第13話 収穫
安心して息をついた俺に表示が示される。
『初回トライアルを終了します。次回からの種族固定化は任意で行って下さい』
あの野郎っ!
使わないなら強制使用させるぞって事かっ!
ほらっ? 使ってみたら安全だろうっていうのかっ!
ふざけんな。
――だが。シャクに触るが便利な機能だ。
嫌っていた機能だが……こうなれば割り切って使おう。
師匠のウェン師も言っていた。気にするなしょせん道具だと。
調べてもらった時に邪悪な要素や悪意の機能はないとお墨付きをもらった。
あのウェン師の言うことだ。俺は八割は信用している。
いくらウェン師の言う事でも二割はどうしてもこのツイストバンクルを信用できない。
――どうしてもだ。
でもまぁ。いいさ。どうせこれとは離れられない。
ウェン師の言う人生の一部として背負えが正しい対応なのだろう。
道具として使う覚悟はしたはずなのに何かあるごとに揺れてどうすんだ。
考えるな――そして、それがどうしたと皮肉に笑え。
その方が俺らしい。思考を切り替えよう。
さてと。この頃騒いでいるF1。
知ってるかもしれないが、一度『F1』とは何か正確に言っておこう。
まぁ。学者のメンデルさんが考えた。
農家には必須の理科か生物の時間だ。
F1とは?
『Filial 1 hybrid』の略表記で『F1』
正式には『fist filial genereation』
和訳だと雑種第一代のことだね。
一代交配とかの方が耳馴染みがあるかな?
F1の事を簡単に説明すると特徴のあるAという親世代と違う特徴のあるBという親世代を掛け合わせる。
すると親から優秀な部分を引き継いだ子世代が生まれる。
そこでは両親の形質の優性だけが発現し、劣性が現れない。
これはあらゆる形質の優性遺伝だけが子世代に発現するという生物の特性による。
雑種強勢と呼ばれる現象だ。
だが、その子世代の残す種を撒いても、子世代の優秀な特徴は引き継がれず。
さらに、どんな特徴が発現するか分からなくなる。
つまりF1の長い大根の種を採取して撒いたら丸い大根が出来たなんてことが起こるんだ。
これは優秀な特性は一代にのみしか継承されないって事だ。
タキ〇交配とかサカ〇交配はタ〇イとかサ〇タとかの種苗メーカーが交配の特許をもっているもの。
一代交配と絵袋に書いてあるのは販売メーカー以外の他社が持っている特許を使って交配しているものを現している。
つまり、国内の野菜の種はほとんどF1種なんだ。
毎年種を買ってもらうためのメーカー戦略だね。
でもまぁ。うちのばーさまには理解できないことかもね。
自家採種バリバリだったからな。
出荷用じゃない自分の家用の畑だと辛いピーマンがたまに生る。
何代か重ねて唐辛子と交配した種だ。
長野の『ぼたんこしょう』じゃねぇんだからピーマンの肉詰めが辛かったらびっくりするわ。
だが、ばーさまが自家採取の鬼だったから楽しめた俺の大好きなメニューがある。
トウモロコシモヤシの炒めもの。
種用に多めに残した乾燥トウモロコシを発芽させてモヤシを作るんだ。
モヤシの時からトウモロコシの濃くて甘い味がして美味しいんだぜ。
いや。むしろトウモロコシの実をしのぐ旨さだ。
生命の発露の味というかエネルギーの塊を食べているからな。スプラウトは生命のそのものだ。
市販のトウモロコシの種はチウラム処理されてるから自家採種するかスーパーのトウモロコシをわざわざ乾燥させないと食べられない特別な野菜なんだ。
あっ! そうF1の話しだな。
鶏にも同じ交配の原理が働いている。
卵が先か鶏が先かの答えはもうでているんだ。
間違いなく卵が先だ。
そして今回期せずして採卵鶏の有精卵が手に入った。
