第9話 ジャンボ!!
やあ! みんな! こぉ~んにちわぁ~~!
ぼくのあだ名はジャンボ! 十三歳だよ。
あの日トントン拍子に採用試験に合格して、教会へ行ってから一ヶ月が経ったんだ!
もう共通語も大分話せるようになったんだ! やったね!
名前は何だった? 職業は何なの? だって?
ん? なになに? キャラ変わってないかって?
今はね。現実逃避の真っ最中なんだ!
名前があるのに、誰もぼくの事を名前で呼んでくれないんだ。
今もずっっっと壁を見つめているんだよ!
ぼくのあだ名はジャンボ! 十三歳だよ。
大学院の宿舎で一番小さな男の子さ。
なのにジャンボ! 司書のほうでもあだ名が広がりつつあるんだ!
インパクトって大事だよね!
広めているのは、ぼくの導き手の一人でもある。パオラさん。
この間とうとう、司書長までそう呼び出したんだ。
ぼくが一番恐れているのは、ポンコツさんが本名をジャンボに改名してしまわないかなんだ!
自業自得とはいえ、ぼくは本当はジャンボって呼ばれたくないんだ。
名前で呼んでほしい。
教会に行った一ヶ月前のあの日から思い返すね。
ウゥゥゥ! ジャンボゥ!
◇
パオラさんに連れられて俺は教会へ着いた。
司祭が空いていれば直ぐに啓示を受ける事ができる。
その日の俺は運よくスムーズに受ける事が出来た。
お布施として慣例で銀貨一枚の10,000ベル。
ゲン担ぎで金を積む貴族もいるそうだ。
司祭が祝詞を唱える。
――――と。
俺の体の表面がぼんやりと光り。
アイテムボックスと同じように頭に浮かんでくる文字がある。
名前:ノア・メートランド
職業:篤農家
年齢:十三歳
篤農家?? 研究熱心な農業者って感じか?
――――補助金いっぱい貰えそうだな。
まぁ。農業に知識が偏ってるんだから、農家とかは確実に出るかと思ったが、ちょいレアな職業なのかな?
日本語で理解できたし、共通語で表示されたら銀貨無駄になってたな。
それと、よかったぜ。
――名前が有った。
日本だと女性寄りの名前だから、しっくりこねぇ~けど。
これって司祭も把握できてるのかな? 聞いてみよう。
「パオラさんこの啓示は、司祭様も把握しているのでしょうか?」
パオラ嬢曰く、はいとの事。
「パオラさん。司祭にはどう見えているのか聞いて頂けませんか?」
聞かなくても後で文字に起こしてくれると言われる。
司祭とパオラさんが会話をする。
そして、手のひら大のメモを渡されている。
あれに書いてあるのだろう。
パオラさんが戻ってきて、メモを渡してくれる。縁取りが付いたしっかりした厚紙だ。
良い職業が出たら、飾ったりするのかな? なんて書いてあるか尋ねてみる。
「司祭も初めて啓示された。職業だと言っていました。ちょっと私には、神聖語でどう訳せばいいのか分かりません。ノウ ガク シャ ですかね? 先生に確認した方が良いでしょう」
そう言うパオラさん。
先生とは司書長のことで、大学院で教鞭を振るっているらしい。
パオラさんは、生徒と言うよりも直弟子に近い。
司書長のあたりが、パオラ嬢に若干強かったのもそういう理由のようだ。
農学者……アグロノミストか。かっこいいじゃねえか!
