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第7話  到着

 ――――二〇日後


 旅は順調だ。


 いつものように夕暮れの野営地で料理を作る。


 そしてもうすぐエルフの里に着く。


 時速50kmで移動して二〇日もかかるほど遠いのに、ウェン師が王都まで三日でやって来た謎。


 まだ、教えてもらっていない秘密があるんだろうね。


「ノア君の料理はどれも美味しくて食べすぎちゃうよ。僕。前より太ってない?」


「車に閉じ込めて悪いな。ベルント。疲れはないかい?」


「初めは凄い速さに驚いたけど。まったく揺れないし椅子も柔らかいから疲れていないよ。食っちゃ寝しているみたい」


「もうじきエルフの里に着く。そしたら忙しくなるから、今はゆっくりしていてくれよ」


 ロボトラクターが牽引するキャンピングトレーラーは特別性だ。


 タイヤも付けてサスペンションもしっかり装備しているが、最大の特徴は宙に浮いていることだ。


 空を飛ぶ紋をウェン師に見せてもらった。それを利用している。


 タイヤがないとさすがに見た目が奇抜過ぎるからね。


 ベルントの乗るトレーラーより俺の運転席の方が、振動はあると思う。


 フルキャビンの冷暖房完備だから快適だけどね。


 ロボトラの機能を少し確認してみるか。


 ロボトラにはキャビンの四方向に認知カメラが八個ついていて、周辺の状況を絶えず確認している。


 当然だが運転も自動だ。


 俺が何もしなくても進む事が可能だが、寝ると何故か起こされる。


 前方確認義務違反だと言われて。。。


 他にもシートベルトを装着しろだの。


 長時間運転したから休憩を挟めだの、水分を補給しろだのと言ってくる。


 四角四面かと思えば、お前は世話焼きお母さんか! という言動だ。


 物に名前を付けてかわいがる趣味はないが、この旅の間のやり取りでAIの事をトラと呼ぶようになった。


 トラクターのトラだ。


 あんまり凝った愛称を付けるのも恥ずかしいので、これくらいでちょうど良い。


 我ながら……センスが無……。


 ――言わせんなよ。


 このロボトラにはフロントローダーが付いている。


 フロントローダーとはエンジンの左右から前方に二本のリフトア-ムが突き出ていて、上下する鉄の箱が付いている機構だ。


 その箱をバケットというんだが、それで、たい肥を持ち上げたり、土を慣らしたり出来る。


 ブルドーザーとか雪国の道路の除雪機とかが近いイメージかな?


 まだ作業で使ったことはないんだが、そこに座るのがモルトのお気に入りだ。


 地面擦れ擦れだから面白いらしい。


 だが、本来は人が乗ってはいけない場所だ。


 AIのトラも怒りそうなものなんだが、カメラに映らないから何も言わない。


 人間の英知でも感知できない。


 それが妖精モルトだ。


 それにこのフロントローダーは結構な高性能で、圃場を平らにならすことが出来る。


 圃場を慣らす専門の農機レーザーレベラー程じゃないが、八個のカメラを駆使して見た目は平らに出来るらしい。


 カタログスペック表上の知識だ。


 そのうちに使いたいと思っている性能だね。


 そして極めつけの機能は、純水還元水素エンジンだ。


 八五馬力の高出力を実現していて、純水を特殊触媒で水素と酸素に電気分解し、爆発をエネルギーにして動いているんだ。


 名実ともに、環境保全型農業を実現している農機だね。


 俺は寝る前にトラに近づく。


「ノアさん。おやすみなさい。――良い夢を」


 ほらね。トラって愛称で呼びたくなるでしょう。



§



「うぉぅ。うぉぅ。うぉぅっ! 今度は早かったな。前回は二ヶ月かかったのに。このダンジョンは二週間で兆しが現れた。ここでの俺の任務は完了。要観察のお仕事へ移行だぁ」


