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epilogue3:街へ

 ――ドサッ


 後ろから物音がした。

 振り向くと魔王が地べたに這いつくばっていた。


「……何やってんだ?」


「あ、歩けぬ! 歩けぬぞ!」


 魔王が四つん這いのままズリズリとにじり寄ってくる。


「よくもヒトはこんな貧相な足二本で器用にも飛んだり走ったりするものだな。全く、面妖な生物だ」


「そうか、いくら魔王でも人間の体は初めてだもんな。いきなり歩けるわけもないか」


「いちいち癪に触るやつだな貴様は。しかし不便だこの体。これでは街まで何日かかるか分からん」


 確かにそれは困る。

 ついでにこのまま街に着いたとして、布一枚だけ羽織った少女を四つん這いで連れて街に入れるほどの度胸は、俺にはなかった。


「しかたない、疲れてるからやりたくなかったんだけど、転移魔法で行くか」


「貴様それを使えるならば最初から使え!」


「お前との戦闘のせいで絶賛疲労中なんだ。魔力だって底を尽きそうなのに」


「……我に魔力さえ戻れば、貴様などあの世の彼方に消し飛ばしてくれるというのに」


「何だって?」


「……何でもない。それより早く街へ転移させろ! 我は一刻も早くこの腹を満たしてみたいのだ!」


 ワクワク好奇心旺盛な魔王だ。

 しかし腹ペコ魔王の意見には賛成だ。

 久々に魔物のゲテモノ肉以外のまともな料理にありつきたいものだ。

 俺は意気揚々と転移魔法を唱えた――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――街の入口に到着した。

 あまり魔力量が無かったので、手近な街に転移したが、城を構えた比較的大きいと思われる場所のようなのでひとまず安心した。

 これが寂れた集落だったものなら疲労と空腹でその場に突っ伏していたことだろう。

 日がすっかり落ちた街には明かりが灯り、奥には華やかな商店街が見えた。

 魔王は仕方がないのでおぶって行くことにした。

 背中から文句タラタラ漏れ出ているのが聞こえるが、いちいち相手にするのも面倒なので無視することにした。

 久しぶりの人間的生活に俺は胸を躍らせながら、街の門へと近づいた。

 門の前まで行くと、門兵が話しかけてきた。


「こんな夜更けにようこそ。旅人さんですかな?」


「ま、まぁそんなとこです」


 恐らく数百年ぶりの人間との対話にたどたどしくなってしまう。

 怪しまれないようにしないと、うっかりつまみ出されかねない。


「あー私もこれが仕事なもんでね、申し訳ないんですが貴方の職業なんかをお伺いしてもよろしいですかな?」


 職業……、俺の職業といえばそれしかない。

 これを言えばもしかしたら好待遇だって望めるかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に、俺は口を開いた。


「あの、俺勇者やってるんですけれど……」


「何ぃ?! 勇者だと?!」


 門兵は口を開けたまま固まっていた。

 とその数秒後、頬を膨らませ勢いよく噴き出した。


「ぶーーーーうわっはっはっは!! 面白い冗談を言う兄ちゃんだ!」


 冗談扱いされてしまった。

 もしかして俺の顔って誰も知らない可能性があるのか?


「まぁ確かにその名をを名乗れる度胸は勇者だろうよ。面白い! 気に入った! とりあえずそんなボロボロの身なりじゃ可哀そうだ。こいつで服でも買いに行ったらいい。赤い旗が目印の服屋があるんだが俺の知り合いがやっててな。夜遅くまでやってるし比較的安い。妹さんのもそこで買うといい」


