十一
人の壁はまーくんと私が避けようと動いた方に動いてくる。知らないうちに横にも後ろにも壁が出来ていた。
「面白いことしてくるね」
まーくん! 面白くないよ! この人たち、きっとあの高田姉妹の取り巻きだよ。
「ふーん、あそこにあるトイレに連れていくつもりか」
今は防犯カメラが至るところにあって、何かしたらすぐ分かるのにこんなことする? 彼らの正気を疑う。
人の壁は迫ってきて、まーくんの言う通りトイレの方向に誘導してくる。
「大丈夫だよ、さーちゃん」
まーくんが安心させるように繋いだ手に力をこめてくれる。彼らの狙いはまーくんだ。だから、私が囮になってでもまーくんを逃がさなきゃ。
目立つ一団でトイレのある通路に入り気がついたらまーくんと私はフードコートに出ていた。
「さーちゃん、お昼、食べ損ねているから何か食べよう」
あれ? と思いながらもまーくんと何のお店があるか見て回る。人の壁はドコへ? あの人たちは偶然集団トイレだっただけ? そんなことある? 狐に化かされたという感じ? 信じられないけどそういうことだったみたいで………、良かったんだけどなんか釈然としない。
「さーちゃん、この地区初出展だって。食べてみようか」
コクコクと頷く。美味しそうなピザ屋さん。
まーくんに何もなかったから、良かったと思うことにする。考えても答えが出ないから、もういいや。
ピザ二種類とジュースを頼んで近くの席へ。呼び出しブザーが鳴るまで待ての状態。楽しみだけど、椅子に座ったら体から力が抜けてしまった。
「ごめん、怖い思いさせたみたいだね」
まーくんの言葉にブンブンと首を振る。悪いのは向こうだから。まーくんは悪くないから。
「けど、あんなことしてくるなんて今までがよっぽどうまくいっていたんだね」
呆れたようにまーくんが息を吐いている。確かに。今までうまくいっていたから、まーくんにもうまくいくと想ったんだよね?
「名前、あまり教えてないから。名字も何回も変わってるし」
あー、集まった情報が統一性がなかったから名前を呼べなかったんだ。
「けど、怖いね。スマホで勝手に知られるのって」
私は頷いた。自称私の父おじさんもスマホで私のことを調べたのかもしれない。
おじさんのことを思い出したら体が震えてしまった。おじさんもその家族いないよね? 来ないよね?
「さーちゃん、大丈夫?」
まーくんが心配して声をかけてくれる。
「あのおじさんのこと、思い出して……」
けど大丈夫。とまーくんに笑ってみせた。まーくんと一緒にいるんだもん。おじさんのことより重要事項。しっかり楽しまなきゃ。
呼び出しブザーが鳴って、まーくんが取りに行ってくれた。目の前に美味しそうなピザが並ぶ。
「いただきます」
二人で手を合わせて食べ始めた。
「美味しい」
「うん、美味しいね。また食べに来ようか」
その言葉が素直に嬉しい。『また』があるなんて。まーくんはいつも二度と会えないようなことを言うから。だから、次があるような言葉が聞けるのが本当に嬉しい。
まーくんが食器の返却と同時にデザートにアイスを買ってきてくれた。
「まーくん、お金!」
「今日はさーちゃんのお祝い。高校入学と一人暮らし祝い」
まーくん、祝ってくれるの? それはそれで嬉しいけど、お金かけすぎだよ? そこまてしてもらう価値、私に無いよ。
「けど、服も……」
「それは知り合いの人がいたから…。社員割引でそんなにしなかったよ」
でもね、全部まーくんに払ってもらうのは悪いから……。幾ら出せばいいだろう。財布の中身、全部でいいかな?
「さーちゃん、スマホ出して」
急にまーくんが声を潜めて言ってきた。すぐにスマホを出してテーブルに置く。
「録音」
声だけの操作が分からないから、カメラにして録画ボタンを押す。その時、衝立の向こう側で誰かの声がした。
『オヤジがもうすく着くって』
私は首を傾げた。何処かで聞いたような気がしたような? 若い男の人の声。けど、誰かが分からない。
『うまくいったって?』
『声の感じから失敗したっぽいな』
キャピキャピした女の子の声、この声も聞いたような気がする………。けど、誰か思い浮かばない。
『ふーん、退学させてそちらに行くようさせたらいいんでしょ』
その声にはゾクリとした。あの高田姉妹の妹の声だったから。
『当てに出来るのか? さっきの件、まだバグってんぞ』
『みよちゃんが退学になったりして』
ああ、思い出した。この声は七海と呼ばれていた何様発言の女の子の声だ。男の人はその兄らしい人の声。
『みよちゃん、睨まないでよ。冗談じゃない』
私はまーくんを見た。あの人たちに見つからないように早くここを出ないと。けど、まーくんは面白そうな顔をして衝立の方を見ていて、私の視線に気づくと人差し指を当てて静かにと。
まーくん、逃げないと。見つかったらヤバイよ。
『もう悔しい。逃げられたそうよ』
高田姉の方の声がする。まーくん、どうするの!
『ここにいたか』
この声は!
ビシっと体が固まってしまう。ギギギとまーくんを見ると私を気遣うように見ていた。
『お父さん、どうだった?』
何様の女の子。じゃあ、この子は私の母親違いの妹になるんだ。
『向こうの伯父と相談する、と。俺が父親だぞ。親権は俺にあるのが当たり前だろ』
十年もほおっておいて父親の親権ってあるの? 母と同じように接見禁止にしてほしい。
『十年もほっといて父親ずらかよー』
じゃあ、この声の男の人は? 私より年上に見えた。じゃあ、やっぱり母は……。
『勝手に孕んで生まれた子供だ。認知してやっただけでも幸せだと思うべきなんだ』
やっぱりそうだったんだ。たまにしか会わない父。幼稚園には父親がいない子もいたから、普通だと思っていた。
『おじさんが浮気したのが悪いのに』
高田妹の方が呆れたように言う。その通りだと思う。母がいくら迫ったとしても拒絶したら良かっただけ。
『う、うるさい。いい女だったんだ』
だから浮気した? そんな言い訳ってあるの?
やっぱりこのおじさん、イヤ、嫌いだ。
『と、とにかく遺産付きで引き取れたらいいんだ。高校から大学まで生活費と学費込み。けっこうな額だみたいだぞ』
おじさんの張り切った声。聞きたくない。あんたのお金じゃない。
『へー、新型バイク、買える?』
私の学費。そんな物に使わせない。
『楽勝だ』
何故、おじさんがそう言えるの?
『聖女に行ける?』
『試験に受かればな』
聖女? 試験? 何様発言の行きたい学校? 何故私の学費を使えると思うの?
『一番学費の安い学校に通わせるくらいなら、俺の稼ぎでも大丈夫だ。大学は行きたいのなら自分で奨学金の申請でもさせたらいい。遺産は養ってやる経費として俺たちが使おう』
勝手言わないで。会ったことのない祖父が私のために遺してくれた大切なお金なのに。テーブルの上でギュッと握った私の手に大きな手が被さった。
まーくん。もう聞きたくない。
「ごめんね、もう少し我慢してね」
まーくんが口だけ動かして言ってくれるけど、これ以上我慢って………。
聞こえた電子音。
『何してくれたんだよ、オヤジ!』
慌てた男の人の声。本当ならこの人は私のお兄ちゃんになるのかな?
『このサイト、見てみろよ』
『何様女の父親はやっぱり何様だった? 何これ?』
お読みいただき、ありがとうございます