よし、今後はアグロノミストを自称しよう。こっちでは通じないから心の中で。
マーズ計画で絶対連れて行かなきゃいけない重要な職種の一つだな。
念のため、名前も聞いてみる。
こちらの発音でも、ノア・メートランドと同じだった。
実際に俺は農家が職業で誇らしい。死んだじーさまも専業農家だったしな。ファンキーな人だった。
何歳の時に亡くなったのかは、未だに思い出せないがな。
教会への道すがら聞いたが、この世界では5歳で啓示を受け、それと同時に生活魔法を取得する。
生活魔法の取得は、神からの祝福だと言われている。
職業は人生を進みやすくする神からの援助で、生き方は自分で決めていいらしい。
この世界で有名な話がある。親に憧れて鍛冶師を目指した少女が、希望のその職業になれなかった。
その後、少女はめげずに努力と研鑽を続け、とうとう神から啓示された職業が鍛冶師になる。
やがて、世界有数のマイスターになった。
茨の道を進んだ少女の話は美談として、今なお語り継がれている。
その為、この国では職業選択の権利が非常に強固に保護されているそうだ。
教会も個人の職業は国へは漏らさず秘匿する。
本人が同意したものか、親族以外は、その啓示の部屋には入れないそうだ。
本当かな? と疑うのは俺ぐらいなのだろうか。
いつでも、有効戦力が投入できるように教会は名簿作ってると見たね。
まぁ、いいや。どうせ俺は農家だし戦力と見なされまい。
神の力を実際に感じる世界で、そんな悪いこともできないでしょう。
ね? ――――司祭様?
教会をでて宿舎へ歩きながら、意地悪な質問をする。
聖騎士や剣聖、勇者の職業がでても違う職に就けるのか聞いてみた。
くすくす笑いながらパオラさんは言った。
「勇者なんて、物語の中だけですよ。しっかりしているようで、ノアくんもおこちゃまですね。それと、剣聖も聖騎士も、神から啓示される職業ではなく。努力と研鑽により到達する職業です」
「聖女と賢者は歴史上で何人か神から啓示を受けたと言われていますが、少なくともこの国では、聖女だろうと賢者だろうと、好きな職業を選択する権利が認められています」
「啓示された職業以外を目指しても、その事をとやかくいう人はほとんどいません。それが神から認められている権利ですから」
なるほど剣聖いたんだ。
剣士が研鑽を積み、その格が上がるといつの間にか剣聖になる。
剣聖だから強いのではなく、強くなったから、その強さにふさわしい剣聖という職業になるという事なんだろうな。
大学院宿舎の受け入れ準備完了までもう少し掛かるということで、パオラ嬢おススメのカフェで、茶をしばく。
紅茶っぽい何かだ。
飲み物の名前を聞いたら、お茶と言われた。
神聖語での訳語が無いか知らないらしい。
パオラ嬢は砂糖がチョロっとかかったパンケーキ的な何かを絶賛満喫中。
ケーキは無いのか尋ねたら、それは何だと尋ね返された。
ケーキがあるかどうかは分からないが、どうやらケーキは少なくとも市民の口には入らないようだ。
――――時間を潰すこと小一時間ほど。
だらだらと過ごした。
雑談ついでに魔法についても聞いてみる。
神の啓示をうけて、授かる魔法が生活魔法。
神に感謝の言葉を唱えながら発動するのが一般的。
発動するなら無言でも可能。例のシャララン魔法が生活魔法の事でそれのみ授かる。
衛生管理は生死にかかわる。良い祝福をありがとう。知らない神様。
他に攻撃魔法もあるが、才能の有無が問われるらしい。
出来るなら、おいおい試してみたい。
カフェを出た後、一張羅もヘタってきたので服屋に案内してもらい。
適当に三、四着分の服と下着を見繕ってもらい購入する。
そして、いよいよ当面の住処である。大学院の学舎へ向かう。
学舎の玄関に一人の男性が立っていた。
パオラ嬢は手を挙げて挨拶すると話掛ける。
「レオ。入舎の準備は整った?」
男性は頷くと、笑顔で歓迎するように両手を広げる。
「大丈夫終わっている。パオラそれより、挨拶させてくれ。初めまして、レオカディオと言います。気軽にレオと呼んでくれよ。学舎内での世話人だ。ここには、男性しかいないからね。パオラ。ここからは、私が引き継ぐ。お疲れ様」
軽く頷くように挨拶しながら、自己紹介してくれた。