この世界で希少なこの卵。
なんか料理に使うのがもったいなく感じる。
元から食べられている五,〇〇〇ベルの卵は白い卵だ。
赤卵だと見てすぐ違う鳥だと区別がつくからこの鶏を選んだんだが。
有精卵だからと言って俺が育てると嫌な予感がする。
なにしろ野生の鴨だかダチョウだかも田んぼで喋り出した。
さすがに話す鶏の卵を食べる好みは俺にない。
いくら経済動物とはいえ鶏肉なら尚更だ。
しょうがない。あいつらに頼むか。
はぁぁ~。玉素はまた今度か。
俺はレオさんに手紙を書く。
王都での畜産は非常に原始的だ。
猪豚を広大な森で育てて肉食動物の数を狩人が調整して畜産士とともに食肉にしている。
放牧と言う名の森の恵みに頼るだけの無管理とも言える。
その為ダンジョン産の肉の方が安定して流通している位だ。
卵はどうかというと。
鳥を広大な土地に放し飼いにして、ただでも産卵数の少ない鳥の卵を探し回っている。
だから卵が高い。
猪豚と卵の生産性に共通して関係している問題が食料不足だ。
人間が食べる分もカツカツなのに動物に飼料を分けられる訳が無いのだ。
それ故の放し飼い。そして非生産的な現状だ。
王都でケンちゃんの農業部門に紐づける形で発足させた事業がある。
――採卵事業だ。
ちょうど良い職業の人材も確保できた。
広大な土地を走り回りエサを探すこの世界の鳥は、運動にエネルギーを使うから産卵数が伸びないのではないかと仮説した。
行動範囲を狭めて飼料を用意すると仮説の通り産卵率は上昇した。
結果はおよそ三割増しだ。
ケンちゃんが耕作面積を増やし米とトウモロコシの余剰が出る程作ってくれたのが大きい。
長期的には鳥を品種改良して行く計画だったが、大きく軌道修正だ。
ふ卵器も開発済みだし養鶏場を発足してもらおう。
卵が確保できれば菓子職人エミリアの料理も日の目を見るぞ。
エルフ向けにひっそりこっそり作っていたからな。
それにもう一つ計画する。
鶏肉の地域ブランド化だ。
王都とこの都市で違う地鶏を育てて都市毎の独自色を出すのだ。
きっと面白い事になるぞ。
俺が手紙を書き終えて顔を上げるといつものモルトがいる。
制帽風のブカブカのキャスケット帽を斜めにかぶり。
いそいそと鞄の口を開けている。
いつもありがとう。モルト頼んだよ。
モルトは俺から手紙を受け取ると鞄にしまい込む。
そして――卵をアイテムボックスに入れた。
そう――モルトは手紙を鞄に入れる必要はない。
少し手間取りながら鞄に手紙を入れるのはあざと可愛さの様式美だ。
じゃぁ。モルト配達員よろしくな。
モルトは敬礼をすると掛け声を上げて消えて行った。
ラ――――♪
◇
――――二〇日後
圃場の開墾は順調に進んでいる。
何日か雨の日で休んだからおよそ七割が開墾完了だ。
今日は初めてのホウレン草の収穫になった。
収穫調整で順繰り植えたホウレン草はやはりスジ撒きに落ち着いた。
毎日のようにチビ供がやって来て間引き菜を摘み取って持ち帰っている。
もう日本で言えば十一月だから冬野菜は一通り撒いている。
今年は撒き時期と生育状況の確認を行っている試験期間だ。
農業をする人員も五〇人に増えた。
王都から農業部門の講師も来たからここで俺がやることはほとんどない。
今日収穫したホウレン草は一部領主へ献上するそうだ。
俺の考えたいくつかのレシピを一緒に渡すことになっている。
ホウレン草で領主に出せる気取った料理も一応考えてあるが栄養があることを売り文句にしている。
まぁ。領主というくらいだからお抱えの料理人が何か考えてくれるだろう。
王民事業体の料理部門も一〇日前から発足している。
定員五〇名に二〇〇人の応募があったそうだ。
