file.13 叶わない夢などあるはずもなく
「魔王様、嗚呼魔王様、魔王様」
全ての部屋にお辞儀をしながら丁寧にお声を掛けたものの、やはり魔王様は居ない様子。
奥へ奥へと進んだ私は、とうとう現魔王様の──ダフティリーズ様の居室の前に到着してしまった。
「申し訳ございません、先代魔王様。貴方様に、プライベート空間に足を踏み込み過ぎるのは良くないと仰られて以降、現魔王様の居室には極力近付かないようにしていたのですが──」
そうは言っても今回は仕方がない事情もあります。
無断欠勤は宜しくありません。
それはもちろん体面的な問題もありますが、それ以上に魔王様に何かあったのではないかと言う、我ら魔族一同の心配と言う精神的な問題もあります。
今現在、人類の生存領域にて秘密裏に活動されている先代魔王様と奥方様、そして現魔王。
今も尚、魔王軍に籍を残しておられる魔王様の一族は、もう御方々しかおられません。
何かあってはいけないと思うと、居てもたってもいられなくなってしまう私の気持ちも、理解していただければ幸いです。
「──それにしても、ふふふ。思い出してしまいますね」
今現在はダフティリーズ様の居室として使用されているこの部屋は、かつてはダフティリーズ様の御父上──先代魔王であるフィラフト様が使われていた部屋でもあります。
その事を思い出してしまった私はまた、魔王様方との懐かしい日々を思い出してしまい、卑しくも一人で笑ってしまった。
あれは、そう──。
丁度、先々代の魔王様であるステファノス様が、魔族領の構造改革をしていて大変忙しかった頃でしたね。
『クインさんって聖都に行った事あるんですよね?』
『ええ、御座いますよ。フィラフト様』
『ほんとなんだ! 聖都ってどんなところだったんですか!』
当時、魔族を戦闘員と非戦闘員に区別すると言う、一大改革をしている最中だったステファノス様は大変お忙しく。
そうなりますと必然的に、私は彼の御方の子であらせられる、フィラフト様のお相手をする時間が増加致しました。
フィラフト様は好奇心旺盛な方であり、ステファノス様の時もそうであったように、幼少の頃より人族の習性について痛く興味をお持ちでした。
『どんなところ……。そうですね。ああ、建物がとても脆かったですね』
『建物が脆い? 人族は藁葺きの家にでも住んでいるのですか?』
『藁、ではありませんでしたが、それが何とも不思議な家でして』
『不思議とはどのような? やはり魔族領ではお目に掛かれないような特別な造りだったのですか!』
『いえいえ、まあ、何と言いましょうか。少し見るだけで壊れてしまったと言いますか』
『見るだけで壊れる? そんな家があるのですか?』
『ええ、私も実際にこの目で見るまでは信じられませんでしたが、少し無礼な人族がおりまして。仕方なしにと魔眼を発動させましたら、辺り一面が壊滅してしまいまして……。今にして思えば、魔力抵抗がまるでない素材だったのかもしれませんね』
『あはは……。えっと、クインさんの魔眼なら仕方ないですね』
フィラフト様は小さな頃よりとても好奇心旺盛で、そして、とても開明的な方でした。
魔族領の構造改革に乗り出したステファノス様によく似たのか、どうすれば魔族がもっと豊かになるのかと言う事を、幼少の折より常々考えているような大変に出来た方でした。
『あーあ……。聖都とは言わず、何処かで人族と話せるような機会がないものですかね』
『ふむ。人族が必要であればご用意いたしますが?』
『え? 本当ですか? ……と言いたいところだけど、嫌な予感がするからいいです』
『そう、ですか……? 最近は人族の間で冒険者なる住所不定の無職の輩が増えていると聞きまして、略取は容易いと考えたのですが』
『冒険者?』
『冒険者がどうかなさいましたか?』
『いえ、冒険者とはなんなのかと思いまして。冒険をするのですか?』
『恐らくはそうではないかと、私も報告書に目を通しただけですので、冒険者の詳細までは把握しておりませんでした。申し訳ございません』
『あ、ううん! それはいいんだけど、なんだか響きが良いなって思って』
『良い、とは。冒険者の事がですか?』
『うん。私はまだ力も弱く、頭だってよくはないから。魔王城の外には殆ど出た事がないでしょ?』
『とんでもございません! フィラフト様のお力は天を抜き! 山を貫くが如し! 私などその眼でみつめられ──』
『うん、わかった。……とにかくさ、ちょっと憧れるんだよね。冒険って』
『冒険、でございますか』
魔王の血族たるもの、冒険は許されない。
常に魔族の頂点に君臨し続けるが故に、下々の模範にならなければならない。
誰もよりも強く、そして、誰よりも賢くなければ魔族の王として認めてもらう事は難しい。
冒険。成否のわからぬ事にあえて挑む危うい行い。
無謀な事に挑戦する事を冒険と言うのであれば、それは為政者の取るべき姿ではありません。
ましてや、ステファノス様によって劇的に変化しつつある今の魔族領を治めるとあらば尚更、冒険などと言う無謀な行いは許されないでしょう。
今後の魔王様に求められるのは、圧倒的な強さと同じくらいの優れた知性になる。
冒険など──。
『あはは……。大丈夫だよ、クインさん。憧れるってだけで、勝手に魔王城の外に行ったりはしないよ』
『それは、はい。そうして頂けると、大変助かりますが……』
何でもない風を装ってはおられるが、フィラフト様は冒険を所望されている。
しかし、だからと言って冒険などと言う得体のしれない行為をこの御方にさせるわけには──。
『そんな顔をしないでください、クインさん、私は今の暮らしに満足しています。冒険は叶わぬ夢として胸にいだくつもりです』
叶わぬ夢、だと?
魔王様に叶わぬ夢があっていいのか……?
否だ! 断じて否だ!
『フィラフト様は、今後ステファノス様の後に魔族領を率いる身。故に、今すぐと言うわけには参りませんが、それまでの間は私がフィラフト様の代わりに冒険をして、赴いた土地で見聞きした情報をお聞かせいたします!』
確かに、現状フィラフト様に冒険をしてもらう事は出来ないですが、フィラフト様に御子が生まれ次代の魔王様が戴冠なされば、どうだ……?
魔王様と言う肩書がなくなってしまえば、フィラフト様が何をするのも自由のはず。
その時が来るまでは私が代わりに冒険をして、慰めと致しましょう!
『い、いいのですか! 本当ですか!』
フィラフト様が魔王になられ次代の魔王様が戴冠されるまで、どれだけ短くとも百年以上の猶予はあります。
『お任せください! この私が冒険者なるものを調査して参ります』
その間に、冒険者に危険がないかどうかだけでも、徹底的に調べ上げるとしましょう。
『ありがとうクインさん! わぁ、楽しみだなー!』
『そのような! 礼など不要でございます!……ですが、お任せください。これよりこのクインが冒険者を極めて参りますので、フィラフト様はしばしご報告をお待ちくださいませ』
そんな感じで、私は百年ほど冒険者と言う稼業に従事していた時期がありました。
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