file.23 冒険者調査報告書は──
戦場で会話をする事に限界を感じた私は『難しい事は殺してから考える』と言う、いつものスタイルに戻る事にしました。
と言う事で、スタヴロスの街の至るところで繰り広げられている、冒険者と聖導騎士団の戦場へ足を運んでは──。
「私は白銀の冒険者!」
クインでは無いと言う事を必死にアピール。
「通りすがりの冒険者です!」
名前を呼ばれる前にとにかく。
「違う! クインなどと言う名前の魔族は知らない!」
久しく出していなかった全速力をもって、聖導騎士団を丁寧に駆除。
その結果、スタヴロスの町全域に広がった争いは、この私こと白銀の冒険者が参戦してから約三分も経たずに終結しました。
戦闘が終了すると、冒険者の方々は誰と示し合わせるでもなく、一人また一人と、冒険者ギルドのスタヴロス支部と言う事になっている建物周辺に集まってきた。
と言う事で、正体不明の冒険者として参戦した私もギルドの建物前に移動。
「──クイン、お前」
何故かロクアスさんに正体がバレているような気がしましたが、ここは徹底的にとぼけるしかありません。
「いえ、違います。私は白銀の冒険者、たまたま通り掛かった冒険者。名前はまだないです」
「そ、そうか。……いや、正直よくわからんが、わかったよ」
傷ついた者、亡くなった者
数えるのも面倒な数の冒険者がこの戦いで命を落として、彼らと親交のあった者達がその亡骸を埋葬する静かな時間。
誰も何も言わない中で、ロクアスさんがボソリと呟かれた。
「俺達は……勝ったんだよ、な」
「ええ、辛勝と言ったところではありますが、勝利は勝利です。さあ! 喜びましょう!」
「誰が喜べるかッ! ……こんなにも、死んじまったんだぞ。この状況でどうすりゃ喜べるんだよ」
いつも不敵な笑みを浮かべては、飄々とした態度を崩す事のなかったロクアスさん。
そんな彼の表情もこの時ばかりは暗くて、涙こそ流れていないものの、その瞳にはもう何の光も灯っていませんでした。
正直、ロクアスさんが言いたい事はわかります。
しかし、です。
「何を訳のわからぬ事を言っているのです。貴方達冒険者にはどうしても守りたいものがあって、それを守るために戦って、そして勝てる見込みのない戦いに勝ったのですよ。それを喜ばずして、何を喜ぶのですか」
死者を悼む気持ちに引きずられるあまり大切な事を忘れている。
「勝ち取ったものがあるのなら、それを誇らずしてどうするのですか」
そう言った私は、隠密結界に閉じ込めているエマを上空から地上に降ろす事に。
「いつの世も、生きる事は戦いの連続です。ですので、誰もが勝者になれるわけではありません。時に敗者は全てを奪われて、こんな場所に流れ着く事もあるでしょう。負けた瞬間に死ぬ事もあるでしょう」
そして、冒険者ギルドの前にある少し開けた場所に降ろしたエマの結界を、解除してあげました。
「エマっ!?」
「何でここに!?」
何もない空間に突然現れたエマにその場の誰もが驚き、声を上げる。
「なんて顔してやがんだ、全く……」
「ちょっと可愛いからって泣いてんじゃねぇぞ」
「お、おお、俺達のエマ!!」
けれども、驚きの声は一瞬で終了。
ようやく冒険者ギルドの前に辿り着いた、今にも死にそうな程にボロボロの、それでも、今まで通りに元気な姿のナウポさん、ゲイリーさん、デイブさん。
彼らを始めとした先輩冒険者達は、エマの姿を見つけるや否やの明るい声を上げ始めて、暗く淀んだ空気が押し流されていきました。
「ごめ……ごめん、なさい……。わた、私の──」
ですが、そんな口々に喜びの声を上げる冒険者に対して、泣き過ぎてガラガラになった声のエマは、地面に蹲ってただひたすらに謝罪の言葉を口にしました。
「約束通り、エマは無事です」
「ふざけんなよ! クイン! 安全な場所に連れて行けって取引だっただろうが!!」
しかし、蹲っているエマの肩に左手を置いて右手でサムズアップをしながら話した私に、ロクアスさんが鎧の外套を思い切り掴んで激怒。
「何を怒っているのですか。それに私はクインではく白銀──」
「うるせえ! 黙ってろ! エマがここにいたら駄目だろうが!!」
「何故です?」
「わっかんねぇのかよ!?」
「ああ、エマが魔族だからですか?」
「馬鹿かテメえッ! 今俺が話してんのはそんなんじゃねぇだろうが! 魔族かどうかなんざどうでもいんだよ! 今回の件が遅かれ早かれ知れ渡りゃ、またここが戦場になるってことを言ってんだろうが!! いいから早く安全な場所まで連れてってくれ……。頼むから、お前なら、それが出来るんだろ?」
「──だ、そうですけど?」
掴みかかって大変激怒しておられるロクアスさんの言葉は、当然ながらすぐ近くで蹲っているエマにも聞こえている。
ですので、私はもう一度エマの肩を叩いて、彼女の返事を待つ事に
スタヴロスの町に生きる者は、同じ人族からゴミと呼ばれるだけあって、全然人の話を聞きません。
今だって、どうしてエマが目の前にいるのに、私を挟んで会話をされるのか、まるで理解が出来ない。
直接話したら死ぬ呪いにでもかかっているのでしょうか?
