦わせた。副隊長は攻撃魔法に優れた騎士が多いが、レオナルドは戦術を練るのが得意だった。

 急な結婚式だったため、副隊長でデュメルジに残ったのはレオナルドだけだった。

「デュメルジの貴族の全員が、集まったかのような結婚式だ」

 溢れかえる人の波で、式を終えたルーナがまだランベルトの側に来ていない。

「魔法騎士団分裂の危機は、回避するできたのでしょうか? まあ妹を選ぶのは、賢明でしょう」

「明白な政略結婚で、反吐が出る。上手くやりやがった。若い妹の方が、俺は好みだ」

(とう)が立っても、姉の妖艶さは捨てがたい。二十六歳ならまだまだ」

 ランベルトに聞かせるように、声高に議論し合う貴族が頭を突き合わせていた。

 容姿が端麗で、文武にも優れたビアンキ伯爵家の姉妹との結婚を、貴族たちは熱望していた。

 政略が絡み、結婚をする当事者の思いが置き去りにされながらビアンキ伯爵家の姉妹の結婚は、魔法騎士団も、王宮も、ダジェロ辺境をも巻き込んで検討がされた。

「まだまだ予断は許せません。ダジェロ辺境で、魔法騎士団が独立する策略があるとか、ないとか」

 嫌らしい発言をしているのは、公爵家の令息たちだった。

 魔法騎士団の再編は、長年にわたって議論が行われていた。

 ランベルトは魔放棄し団の現状を維持する意義を、身をもって理解していた。

「ダジェロ辺境に来れば、直ぐに理解できる。戯言だ」

「まったくなあ。冥闇を知れば、誰もが一枚岩の魔法騎士団が必要だって感じるぜ」

 レオナルドは、首を振りながら貴族たちに肩を竦める。

「一度は、誰もが魔法騎士団に所属する。だが、雨が晴れれたら傘は忘れる。喉元を過ぎたら、熱さを忘れる。ダジェロ辺境だけで魔法騎士団は成り立たない」

「急に決まった結婚式が、憶測を呼んじゃったね」

 レオナルドの気休めにも、語気が荒くなる。

「急ぎたくもなるだろう。間違えば、不本意な結婚だ」

「余裕なさすぎだろう。おっと、やべえ。スプリウス国王のお出ましだ」

 神殿から、大きなさざめきが起こった。

 レオナルドが口を押えて、騎士の礼を取る。

「目出たい結婚だ。ランベルトも恙なく伴侶を得て、ダジェロ辺境も安泰。余も安堵している」

 厳めしい物言いをするが、スプリウス・トゥスクルは二十三歳だ。前国王の急逝で、五年前に即位した若い国王だ。結婚式に参列したスプリウスが、城に帰るために神殿を後にする。

 スプリウスを見送ったルーナが、ランベルトを見て慌てて下を向いた。

「マリアベールと言う名のベールらしい」

 頭から顔を縁取るマリアベールは、ビアンキ伯爵家に伝わる一品だ。ルーナの赤銅色の長く後ろに流した髪を透かして、典雅な曲線を描き出していた。

 マリアベールが隠しきれないルーナの口元が、歪んでいる。

「恥ずかしがって、初心な花嫁だ。妬けるねえ。月が雲に隠れちゃったね」

 何か、ルーナの気に障ったのだろうか。レオナルドの言う初心な反応だけではない淀みが、ルーナの動きをぎこちなくしたようにランベルトは感じた。

 レオナルドの軽口にアウローラが駆け寄る。

「ねえ、月も満更じゃないでしょう? 意外といけるわよ」

 アウローラは優秀な魔法騎士で、自信家だ。誰もが、アウローラを求めていると考えている。

「あからさま過ぎだろう。月が曙光には及ばないって思っている訳だ。確かに有り難きアウローラ様は、今日も美しい。主役かと思った」

 勝気なアウローラをレオナルドは承知で煽る。表面上は、上手にアウローラの機嫌を取る振りをする。甘言に隠された毒に、ランベルトは溜飲を下げる時も多い。

「朝の始まりを告げる曙の光は、自ら光っている太陽よ。他人のお零れで光る月とは違うの。何処でもいつでも、主役を張れる。本日はマーメイドラインのドレスよ」

 鮮やかな深紅のドレスに身を包んだアウローラは、太陽の女神の化身の姿だった。鮮烈で、艶めかしい。

「巧みな言い方じゃん。確かに、月は明るさも足りなくて形を変える。変幻自在だぜ」

 ルーナをアウローラが抱き寄せて祝福する。

「結婚できて良かったわ。比べると色々満たされないでしょうけど、堪えてくれているランベルトに、ルーナは感謝しなさい。ねえ、レオナルドもランベルトも、光も形も足りない月と私を、比べないでよ」

 傲然と言い放ったアウローラが顎を上げて、ランベルトに視線を流した。

 目を眇めて、アウローラを睥睨する。ルーナを揶揄する物言いが、引っ掛かった。

「そもそも、アウローラが言い出したんだろう。月の女神のルーナ。俺は好きだよ」

 ルーナがはにかんだ笑みを零した。

「名前の話よ」

 アウローラの言葉に、ルーナが笑みが強張った。

 ランベルトは、ルーナに結婚に纏わる全てを伝えていない。何処かで、この結婚を利用して、無理矢理にルーナを囲い込んだ自覚がある。アウローラの口を塞ぎたくなるほどの後ろめたさが、ランベルトの心を苛んだ。

「今度は、アウローラの回復魔法の待機時間を測ってみたい。レオナルドと一緒に戦術を検討しよう」

 話を混ぜっ返した。何処までも初心で純真なルーナと、今は狡猾ささえ覗かせるアウローラを離したい。

 ルーナがほっとしたように、詰め込んでいた息を吐き出した。

「全く、ランベルトは仕事に夢中になりすぎる所があるけど、私の代わりにルーナが支えてあげるのよ。いつか私じゃなくて、ルーナと結婚してよかったって思うはずだわ。そんな疑り深い顔をしないの」

 余計な言葉を吐き散らかすアウローラを、レオナルドが連れ出した。

 ルーナの肩を後ろから抱き締める。

「実感してほしいんだ。誰の腕に抱かれるのか? 夫は誰なのか? 俺が結婚したのはルーナだ」

 ふんだんに刺繡を施したデコルテのラインが美しい結婚式のドレスだ。ダジェロ僻地に伝わる紋章のプラムの花と果実があしらわれている。ランベルトには理解できなかったが、ドレスはプリンセスラインの形らしい。全てダジェロ辺境伯家で用意した。

「可愛い。子猿のようだ。ダジェロ辺境の森の浅い所に、猿がいるんだよ。時折、子猿も一緒に出て来るんだ」

 折れそうな肩に顔を埋めると、小さな笑みを零してルーナが頷いていた。



お読みいただきまして、ありがとうございました。

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