file.16 油断大敵
突然命令口調で話し掛けてきた事と言い、会話に割り込んで来た事と言い、冒険者はあまり常識がないのだろうと思ったのは間違いありません。
「申し訳ございません。何分勝手がわからぬ身でして。……受付にて話を聞くようにとロクアスからの指示もあって、話を聞かせて頂いた次第です」
しかし、今現在私が冒険者の一番の下っ端である事は間違いので、先輩の機嫌を損ねたのであれば謝るのは当然の事である。
魔族は実力社会ですが、人間社会はネンコージョレツなるシステムがあると聞いています。
「はっ! なんもわからねぇ奴が冒険者になっんじゃねぇぞ!」
「ちょっと身なりがいいからって調子乗ってんじゃねぇぞ?」
「お、おお、俺達のエマさんに近寄るな!」
なんだと?
「……申し訳ありません。何も知らずに冒険者になってしまったのですが、やはり何処かで事前講習などが行われていたのですね」
私だって最初からずっとおかしいと思っていたのだ。
街中で声を掛けて男に付いていくだけで、それだけで冒険者になるなど。
そんないい加減な会社があるはずがないと思っていましたのに……。
とりあえず街に行けばわかるだろうと思って、事前調査に時間を割かなかったのは失敗だったかもしれません。
「じせ? なにわけわかんねぇこと言ってんだ、ぶっとばすぞ!」
「ちょっと俺達が知らない単語を知ってるからって、調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「お、おお、俺達のエマさんに近寄るな!!」
しかし、ちゃんと謝ったにもかかわらず、どう見ても機嫌が悪そうな先輩冒険者達に困惑した私は、受付に座る人族生活の先輩であるエマと呼ばれている魔族に話を聞くことにした。
「すまない、エマ、彼らは何に怒っているんですか?」
「あー……。えっと、彼らは多分、私の事が好きなのだと思うのですが……。私と話している貴方の事が気に入らないとか、そう言う感じではないでしょうか」
「なるほど」
要は嫉妬ですか、冒険者について無知である事を責められているのかと思って焦ってしまったではないですか。
「おいてめぇ! 無視してんじゃねぇぞ! いつまでエマさんにくっついてんだ殺されてぇのか!?」
「ちょっとなんか、あれな感じで、いい感じだからって、調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「お、おお、俺達のエマさんに近寄るな!」
そして、何を言っているのかよくわからない先輩を無視してエマと話した事で余計に感情を逆撫でしまったのか、大きい先輩が私の手を掴んできた。
「け、喧嘩はダメですよ!」
それを見たエマが慌ててカウンターを乗り越えて来るが、私だってそこまでの馬鹿ではない。
ここで喧嘩をしてしまっては冒険者になれなくなってしまいますからね。
とは言え、一方的にやられるつもりもありません。
「申し訳ございません、先輩。しかし、私は殺されたいわけではありませんので、もし今から戦闘をするのであれば、全力反撃させて頂きます。よろしいでしょうか!」
冒険者の調査の為、人族や魔族など関係なく、出来る事ならこの街の者とは良好な関係を築いていきたかったと言うのに。
殺し合いの戦いを挑まれれば私とて迎撃せざるを得ません。
パトリオットと対峙したお陰で、今の私は人族の戦闘能力が見た目だけでは判断出来ない事を知っている。
この一見すると大きいだけの男もまた、私を見て殺すと言うのだから相応の実力者と考えられる。
「ふざけやがってぇ!!」
そんな訳で、恐らくはフェイントと思われる、やけに緩慢な殴打を放ってきた大きな男の攻撃を合図に、いよいよもって戦いが始まるのかと思った──次の瞬間!
「ダメ! 本当に喧嘩はダメ! 死んじゃうからああ!」
一体どのような攻撃をしてくるものか、と。
最大級の警戒心をもって迎撃態勢で待ち構えている私に、人の街で生活している先輩魔族のエマが飛びついてきたのです。
凄まじい勢いで飛びつかれた事で、何事かと思った私は、エマの突進を避ける事なく抵抗することなく身体で受け止めて、そのままの勢いで地面を転がる事となった。
──本当に、危ない所でした。今思い返してもぞっとします。
魔族であれば人目見て私の強さが分からないはずがありません。
しかしそれでも、エマはそんな私が死ぬと判断したのか、大きい人間の攻撃から全力で私を庇ってくれたのです。
一見すれば、誰がどう見てもただ遅いだけの、蝿が止まるような緩慢な人族の拳による攻撃に、まさかこの私を殺すような必殺の力が籠められていたとは、流石の私も見抜けなかったです。
死を案じたエマによる決死の突進がなけれぱ、恐らく私はあの瞬間に絶命していた事でしょう。
パトリオットと対峙した時に学んだはずだったのに、ここ最近の戦場で見た人族があまりにも弱すぎたせいか、私はまた無知故の油断から命を落としてしまう所でした。
そうして、大きな人族の必殺の一撃をギリギリの所で回避した私が、エマと抱き合うような形で冒険者ギルドの床を転げ回った事で、周囲はしんと静まり返る事に。
無理もありません。
今の一撃で死ぬはずだった私が、エマの助力によって命を繋ぎ止めた事に驚いたのでしょう。冒険者と言う稼業を少々侮っていた。
「……すまない。助かりました、エマ。この恩はいつか必ず」
立ち上がる前に、彼女にだけ聞こえるように小声で耳打ちしてそっと離れる。
すると、余程の決死の覚悟だったのか、魔力の乏しい弱小魔族であるエマは全身を赤く染めた極度の興奮状態にありました。
そんなエマの姿を見れば、流石の私も覚悟が決まると言うもの。
「──先輩方……! 大変にっ! 申し訳! ございませんでしたああああ!」
と言う事で、完全に舐めきっていた大きな者と、細き者、太き者の先輩冒険者の前で跪いた私は、地面に額を擦りつけて謝罪を口にしました。
魔王様の為にもまだ死にたくなかったので、どうにか許して貰おうと懸命に許しを請う事にしたのです。
「何も知らぬ未熟者故! 此度の態度を許して頂ければ幸いでございますうー! このような身ではありますが、どうか今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします!」
人族は戦場に弱者を送り出して、街中で強者を飼う。
パトリオットに続いて二度目の死に直面した私は、人族の変わった仕切りを心の中に刻みました。
危ない所でしたね