 門兵から数枚の施しを頂戴した。

 なんとも気前のいいおじさんだ。

 金銭に関する一切の恩恵を受けられなかった俺にとっては素直に有難かった。

 背中からまたも不服そうな声が聞こえてきた。

 恐らく妹呼ばわりされたことに対してだろう。

 俺としては怪しまれないなら何でも良かったので好都合な解釈だ。

 俺たちは門兵と別れ街の中へと繰り出した。


 門番曰く、勇者は5年前に魔王を倒して元の世界に戻ったことになっているらしい。

 確かに魔王に会うまでの道のりで、この世の魔物は全て滅ぼしてきた。

 実質人類に実害がなくなったせいで、おおかた魔王が倒された、という勘違いの噂が広まって、知らぬ間にフライングな平和が訪れていたんだろう。

 なんと呑気な世界を救ったんだ俺は。

 しかしそれにしても、久々の人間との会話でまだ心臓が高めの鼓動を打っている。

 情けない。

 だがなんとか話せて良かった。

 多分、今俺が発音している言語がこの世界のものだと思われる。

 会話は成立しているから、それは間違いないだろう。

 しかし何よりここまで数百年。

 信じられないことに、文字の類が一切読めない。

 それも、勉強をしようにも教材の申請が下りなかったせいだ。

 天の声への申請は、その一切が受諾されなかった。

 飲食については申請が通るのだが基本的に穀物類等のみで、娯楽に関するもの等は全く手に入らなかった。

 金銭自体の申請を試みたこともあったが、それも無理のようだった。

 戦闘に関するもの以外はみな、勇者には不必要だということだったのだろう。

 何ともストイックな話だ。

 その為、寝泊りは全て野宿で済ませるしかなく、町へ行く用も無くなるので日に日に人里離れた獣道を歩くようになった。

 それはおおよそ人間が生きる上で最低限まで何もかもを削るような暮らしだった。


「うおー勇者! ヒトの街というのは面白いな! 目がチカチカしてきたぞ」


 魔王が俺の背中ではしゃいでいる。


「なんで感銘受けてんだよ。お前が滅ぼしてこようとした人間の街だろうが」


 俺にとって思い入れのある街がこの世にあるわけも無いし、無理やり人類救ってただけだから、その感想はただの呆れだった。


「うむ、前の体ではヒトの造る街など、破壊の的でしか無かったからな。ヒトどもがせかせかと建てたものに火球を放つのは愉快だったのぅ!」


 なんという人でなしだ。

 あぁ、魔王だった。

 魔王の発言、他の人が聞いたらぶち殺されかねない。

 しかしその魔王も、今は人だ。

 5年も前から平和が訪れているのだから、この魔王以上の脅威は無くなっていたということだ。

 俺は本当に世界を救ったんだなぁ、としみじみ思うのであった。

 それにしても腹が減った。

 服よりもまず宿だ。

 そして飯だ。

 俺はまず宿を探すことにしたが、なにぶん、看板も読めん。

 こんな時に文字が読めれば本当苦労しないんだが。

 天の声が恨めしく思えた。

 そういえば天の声が反応しないのも謎だ。

 魔王と決着つけば用無しってことなのか?

 もしそうなら薄情なやつだな。


「おい勇者。宿を探しておるのだろう」


「そうだけど、どうかしたか?」


「どうかしたは貴様の方だ。さっき過ぎだだろう、宿屋」


「?! ……もしかして魔王、文字が読めるのか?」


「おい勇者、貴様まさか文字も読めんのか? 勇者ともあろうものが……ふっはははは~!!」


 背中で魔王が大爆笑している。

 ちくしょうめ。

 しかし読めないものは読めないし、反論が何も浮かばなかった。


「……魔王、提案なんだが」


「はっはっは~……な、何だ?」


「飯と宿代は奢ってやる。その代わり俺に文字を教えてくれないか」


「ほう、この我に取引を申し出るというのか」


「お前は無一文だろ? 宿に着いたって金がなければ飯も食えない。人間の体は食わないと倒れるんだぜ?」


「……やむを得ん。良かろう」


「よし! んでどこだ、宿屋」


「そこの青い扉の建物」


「よっしゃ! 行くぜ」


「待て、ちなみに貴様、有り金はいくら持っとるんだ」


「えーっと、今貰った銅貨五枚と、恐らく最初に王から貰った金貨の余り二枚、かな」


「ふむ、その宿屋の看板の通りであれば、飯付きで一泊銀貨一枚のようだぞ」


「……ちなみに金貨って銀貨何枚分だっけ?」


「……貴様本当に人間か?」


「面目ない」


 買い物なんてするのも数百年ぶりだ。

 金銭感覚なんてとうに忘れてる。

 逆になんで魔王が分かるんだろうか。

 俺なんかよりよっぽど人間向いてるぞ。


「いいか、金は銀十枚、銀は銅十枚だ。その他に貨幣はあるが、まあこの三種が分かれば苦労はせんだろう」


「どこで覚えてくるんだその知識」


「我には優秀な参謀がおってな。偵察の為、ヒトに化けて街に潜んでは我に情報を届けるやつがおったのよ。どこかの勇者に根絶やしにされたがの」


「それ、もしかして怒ってる?」


「魔族同士での争いも茶飯事だった。次の日には消えている魔族が大半、弱いやつが死ぬだけだ。どうとも思わん」


 なんという考え方だ。

 到底理解は出来ないが、魔族を統べる者というのは、きっとそういう思想が必要だったのだろう。

 それはそれとして、宿屋に入ろう。

 腹が減って目が回ってきた俺は足早に宿屋へ向かった。


「いらっしゃい」


 店内には受付の婆さんがいた。


「あの、飯付きで泊まりたいんだけど」


「二人なら一泊銀貨二枚前払い。続けて泊まるなら翌朝また追加で支払いしとくれよ」


 俺は金を支払って、食堂スペースに向かった。

 魔王をイスに座らせたあと、俺も席につきメニューを開く。

 ……案の定読めない。


「魔王、これってなんて書いてあるんだ?」


「うむ、読めるのだが、これらが何なのかまでは分からんぞ。流石にヒトの食文化までは調べておらん」


「うーん、参ったな。仕方ない、おまかせしてみるか」


 俺は店員を呼び、メニューを閉じた。

 ものの数秒で、ガタイのいいおばさんが飛んできた。


「あのー、おすすめとかってありますか?」


「当店ではこの街特産の牛肉を使用した料理がおすすめになります」


「うーん分かりました。お任せしますんで、二人分お願いします」


「かしこまりました。お待ちくださいませ」


 おばさん店員は、颯爽と厨房へ去っていった。

 こんな夜更けにも食事を提供してくれるとは、有難い店だ。

 よく見ると周りにも食事をしている人がいた。

 酒を嗜んでいる人がいるところをみると、普段からこの時間の需要があるんだろう。

 俺たちは料理を堪能したあと、泊まる部屋へと向かうのだった。


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