二
隣町との境に森に囲まれた神社があり、そこが子供たちの遊び場だった。広い境内、鬱蒼と広がる立ち並ぶ木々。近所の子供たちが集まり、鬼ごっこに隠れんぼ、影踏みに花いちもんめ、色々な遊びをしていた。
まーくんは人気者だった。それはそうだ。まーくんは背が高くて、顔もテレビに出ている人のようにカッコよくて、そしてとても優しい。みんながまーくんと一緒に遊びたがった。だけど、まーくんはいつも私と一緒にいてくれた。そのことで色々意地悪されたけど、まーくんがいつも助けてくれたし守ってくれた。
夏休みに入り、みんなで神社で遊んでいた。
鬼ごっこをしていて、まーくんと私は森の奥の方まで逃げていた。森の奥には小さな祠があり、それだけは触っちゃあいけないとまーくんに教えてもらった。まーくんが手を合わせたり、挨拶をするように祠に頭を下げたりするから私も真似をするようになった。今は鬼から逃げているから軽く頭を下げて祠から離れた。
「キャー」
近くから声が聞こえた。そこには森の手入れをするために車を駐車するための開けた場所があった。藪の中から見えたのは、黒い車と男の人たち。男の人たちの間から女の人が飛び出して来て、まーくんと私がいる所に走ってきた。女の人の服はボロボロだった。
「こら! まて!」
すぐに男の人が一人、女の人を追いかけて来る。出来た隙間から見えたのは真っ赤に染まった服。男の人に女の人は捕まり、地面に転んでしまっていた。
「手間をかけさせやがって」
女の人を立たせようとした男の人がふいにまーくんと私がいる方を見て、私と目があった。
「さーちゃん、逃げるよ!」
まーくんが私の手を持って走り出した。
「ガキがいやがった」
そう男の人の声が聞こえた。『まて』とか『止まれ』とか声が聞こえるけど、まーくんに手が痛くなるほど引っ張られて、速すぎて縺れそうな足を必死に動かして走った。
「さーちゃん、僕と隠れんぼだよ。さーちゃんが鬼。今回は僕が『もういいよ』というまで絶対に出てきちゃダメだよ」
まーくんは小さな祠の近くの草むらに私を隠すとそう言い聞かせ、大きな音を立てながら走っていった。
「おい、こっちで音がしたぞ」
男の人たちの声が近くでした。ガサガサ草を掻き分ける音が聞こえる。
怖い、怖いけど、まーくんが隠れていろって。口を両手で覆って漏れそうになる声を我慢する。
「なんだこれ?」
「祠?」
「出て来いや」
「そんな小さなとこ、隠れられるわけないだろ」
「だな」
「行くぞ! 神社の方に行くと面倒だ」
「ふーん、これはこうしとけ」
大きな音が聞こえて小さな祠が踏み潰されたが見えた。まーくんといつも挨拶している祠が。破片が近くに飛んでくる。手を伸ばせば届くくらいのところに。
「いて!」
「そんなことするからだ」
「祟られるぞ」
「そんなわけあるかよ」
「あっちで草が動いた、行くぞ」
ガサガサと草を踏みつける音が聞こえなくなっていく。私は素早く祠の破片を掴むと握りしめてご免なさいと思った。そして、まーくんが無事なように、と。
どれくらいたっただろうか? 誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。けど、まーくんの『もういいよ』が聞こえないからじっとしていた。
「祠が壊れておる」
神社をよく掃除しているおじいちゃんの声だ。
『もういいよ』
まーくんの声が聞こえた。私はその場所から立ち上がってまーくんを探した。
「さーちゃん、そこにおったのか」
辺りを見渡すけれど、掃除のおじいちゃんと制服を着た警察官がいるだけでまーくんがいない。
「余所者が子供を追いかけていたらしくてな、さーちゃんを探しとったんだ」
おじいちゃんは私を抱き上げた。
「さーちゃんが祠を壊したのかい?」
おじいちゃんが優しく聞いていたけど、その目はすごく怖かった。
私は涙ぐみながら首を横に振った。
「……、追いかけてきた男の人が………」
そう言ったらおじいちゃんの目は優しくなった。
「そうか…、余所者が壊したのか、罰当たりなことを」
「追いかけられた?」
警察官の人が私の前に立って慌てて聞いてきた。
「あっち、車が止まってて、男の人たちがいて……」
私は車が止まっていた方を指差した。警察官がおじいちゃんを見る。
「向こうには少し開けた場所がありますんじゃ。ここの整備の車を止める用に」
おじいちゃんは私を抱き上げたまま警察官と一緒に神社の方に歩き出した。私はまーくんは見つかっているのか聞きたいのに何故か言葉に出来ないでいた。
「女の人、走ってきて、捕まって、捕まえた男の人と、目が合って…、怖くて…、逃げて…」
警察官は私の答えを聞くと、体に着けていた無線で空き地のことと私が見たことを報告していた。
神社に戻ると警察官たちと大人たちがいて、探すけどまーくんの姿は見つからなかった。お迎えが来てアパートに先に帰されたのかもしれない。
「最後の一人が見つかりましたわ」
おじいちゃんから下ろされると女の警察官が側に来た。私が最後だったんだ。
「見たことを話してくれる?」
手を握られて違う場所に連れていかれる。まーくんと見たのだから、まーくんもそこにいると思った。けど、連れて行かれた場所にもまーくんはいなかった。
「鬼ごっこをしていて逃げてていたのね」
女の警察官に私は頷いた。あれから何度も同じことを聞かれていた。まーくんのことを聞きたいのに何故か言えなかった。
「『きゃー』と声がして…、見たら、男の人が何人もいて…、女の人が走ってきて…」
「男の人が何人いたかわかる?」
私は首を横に振る。人数なんか数えていない。
「さんにんより、多かった。女の人を追いかけてきた男の人がいた場所から、赤い服を着た人が見えた」
「その人は座っていたのね」
私は頷いた。男の人たちは立っていた。赤い服は男の人たちの足の間から見えた。ズボンじゃなかった。
「男の人たちの顔を覚えている?」
私は首を横に振った。覚えていない。ただ怖かったことしか。
「あと覚えていることある?」
そう言われて、ポケットに慌てて隠した祠の破片をそっと触った。
「あっ! 祠が壊れたとき、『いた!』て言ってた」
「男の人の誰かが言ったの?」
私が頷いたら、聞いていた警察官の一人が連絡をしていた。壊れた祠の周辺を調べるように、と。私はポケットの破片を握りしめた。これは何故か渡したくなかった。
母が迎えに来て、私はアパートに帰った。隣のまーくんちは真っ暗でまだ帰ってきていないようだった。
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