資質
あきちゃんは、お母さんのお友達の子だった。
小さなころから、月に一度くらい遊んでいた、やせっぽっちの女の子だった。
「ねえ、なんでそんなにブスなの?」
あきちゃんは、ずいぶん気の強い女の子だった。
いつも思ったことを思ったときに、すぐに口にした。
「うわ、転んだ!!汚い!!あっちいけ!」
お母さんとお友達が遊んでいる間は、一緒に遊んでいなければいけなかったから、我慢した。
「さわらないで!よごれる、こわれる!」
お金持ちのあきちゃんちは、おもちゃが溢れていたけど、触らせてもらえなかった。
部屋の中で、座らせても貰えず、立ちっぱなしで二時間なんてこともざらだった。
あきちゃんちはうちから少し離れたところにあったので、一緒の小学校に通うことはなかった。
あきちゃんちはうちから少し遠い所にあったので、一緒の中学に通うことはなかった。
月に何度か会う日が、とても憂鬱だった。
いつだって会えば不機嫌になるくせに、なぜかあきちゃんは私のお母さんに、私を連れてきてほしいと駄々をこねたのだ。
いつだってうちに来れば不機嫌になるくせに、なぜかあきちゃんはお母さんの友達の訪問に必ずついてきたのだ。
「友達これだけしかいないの?うわあ、嫌われてるんだね!」
「センス悪ー!こんなの着てよく外に出られるね。」
「うわあ、クラスメイトもイモぞろいだね!」
「英会話もできないとか、信じられない!」
「はは、豚はクロールなんか泳げないもんね!」
うちに来ると、いつだって私の机周りをチェックして、バカにする何かを探していた。
机の上のクラス写真、遠足の写真、机の中の作文、図工で描いた絵、全てキッチリバカにされた。
「これ、誕生日会で友達にもらったプレゼントだから触らないで!」
「この前、金賞に選ばれちゃったのよね!」
「バレンタインデーのお返し、良いでしょ!」
「今中学校の問題やってるの!全国一位なんだよ!」
「みんながあたしの事すごいっていうんだからあんたも言いなさいよ!」
あきちゃんの家に行くと、いつだって自慢話を聞かされることになった。
あきちゃんの家で、お母さんが帰ろうというまで、ずっとずっと、おべっかを使わなければいけなかった。
「小梅ちゃんは漆田高校受けるんだって?」
「はい。」
受験を控えたある日、あきちゃんのお母さんが珍しく一人で遊びに来た。
あきちゃんは転んで骨を折って、自宅療養中なんだって……。
「あきもね、漆田高校受けるの。同じ学校に通う事になったら、よろしくね?」
漆田高校は、うちから自転車で30分の距離にあった。
自分の学力にあった、ちょうどいい高校だと思って選んだのだけど。
漆田高校は、あきちゃんのうちから自転車で一時間の距離にあった。
あきちゃんの学力なら、すぐ近くの進学校に行くのだとばかり思っていた。
・・・あきちゃんが、いるのか。
・・・あきちゃんと、同じクラスになりたくないな。
私は、漆田高校に入学することになった。
あきちゃんも、漆田高校に受かったと聞いていたのだが。
「あれ……いない。」
あきちゃんの名前は、クラス分けの一覧表のどこにも載っていなかった。
第一希望と聞いていたはずなんだけど、受からなかった?
まさか、あんなに成績のいいあきちゃんが?