「初めましてレオさん、わたしはノアと申します。お手間を取らせますが、宜しくお願いします」
「かたい! かたい! さんなんて付けなくていいぜ?」
背中をバッシバッシ叩かれる。
――近い近い。
だが、俺の心の壁は厚くて高いぞ。
そう簡単に陥落で来ると思ったら大間違いだ! キリッ
パオラ嬢と別れの挨拶をする。
明日の8:30に玄関前待ち合わせの約束をして別れた。
時間ごとに鐘が鳴り、三十分にも一度鐘が鳴るそうである。
レオの案内で部屋まで向かう。二階の何度か角を曲がった部屋に通された。
この学舎かなりでかいな。
案内された、部屋はセミダブルサイズのベットがあり。棚が組み合わされた机、扉なしのクローゼットが備え付いていた。上等上等十分だ。
「今後の事の打ち合わせをしよう。お茶を持ってくるから待っててね」
そう言ってレオさんは出ていく。
一人になりしみじみと思う。
世話になった翻訳シートを机に置いて眺める。
――――シェリルさん。
お陰様で、この世界に居場所が出来ました。万感の思いで手を合わせる。
シェリル教に入信していますからね。
そこでふと気づく。
アレ? トイレ行きたいな。
喫茶店でガバガバお茶を飲みすぎた。
辺りを見回すが、部屋にトイレはない。
レオさんが出て行ったばかりだから追いかけて聞いてみよう。
俺は部屋を出ると外を窺う。
あっ! レオさんがちょうど角を曲がる。俺は慌てて追いかける。
レオさ~んと叫びながら、角を曲がる。こっちから来たような気がする。
直感を信じて突き進め! で、……迷った。
どの部屋も同じドアで、元居た部屋にも戻れない。
焦りと比例するように高まる尿意。
「すみません! トイレの場所を教えてください!」
話が通じる人が近くにいることを願い声を張る。
ふいに、近くの部屋のドアが開く。
顔の印象の薄いお兄さんがドアを開けて出て来た。
俺をみて驚いた顔をするが、かまわずもう一度同じ言葉を繰り返す。お兄さんには伝わらない。
十三歳で失禁なんて、黒歴史を作るわけにはいかない。
だがな――――俺は魔法の言葉を知っている。
この最強の言葉は、どんな感情をも表すことが出来るのだ。
俺は、少し内股になり、下腹部を抑え、最強の言葉を紡ぐ。もう我慢できないよと言う万感の意思を込めて!
「ジャンボォ~!」
ハッとしたお兄さんは、ついて来いと手を振るうと足早に歩き出す。お兄さんは一枚の扉を開き俺を促した。
そして、――俺はなんとかトイレに間に合った。
ありがとう薄味お兄さん。
だがな、トイレの扉も他の部屋の扉と変わらない。これで見分けろとはどういう事だ。
ピクトグラムの設置を要求する。
この後は、レオさんの名前を連呼したらお兄さんが探して来てくれて何とか合流できた。
レオさんから一通り食事の時間や決まり事、トイレの場所なども確認し、いよいよ食堂で初めての夕食だ。
食堂での食事は、朝食は二種類から夕食は三種類から選べる。日によって料理が変わると聞いた。
バリエーションは多くはなく、飽きて外に食べに出る学生もいるらしい。
主食はパンなので、今日の料理はサラサラ半透明のスープとトロトロ白濁スープと焼いた肉の三択。
肉に惹かれたが、シチューに似た白濁スープを選んだ。
レオさんが前に腰かけているので、話しかけて来る学生はいないが、遠巻きに見られているのには気づいている。
子供が普通いない場所だからね。
レオさんと会話を楽しみながら食事をしていると。
ふいに肩を叩かれて、声を掛けられる。
「ジャンボ?」
不安そうな声だ。振り返るとさっきの薄味お兄さん。
そうですか。
貴方もその最強の言葉を習得しましたか、さっきはありがとねという気持ちを込めて俺も返す。
「ジャンボ!」と
お兄さんが俺の隣に座る。お兄さんの食事は俺が迷って選ばなかった。
――焼いた肉だ。
思わずジッと見てしまった。
すると、薄味お兄さんがそれに気づき食べるか? とばかりにそっと差し出す。
俺は、本当に食べていいのか? の気持ちを込めて問う
「ジャンボ?」
頷くお兄さん。
俺は感謝の気持ちを込めて言葉にする。
「ジャンボ」と。
お肉の味はスープ選んで良かったなって感じです。
その後は、お兄さんとは会話することなく。
初めての食事会は終わった。
その日、学舎にジャンボの名は、瞬く間に遍く広がった。