その調理人見習いとともに収穫祭を開催する。
ホウレン草と言えばなんといってもこれ。
ホウレン草のベーコンエッグ炒めだ。
卵が入っているからみんなビビッてるが俺には潤沢な卵があるからね。
気にしなくて良いよ。
マスターさんと神武さんには週に一度一,〇〇〇個の卵を貰っている。
王都にも定期的に卵を送っているし、この都市でも鶏の育成を開始した。
王都にもいた鳥教士がこの都市にもいた。
ヒナを育てるのにこれから冬を迎える十一月は厳しい季節だが大丈夫。
鶏舎は環境制御の魔道具を設置している。
冬温かく夏涼しいから日本より快適な環境で育てられる。
ストレスなく卵を産んでくれ。
ふ化してからおよそ一四〇日ぐらいで初卵を産むが初めは小さい卵だ。
体が大きくなるとそれに合わせて通常サイズの卵を産むようになる。
鶏の卵は抗菌性が高いから夏場でも常温で二〇日ほど。
低温下では四〇日は腐らずに保存できる。
親鳥が温めて一四日ほどでふ化するからその間ヒナを守るための抗菌機能なんだ。
アイテムボックスに入れればさらに長持ちだ。
その内一般市民でも卵を食べられるように少しずつ規模を拡大していこう。
「お兄ちゃん。来たよ。いい匂いだねっ!」
「おっ! 来たかお前ら。今日は大勢だから立食になる。もうちょっと待ってろよ」
「うんっ!」
せっかくだから孤児院にも声をかけた。孤児院の孤児と職員合わせて二〇〇名。
農業部門の研修生とその家族合わせて二三〇名
料理部門の講習生五〇名と王民事業の職員二〇名の五〇〇名が一堂に会する。
場所は王民事業体の建物の一階のフロアー。
まだ料理人が育っていないのにイェルダさんのたっての希望により俺がリフォームした社内食堂予定の場所だ。
巨大な鍋と加熱魔道具がいくつも並び料理の製造工場のようだ。
今は戦場のように料理を作っている。
俺が作ったホウレン草のベーコンエッグは小鉢によそい全員が食べられるようにする。
まだまだ貴重品だから取り合いになりかねないからね。
他の料理はジャーマンポテトにニョッキのホウレン草ポタージュスープ。
チキンライスにホウレン草のピザ。ホウレン草のスムージー。
ホウレン草のかき揚げ。
ハンバーグにはホウレン草のソースとステーキソースの二種類を選べる。
大人にはおつまみと酒も用意してある。
ケータリングのように大鍋でテーブルに並べて自分で配膳してもらうスタイルだ。
イェルダさんから開始の挨拶がある。
「王民事業イ-ディセルのノルトライブ支所。農業部門の初の収穫を祝って今回の宴を催しました。収穫を神に感謝し恵みをもたらした農業部門の研修生にお礼を込めて皆で頂きましょう。この催しに尽力いただいた料理部門の講習生にも祝福がありますように。それでは皆さんこの宴を楽しみましょう」
わぁっ! という声と共に子供たちが動き回る。
大人たちは微笑ましそうにそれを眺めている。
農業部門のまとめ役はクラウスとベルントだ。どちらも土魔法の特性が高い。
この新しい数々の野菜が王都と同じようにこの地にも根づくことを願う。
満面の笑みのイェルダさんがグラスを片手に近づいてくる。
「ノアさん。始まりの一歩ですがこれは偉大な一歩です。いい情景ですね。エーギル先生にも見せてあげたいです」
「そうですね。良い光景です。これがこれから王国の色々な場所で起こるんですね。そう思うとケンちゃんには感謝しかないです」
§
イェルダは笑みを深くする。
(あなたが生み出した景色です。あなたが作り出した幸せです。あなたが描いた未来です。大先生)
イェルダは心のなかで目立ちたがらない偉人を思う。
ただ。ただの感謝を。
宴は幸せな笑顔と共に緩やかに流れた。