そんな事を考えていると、ようやく……。
ようやく、エマが口を開きました。
「──そ──こと……頼んで、ない」
「はい、どうしましたかエマ。何か言いましたか?」
「──私は! そんなこと! 頼んでない!」
そして、飛び出して来たのは、それはそうでしょうとしか言いようがない言葉。
ことここに至ってようやく、エマの口から彼女の言葉が飛び出してきたのです。
「なんでこんな事したの!? なんで令状のこと私に黙ってたの! 私逃げたりしないよ! 黙って教会行ったよ! 喋ったら私が逃げると思ったの?! そんなことしないよ!」
「な、なに言ってやがる、エマ……。そ、そんな事をすれば、お前が──」
「そっちの方が、全然……。皆が死ぬより、全然良かった! なんで! なんで……。なんでこんな……」
相手の気持ちを無視した善意、それはただの迷惑である。
押し付ける側の自己満足でしかない。
ステファノス様がそのような話をされた事があります。
恐らくですが、誰かと接する機会が少なくて、誰かに何かを与えると言う行為に慣れていなかったであろうスタヴロスの先輩冒険者の方々には、それがわからなかったのでしょう。
「私は、魔族で……。守ってもらう必要なんて、なくて……。言ってくれれば……なんか言ってくれれば、こんなバカみたいな事にならなかったのに! 誰も死ななかったのに!」
「いえいえ、エマが何かを言うのは筋違いでしょう」
「何でよ……。私がどれだけ悲しいかなんて、貴方にわかるわけが──」
「そんな話をしているのではなくて、そもそも、魔族であることを隠していたのは貴女ではありませんか。先に隠し事をして周囲を騙して生きて来た癖に、ロクアスさんや他の先輩方が隠し事をしたら怒るだなんて、それはおかしいのでは? エマがどうでもいい隠し事をいつまでも抱えていたから、事情があると思った先輩方が貴女を逃がそうと思って。──その結果、こうなったのではないですか」
何故かロクアスさん達の行動を非難しているように見えるエマに、軽くイラっとした私はついつい語気を強めてしまいました。
彼等彼女等の付き合いが、一体いつから続くものなのかは詳しくは聞いていません。
ですが、笑い合える関係になったのであれば、その時点でもう、種族なんて言う些細な隠し事はさっさと吐き出してしまえば良かったと思うのですよね。
なんせこの町の方々は、まだ三年しか付き合いが無かった私の事を魔族と疑っていたのに、それでも普通に接していましたから。
と言うより、ロクアスさん達はエマが魔族である事も普通に気付いてましたしね。
なんか意味あるんですか、この隠し事。
「それに、人族から弾かれた掃き溜めのゴミと、魔族の社会で生きていけなかった弱者の貴女であれば、いい感じに釣り合いも取れてるんじゃないですか。先輩方はさっさと腹を割って話し合っていれば良かったのですよ。だって、皆仲良しさんじゃないですか」
そうすればもっと違う結末があったのかもしれない。
或いは、初めから私に助力を請うだけで、この惨劇は防げたかもしれませんしね。
エマの安全を守って欲しいなんて言わずに、力を貸して欲しいと言えば、私はこの町の方々を助けるつもりはありました。
その程度には皆さんの事を気に入っていますから。
スタヴロスの冒険者連中にとってエマが必要であったように、エマにとってもこの街の冒険者はいなくてはならない大切な何かだったのでしょう。
社会に必要とされない者同士が偶然に出会って、お互いに必要な者同士になった。
たぶんですが、ただそれだけの話だったと思うのですよね。
だと言うのに、ややこしいやり取りをなさるものです。
「正直に言うと、私はもう先輩方の問答には付き合い切れないので帰りますけど……。一応、最後に一つだけ───」
◇
あれから百年あまりが経過しました。
「──結局、冒険者には何一つ良い所がありませんでしたね」
あの後、一言だけアドバイスと言うか確認事項を口にした私は、スタヴロスを離脱。
スタヴロスの先輩方のお話に付き合うのが面倒臭くなってきた、と言うのも事実ですが、もちろんそれだけではありません。
あまりにも先代魔王様にお会いしていない時間が長くなりすぎたせいで、頭痛、吐き気、眩暈、倦怠感、手足の痺れと言った『忠誠対象欠乏症』による身体への深刻なダメージもありまして、急ぎ魔王城のフィラフト様の下へと帰還しました。
「……ふふふ。思い出してしまいますね」
そして、三年かけて頑張って纏め上げた報告書と、最後に冒険者をけしかけた事で、ようやく起きた一波乱を、面白おかしく纏め上げた八割のフィクションと二割の虚偽で創り上げた『白銀の冒険譚』を提出したところ──。
『あ、ううん、いいです。……色々言いたい事はあるけど、やっぱり自分で調べます』
久しぶりにお会いしたフィラフト様は、なにやら呆れた声で報告書の受け取りを断られたのですよね。
全七千頁にも渡る報告書を一行も読んで貰えなかったと言う、フィラフト様との掛け替えのないやり取りを思い出した私は、少しだけ笑ってしまいました。
そして遂に、かつては先代魔王様の部屋であり、今は現魔王様が居室として使用されている部屋の扉を軽く叩きました。




