九
「このバス、あのショッピングセンターも行くんだね」
まーくんの言葉に沈みかけてた私の心は浮き立った。停留場所の一覧を見ると最近よく耳にするショッピングセンターの名前がはっきりとあった。
夏休み前に大々的にオープンした超大型ショッピングセンター。国内最大の店舗数に映画館、ボーリング場、立体迷路などなどアミューズメントも盛り沢山。一日いても飽きないと今話題の場所だ。
行きたい。是非ともまーくんと行きたい。まーくんにデート、と思われなくてもいいから、あのおじさんのことがあったから気晴らししたい。
「二つ前の公園前で降りよう」
言われた言葉にガックリと肩が落ちた。
まーくん、私と行くの嫌なのかな?
「さーちゃん、この公園、あのショッピングセンターと隣接してるんだよ。電話してからゆっくり行こうか」
優しく言われた言葉に体に力が戻る。行きたい! まーくんと行きたい! 一気に気分が浮上してしまう。現金だなー、私って。
「それにしてもさっきの人、一目でさーちゃんを分かったね」
「幼稚園の時から変わってないのかな?」
自分の言葉にちょっと落ち込む。それはまーくんと初めて会った時からほとんど変わっていないということで。まーくんの目からも私は幼い幼稚園児のままなのかな?
「あの時よりずうっと可愛くなったのに、ね」
まーくん、それは反則です。私、勘違いするよ! 私がまーくんの特別だと。けど、浮上した気持ちは次のまーくんの言葉で冷たく固まってしまう。
「それにさーちゃんがあの辺りに住んでいるのは分かっているようだったし。調べたのかな?」
自称私の父というおじさんは、私があの辺りに住んでいると知っていた。怖い、また引っ越したほうがいいのかな?
「一人で来たのかな?」
まーくんがポツリと言った。
おじさん、一人しかいなかったよ。家族がいたら、一緒にファミレスに来るはずだから。
「ショッピングセンターに行ったら、一応変装しようか」
まーくんの言葉に首を傾げる。変装?
「さっきの人の家族がショッピングセンターにいるといけないから」
それとも会いたい?
いたずらっ子のような目にはブンブンと頭を横に振る私が映っている。会いたいわけない。けど、おじさんの家族、いるかな? 遠出ついでについて来るかも。県外にも超話題の場所だから。そしたら、あのおじさんもショッピングセンターに来るっていうことだね……。あれだけ大きいんだから、会わないとは思うけど……………。行かないほうがいいかな、ショッピングセンター。視線が下に下がってしまう。
「大丈夫だよ、ちゃんと守るから」
まーくんがポンポンと安心させるように私の腕を叩いてくれる。不思議と不安が少しずつ無くなっていく。
うん、甘えてしまおう。今日くらいは。て、今日もだけど。
バスを降りて木陰で弁護士さんに連絡する。暑い時間帯、公園にはほとんど人がいなかった。
弁護士さんに思いっきりため息を吐かれたけど、私が悪いの?
『どう答えられたのですか?』
冷たい弁護士さんの声にちょっと泣きたくなる。
「間宮の伯父に相談してから、と」
『最善の答えです。迂闊に了承されていたら学校を退学していただかなければなりませんでした。遺産も支払われなくなった可能性があります』
弁護士さんの言葉にゾッとする。同居を受け入れていたら、せっかく入れた高校を退学しなきゃいけなかった、て。そんなの嫌だ!
「住所を聞いて通学に時間がかかりすぎると言ったんです」
『どう言われましたか?』
「転校しろ、て……。希望校に入れたんだから転校する気はないと言ってしまって……」
『いいですよ。その意思表示は。そのためにあのマンションを借りたのですから』
ホッとする。要らないことを言ってなかったことに。
『証拠となるものはありますか?』
「聞きづらいかもしれませんが、スマホで録画じゃなくて、録音してました」
鞄の上の方に置いて、録画ボタン押したから声、録れてるよね?