「あきちゃん、県外の高校に行ったんだって!看護専門学校らしいよ、すごいねえ!」
あきちゃんは、直前で進路を変更したらしかった。
ケガをして、看護師さんに優しくされたから進路を決めたんだって……。
遠くの学校に電車に乗って通う事になったからか、うちに来なくなった。
高校二年の終わりに、久しぶりにあきちゃんがうちにやってきた。
少し大人びた、細い女子。
「うわあ、また太ったね、全然成長しないねえ、相変わらずブサイク!」
あきちゃんは何一つ変わらずに、暴言を吐いた。
看護師を目指して今日一心不乱に勉強に励んでいると聞いていた。
看護師になろうとする人が、こんなにも人の心を抉るようなことを言うのが、悲しかった。
私は看護師さんというものは、みんな優しいと思い込んでいたのだ。
あきちゃんは、私の机の上の写真を物色し始めた。
私の机の上には、高校の友達と一緒に映っている写真が溢れている。
体育祭、カラオケパーティー、クレープパーティー、仲良しのみんなで一緒に出たフリマの様子……。
「うわ、あんたこんな子と遊んでんの?!こいつすげえ嫌われもんだったよ、大っ嫌い!」
一枚の写真を見て、あきちゃんが激しく毒づいた。
「こんな子と付き合うなんて軽蔑するわー、しかもこいつもいるじゃん!うわ、ナニコレサイテー。」
「……みんないい子だよ?」
漆田高校には、あきちゃんの通っていた中学からきている子もたくさん通っていたのだ。
私の仲良しを、何人か知っていたらしい。
「こいつらマジゴミなんだよね。いつかこいつらに薬盛ってやろうと思ってさあ。粛清ってやつ?」
聞いてはいけないことを、聞いてしまったような気がした。
「あんたはブサイクでどうしようもないけど、殺すほどじゃないからまあ、見逃すけどね。」
このセリフは、私を笑わすために言っているのか、それとも。
「あきー、かえるよー!」
「はーい!」
翌日、仲良しにあきちゃんの事を聞いてみると。
「え、あきのこと知ってるの?!あいつマジ悪魔だよ、あんな子と付き合っちゃだめだよ!!」
「あの子一人も友達いなくてさ、いつも下級生イジメててサイテーだったんだよ!」
「なんかどうしようもないいじめられっ子の親友がいるからかわいがってるって言ってたけど、まさか……。」
「人のモノすぐに壊して、別の誰かに罪を着せるの、サイコパスなんだってば!!」
「あいつ英語はすごくできるのに、国語と数学が全然ダメでここ受からなかったらしいよ!」
いろいろと聞いてみたいことはあったけれど、あきちゃんにこれ以上関わりたくない気持ちの方が上回った。
……あきちゃんは、私で憂さ晴らしをしていたんだろうか。
……あきちゃんは、これからも私で憂さ晴らしをしようとするんだろうか。
……あきちゃんは、これからは私以外の誰かで憂さ晴らしをするつもりなんだろうか。
あきちゃんとは、そのあと一度も会っていない。
あきちゃんのお母さんと、うちのお母さんがけんかをしてしまったからだ。
あきちゃんは看護師になったのか、それとも。
あきちゃんは看護師になれたのか、それとも。
一度だって私に優しくしてくれなかったあきちゃんは、今頃。
一度だって私に手を差し伸べてくれなかったあきちゃんは、今頃。
≪次のニュースです。本日午前五時ごろ、市内の〇×病院で36歳の看護師が劇薬を持ちだしたとして逮捕されました≫
時折テレビに流れる、看護師のニュースに、つい目を向けてしまう、自分がいる。
≪次のニュースです。本日午前五時ごろ、市内のケアホームで36歳の看護師が入所者に暴力を振るったとして逮捕されました≫
時折テレビに流れる、看護師のニュースに、つい目を向けてしまう、自分がいる。
≪次のニュースです。本日午前五時ごろ、市内の保健所で利用者と口論になった36歳の看護師が逮捕されました≫
時折テレビに流れる、看護師のニュースに、つい目を向けてしまう、自分がいる。
時折テレビに流れる、看護師のニュースに、つい目を向けずにいられない、自分がいる。
時折テレビに流れる、看護師のニュースに、つい目を向けていやなことを思い浮かべる、自分がいる。
≪次のニュースです。お手柄です、36歳の看護師さんが、偉業を達成しました≫
……ああ、これは違うな。
私はテレビの電源を落として……、晩御飯の準備をするため、包丁を研ぎ始めた。