 男はニマニマと口元を綻ばせ、そして、思い出したように不機嫌に吐き出した。


「この前は洞穴の化け物共を誘魔香で操って斥候(覗き屋)を囲い込んだのってえのに……生き延びたらしいな。けっ! 三下がしぶとく生き残りやがってよっ! 雑魚は雑魚らしくちゃんと死ねっ!」


「あぁ~。今度は街を潰してくんねぇかなぁ~。俺に娯楽をくれよっ! 働き者の俺様に、それくらいのご褒美があって然るべきだろがぁ。――」


「――だから、あの(あま)はノーサンキュ。今度は来ないでね。邪魔だから。まったく、クソガキがノルトライブにいるって言うから、あの場所を外したのに」


「外した場所でも変なのに邪魔されるなんて、ついてねぇなぁ~」


「憂さ晴らしにガキでもいたぶって殺すか? ――あっ? 今任務中だった……」


「はぁ。早く帝国に戻ってぶっ殺してぇ~」


「ほら! お穴様。どうした。さっさとはきだせよ。がばがばっとよぉ~」


 泳ぎ定まらない視線で男は観察する。


 口からは呼吸するように、いつもの悪意を垂れ流す。



ж



 エステラは訓練を兼ねて、エイルミィのダンジョンへ入っていた。


 タラリアの補助は使わずに、自身の能力で攻略を進める。


 バルサタールに指摘されたように、エステラ自身の運動能力では、これほど早くB級には昇格できなかった。


 その事を強く自覚している。


 エステラの得意なフィールドはオープンな場所だ。


 相手との距離があればある程、その強さを増す。


 だが、エイルミィのダンジョンの浅い階層は迷宮型で、弓でも攻略できるが、エステラは、敢えて長ナイフを構えて進んでいる。


 バルサタールから長距離の固定砲台とならないように。


 冒険中の自分の身は自分で守れるようにと近接戦闘も訓練を受けている。


 右手に持つ長ナイフがカルトリ。


 左手に持つ長ナイフがトゥミ。


 ウェンがエステラに与えた特別製だ。


 このダンジョンで最初に現れたのはブギーマン。


 黒に近いグレーの布をかぶり、長い槍を持っている。


 深くかぶったフードの顔は伺い知れず、白く光る眼窩だけが怪しく闇から切り取られている。


 エステラは一瞬で間合いを詰め、突き出される槍を右の長ナイフで受け流し(パリィ)をする。


 そして、その勢いのまま懐へ飛び込み――喉を切り裂いた。


 黒い煙となって消えるブギーマン。


 この型がバルサタールが伝えたパリィカウンターだ。


 ワラワラと数体のブギーマンが現れる。


 繰り出される槍を、エステラは右に左に受け流(パリィ)し、懐へと飛び込むと確実に屠った。


 そのエステラと距離を置いて見つめる者がいる。


 視察と称して見学にきたギルド長のユストゥスだ。


(――なんだ。弓じゃないのか。数えきれないほどの魔法の矢を放ったと聞いたが、近接もこなすとは。さすが、絶界。手堅く育てたな)


(この低層では無理もないが、普通の動きにしか見えないな……)