『分かりました。消去しないように気をつけて下さい。そのデータを………』
弁護士さんの言葉が続かない。スマホを持っていなかった私と契約に行ったのを思い出したのだろう。店員さんに何度も同じ説明をされました! 時間がかかってどうにか基本操作だけ使えるようになりました! だから、データを送るなんて高度な技術、私には無理です!
『……………、近々データを取りに行きます』
「お願いします」
たっぷりの間かあって言われた言葉に深々と頭を下げる。送ろうとして失敗、データ削除したらヤバいから。私は何もしません。
『後はこちらがしますので、接触かあっても弁護士に任せてあると伝えて下さい。出来たらその時も録音とこちらほうに連絡をお願いします』
通話を切って、私はホッと息を吐いた。終わった。弁護士さんから話がいけば、多分もう関わらなくてもよくなるんじゃないかな。
あっ! 養育費! けど、養育費って親の責任だよねー。母と話し合って決めたはずだから私のためのお金だけど私に何か言うのは筋違いだよね? けど、揉めるようならいらないと弁護士さんに会ったら言ってみよう。絶対もう関わりたくないから。
まーくんと公園をゆっくり歩いてショッピングセンターに向かう。バスを降りた時から見えていたショッピングセンターがどんどん大きくなって近づいてくる。
まーくんは入り口で館内案内を見てから私を見て軽く頷いた。私の手を取ると歩き出す。
「まーくん、どこ行くの?」
「お店、変身しないとね」
大勢の人の中、迷いも無くまーくんは歩いていく。そして一つの店に入った。すごく美人な店員さんに近付いて、その人の前に私を差し出した。
「違う感じのパンツスタイルで」
「畏まりました」
美人の店員さんはニッコリ笑って私に触れようとしたけど、その手が止まりガタガタ震えだした。
「………、はい。では、こちらへ」
白くなった顔色にそれでも笑みを浮かべて店員さんは私を店の奥に連れて行くと椅子に座らせた。
「だ、大丈夫ですか?」
調子の悪そうな店員さんに思わず声をかけてしまう。服なら自分で選ぶから少し休んでもらったほうが。
「大丈夫ですわ。あのお方がお怒りになる前に可愛く変身いたしましょう」
あのお方って? まーくんのことかな?
私が首を傾げている間に店員さんはパッパッパと服を持ってきて私に何回か当てコーデを決めてしまった。値札をプチンプチンと切り、私をフィッティングルームに服と一緒に押し込んだ。
値札、切られたら値段が分からないんだけど…。後できちんと払わなきゃ。財布中身で足りるかな? 入ったこともないお店だから値段も分からない。ちょっと心配。
「失礼します」
着替えていたら、店員さんがフィッティングルームに入ってきて服を整えてくれる。ブラシを取り出して髪型まで変え、簡単に化粧までしてくれた。
「さっきとは違う感じで可愛いくなりましたわ」
店員さんにグッと体を鏡に向けられた時、なんかゾクっとして体から力が抜けるような感じがした。なんだろうと思う前に鏡に写った自分を見て、驚きでそのことは忘れてしまった。
鏡には垢抜けた可愛い女の子が写っている。私じゃないみたい。
「ありがとうござ…いま…す?」
振り向いたら店員さんが胸を押さえて踞っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
最初から調子悪そうにしていたし、少し休んだほうがいいんじゃないかな。
「だ、大丈夫です。叱られただけですので」
叱られた? フィッティングルームには私と店員さんしかいないのに? キョロキョロ、狭いフィッティングルームを見るが中に誰か入ってきた感じもない。鏡にも写らなかったし。
「と、とにかく、お連れ様がお待ちになっておられますので」
まーくんが待っている。可愛いと言ってくれるかな?
「お金!」
「い、いただいておりますので、早くお戻りを」
胸を押さえて店員さんが急かすように言う。私がいたら反対に休めない? そうなのかもしれない。
「ありがとうございました」
私は頭を下げて、まーくんの元へ向かった。
「ねぇ、連絡先、教えてよ」
店の前で壁に凭れて立っていたまーくんは、可愛い女の人たちに囲まれていた。
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