file.18 拘束令状がやってきた
「……ふむふむ。以下の者の即時拘束を命じる、と」
≪冒険者ギルドスタヴロス支部受付業務全般担当者エマ≫
「なんですかこれ?」
ある日、スタヴロス支部のギルドマスターであるロクアスに呼び出された私は、一つの紙を手渡された。
「見ての通り、拘束状だ」
「ふむ。なんでエマがと言う疑問と、何故俺にこの手紙を見せたのかと言う質問を投げても?」
『拘束状』は『聖導教会』が発行する命令書で、逮捕令状とはちょっと毛色が違う。
逮捕令状が犯人逮捕の為に、人族のどこかしらの機関が許可するもの。
対して、拘束令状は聖導教会と呼ばれるやたらと魔族を敵視している、大変生意気な組織が発行する命令書。
拘束状は拘束対象者に決して気付かれる事の無いように秘密裏に発行されて、期日までに周囲の者で拘束して、教会に引き渡せという命令書なのでややこしい。
拘束に失敗した場合や、対象者の逃亡を許した場合は、拘束状を委任された者や、その周囲の者が拘束対象者の代わりに無差別に教会に拘束される。
割と面倒くさい命令書、それが、聖導教会が発行する拘束状である。
「……まず一つ目の疑問だが、エマが魔族ではないかと言う嫌疑がかけられている」
まあ、魔族ですしね。
そこは嫌疑も何もあったものではないですね。
「そして、第二の質問への返答だが……クイン、お前が新参者であり、未だに素性の知れない奴だからだ」
「……なるほど。まさかこんな街の人間に私の素性調査を試みている者がいるなんて、想像もしていませんでした」
確かに来た当初こそ浮いていたかもしれないが、この一年二年は割と溶け込めていたと思っていたのですがね。
「勘違いしないで貰いたいが、素性調査なんてものはしていない。俺が言う素性のしれないってのは、底が見えないって意味だ」
そう言うと、机を挟み向かい合うように座っているロクアスは軽く笑った。
「お前がうさんくせぇ奴ってのは、最初からわかってた。……こんな街に流れ着いてくるにしちゃあ身なりが綺麗すぎるし、目には一切の絶望もねぇ。大抵の奴は多かれ少なかれここに来る前に一度や二度の絶望ってのを味わってんだよ。そんなにキラキラした目をしてここにやって来る奴はいねぇよ」
同じ仲間のはずの人族に要らないと言われ、魔物や魔族の餌になる以外の存在価値が無いと言われた者が辿り着く街、スタヴロス。
魔族領域と隣接しているせいで、いつ戦いに巻き込まれてもおかしくないと言う恐怖の中で日々を過ごして、比較的規模の大きな街であれば居るはずの聖王騎士のような自警団も居ない。
人心は荒れ放題、犯罪も好き放題、まさにゴミだめ、まさに掃き溜め。
私の後にも幾人もの人が流れ着いてきていましたが……。
そうですね、私にあの者達と同じ顔は出来ないでしょう。
「……まあ、そんで、なによりうさんくせぇのは──お前さんがあっちから歩いてきた事だがな」
そう言ったロクアスは、聖都のある人類の生存領域とは反対側。
魔族領域の方へと軽く視線を流した。
初めて来た人族の街で、誰も彼もが下を向いている中、街中をぶらぶらと歩いていた変な男。
その男は実は冒険者ギルドと呼ばれる組織の管理職で、あれよあれよと案内された私はあっと言う間に冒険者になれましたが、そうですね、もう少し疑うべきでしたね。
そもそもが、逆だったのでしょう。
私が男に話し掛けたのではなく、私は男に話しかけるように仕向けられたのでしょう。
何故かって、それは話せる人間が他に居ないからで、それ以外の選択肢がなかったからで、偶然そこに話し易そうな男がいたからだ。
今ならわかります。今思い返せばよくわかります。
あの時、周囲に居た人間は全て冒険者でした。
なんせ、あの中には大きな者、私を殺す事が出来るほどの超人ナウポの姿もありましたからね。
その他の誰も彼もが、この三年で会った事のある冒険者でした。
そして、何故あんな場所に居たのかと言う疑問も、このやり取りでよくわかりました。
「ギルドマスター自ら見張りとは。やはり、冒険者と言うのは人手不足なのですね」
ロクアスはいつもふらふらと街中を彷徨っているが、それも全て魔族領域への警戒ゆえの事だったのでしょう。
「まあな、どいつもこいつも生きるのに必死な連中ばっかりだからな。くだらねぇ見張りごっこに付き合わせてやるような余裕がなくてな」
スタヴロスより先に道らしい道はほとんどない。
そんな場所から現れるのは、仕事から帰って来た冒険者か──魔族かま魔物くらい。
傷一つない綺麗に着飾った場違いな服、スタヴロスに似合わない生気に溢れた目。
そんな人間が城塞都市アゴラへ続く道ではなく、魔族領域へと広がる平野から突然現れれば、どんな人間であっても警戒するでしょう。
我ながら本当に。
私は多分賢くないのでしょう。ナウポさんのおっしゃる通りです。
「──それで、だとすればどうされるのでしょうか」
どの道もうスタヴロスに留まる理由はありません。
冒険者についての調査は十二分に終えました。
後は転移で戻って、フィラフト様に私が作成した報告書を一言一言枕もとで読み聞かせて完了です。
調査を完了した私にとって、今更この街の者に何を言われたところで何とも思いはしませんし、それに、何を言うか程度は推測できます。
拘束を手伝えば私の事は見逃す。
もしくは、大人しくしていれば悪いようにしないと言って隙をついての拘束。
全くもって人族と言う生き物は──
「どうもしねぇよ。……どうもしねぇが、頼む。……どうか、エマを連れて逃げてくれねぇか」
どうしようもなく。愚かな生き物です。
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