 ユストゥスが見ている今の動きが、ウェンから与えられた装備を使わないエステラの本気の実力だ。


 バルサタールはエステラに伝えていた。


 武器の性能に頼るのは必要な時だけにしろと。


 それ以外は身の丈に合った冒険をするようにと。


 その代わり最高スペックを発揮できるように訓練では全力を出せと。


 バルサタール、ウェンがエステラを評価した才能は戦闘ではない。


 非才を恨まず、目標を見誤らずに精進し続けた、そのひたむきさだ。


 戦闘の才能が無いのにも関わらず、二年半の訓練に耐えた。


 エステラは泣き言を吐いたことさえない。


 口数の少ない、表情の変化に乏しい少女は、心にしなやかで太い芯が通っている。


 二人はその事を知っていた。


 エステラの職業が弓挺(きゅうてい)料理人になったとき。


 ウェンが(こと)(ほか)喜んだ。


 弓をもって挺進(ていしん)する料理人。


 あるいは、弓をもって挺身(ていしん)する料理人。


 挺進とは、他の者より先んじて進むこと。


 挺身とは、率先して身を捧げ、困難に向き合う事だ。


 どんどん突き進んでいく者を目指した少女に、そして、非才を恨まず(せき)(ギョク)にまで磨き上げた少女になんてふさわしい称号だろうかと。


 エステラはバルサタールの教えの通りに地に足を付けて冒険を続ける。


 かつて、不愛想はシャイの裏返しと温かく見守られていた少女は、二年半の研鑽を経て、世におもねらない者と評されるようになる。


 心根は優しく、誰にも媚びず、信念を曲げない。


 芽吹くかすら分からない恋の種をその身に宿す冒険者だ。





 とうとう俺は広大な森の外辺に辿り着いた。


 警戒されないようにロボトラは仕舞って歩いてやって来た。


 ツンツクとオナイギに先行してもらっているから上空から広大な森林が広がっているのが分かる。


 頼むことも無いのでツンツク達には自由にしてもらっている。


 俺は森の近くで立ち止まった。


 すると姿は見えないが声をかけられる。


 まぁ。気配は察知しているけどね。


「この森は人間の侵入を遠慮してもらっている。何か用か?」


 エルフの人、案外高圧的じゃないんだね。


「私はノアと言います。連れはベルント。招待を受けて参りました」


 エルフの男性が樹からふわりと飛び降りてくる。


「――誰からの招待か?」


 俺はウェン師の紋章を見せて、書状を差し出す。


「バイシャオの紋章――招待はアノアディス様……」


 エルフの男性は少し間を空ける。


 書状を俺に返すとそのまま言葉を続ける。


「それでは案内しよう」


 エルフの男性は背を向けて森に入って行った。


 森は石畳のように整備はされていないが、魔法で整えたように数人が歩ける程度の道が固められている。


 俺が後ろを振り返ると緊張した顔をしたベルントが、神妙な様子でついて来ていた。


 なかなか見られない景色だぞ。


 せっかくだから楽しめよ。


 そんな気持ちで俺はベルントの肩の横を叩いた。





 エルフの里は想像以上に近代的な街並みだった。


 街の門を潜ると前方に巨大な樹がそびえ立っていて、どうやらその樹を中心に放射線状に道が作られているらしい。


 これだけ大きければ見えたはずなのに、森の外からは一切見えなかった樹だ。


 建物の材質は土と樹を混ぜたような不思議なもので植栽が多様で豊かだ。


 住居と自然が共存していて、整えられた日本庭園を歩いているようだ。


 そして、案内された場所は今までの建物とは一線を画す白亜の塔だった。


 これも材質は分からない。


 大理石というよりは象牙に近い見た目だね。


「ここが錬金術の塔だ。アノアディス様もおられる」


 そう言って男は取次をしてくれた。


 俺達は出て来たエルフの女性に案内されて塔の中に入る。


 そのまま、女性に連れられて一階の一室へと案内された。


 そこは5m四方の何もない部屋だ。


 何だろうと考えていると、慣れた感覚が俺を襲う。



 ――転移の感覚だ。


 女性が扉を開けると、そこは入ったところとは違う場所。


 どうぞと言って女性は歩き出す。


 大きな扉をノックし、中からの許可の声を聞くと。


 女性はその部屋へ俺達を招き入れた。


「大師。――お連れしました」


「お疲れ様。ありがとう」


 そう答えたのは二〇歳になるかならないかの美しいエルフの少女。


 だが、その瞳は観想を重ねた深い思慮の色があり、心すらも見透かされそうだ。


「あなたがノアちゃんね。ウェンから聞いているわ。わたしはアノアディス。ウェンの師よ」


 もう俺の身長は190cm近いんだが。。。


 ――ちゃん? ……久しぶりに言われたな。


 この人があのウェン師ですら、頭が上がらない長老なのか。


 たしかに、底冷えする圧を感じる。


 絶対に敵対するなと本能が警鐘を鳴らす。


「歓迎するわ。これから宜しくお願いね」


 アノアディス大師はにっこりと微笑んだ。

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