第8話 質疑応答
格調高い建物の中を、おっさんがグイグイ進み、階段をガンガン上がる。
最上階の一番奥にある。
一際大きな扉の前でおっさんはようやく立ち止まりドアをノックする。
コン・コン・コン・コン四回だ。
何度かの問答の後に大きな扉を開くとおっさんは俺を促すように背に手を回し室内へ通した。
俺を部屋に入れるとおっさんは退出する。
正面に人がいる。女性のようだ。
――――ほぉぉえぇぇ!
エルフや!机に向かって俺の正面に座っている。
机の上には俺の渡したとおぼしき手紙が置かれており。
その女性は俺を見つめている。怖いぐらい綺麗だな。
金髪の碧眼でやっぱり耳が長い。
「初めまして、私の名前はウェンリール・アールヴィルルです。どうぞ、お掛けになって」
手を差し出して、俺の前の椅子へ着席を促す。
「それでは、失礼して席に着かせて頂きます。……あいにく私は、名前を憶えておらず、お名乗りすることが出来ません。好きにお呼び下さい。貴女様のことはなんとお呼びすれば宜しいですか?」
少し間を置き彼女は言う。
「そうですね。エルフ名は人族には話し辛いでしょう。私は、こちらの機関の司書長を拝命しています。司書長と他の人族の方も呼んでいます。そちらで、如何でしょうか?」
「はい、承知致しました」
おっ! 偉い人確定。
「それで、手紙の内容なのですが、神聖語を話せるのは、今の会話で確認しました。神聖語を読めるか確認させてもらいます」
そう言って司書長は立ち上がり一冊の分厚い本を手渡して来た。
開いてみてみると、カタカナで書かれた文字の横に模様? 記号? が付いた文章が書かれていた。
俺は音読する。
「神が大地を去り。世界樹の若木が生まれなくなって、幾星霜。文明は栄枯盛衰し定まらず、多くの文化資源を散逸した。危機に際し、わ」
「はい。結構です。イントネーションに馴染みがない所もありましたが、合格です。少し意地悪をして、難しい文章を選んだので、ある程度読めれば合格としたのですが、想像以上ですね」
初めて、司書長はニッコリと微笑んだ。俺もほっと息を吐いた。
続けて司書長が話す。
「今あなたが手にしている本に、神聖語以外に記号が書き込まれているでしょう。その記号が文章のイントネーションを表しています。端的に伝えるなら、イントネーションを書き込むことで、”橋を渡る”なのか、”端を渡る”なのかを区別するのです」
「エルフは神聖語で会話をしますが、古くは口伝を用いたため、文字と本という知識の蓄積がなされませんでした。その為、個人の死をもって、知識が軽々に損なわれる状況でした。今は、積極的に知識を集積し後世につなげる努力をしています」
なるほど、神聖語では、カタカナの”ハシ ヲ ワタル”としか、書かれないから、”橋”と”端”の区別がつかない。
”箸”なら区別できるけど。
そのためイントネーション表記をして言葉の意味を決定する。
重要な”を”の部分が、”橋”では下がり、”端”では下がらないと表記する。。。
――面倒くさっ。無意識にやってることだぜ。
「この表現方法は、近年完成したもので、膨大な書籍をすべて新しい表現方法へ刷新するためには、司書の数が足らない状況です」
そういいながら、俺の手から本を受け取り、本棚に戻す。
「あなたが希望する司書補助ですが、司書の仕事は大きく三つです。一つ、神聖語書籍の発掘収集及び、エルフの口伝の収集の集約活動」
「二つ、写本と口伝の文章化及びイントネーションを配した書籍化活動。三つ、失伝単語の意味と読みを発見する研究活動です。この中で、二つ目の書籍化活動をお願いすることになると考えています」
俺は、はいと返答する。
その後は本当に共通語が話せないのか聞かれ、住み込む場所を伝えられる。
ここは、アールヴ王立神聖語研究所と言うそうで、隣に大学院が併設されており、そこの宿舎で一人部屋を用意してくれるそうだ。
食堂完備! やったね! 働きに応じては給金も保障される。
後は、記憶がない今の状況の説明。
内容をぼかすとか話を作るとか頭を過ったが、整合性が取れず見抜かれて信頼を失うくらいなら、嘘みたいな本当を言った方がましかと実体験を伝える。
恩人二人のことは親切な人が手紙くれた程度の説明で勘弁してもらった。
「なかなかに、信じがたい話ですが、真実として受け止めます。よくここまでたどり着きましたね。あなたは、少なくともまだ成人前に見えます」
「年齢も記憶にないのでしょう? それならば、教会へ赴き。啓示される職業、年齢を確認してはどうですか? 名前もそこで分かるでしょう」
へぇ~! 教会で名前と年齢が分かるらしい。
――っていうか、教会が教えてくれる職業ってなんぞ?
「司書長様、教会で知れる職業とはなんですか?」
聞かぬは一生の恥!
「様は不要です。役職名だけで結構。職業とは、神により啓示される。あなたに素質のあった職業です。絶対ではありませんが、啓示された職業を選び、伸ばした方が、努力が実りやすいと広く言われています」
なんだろう思わせぶりな言い方だな。
まぁ、職業戦士なら戦闘力が上がりやすいとかか?
心配なのはポンコツさん俺の名前付け忘れてねぇかな? ……疑わしい。
物思いに耽っていると司書長が共通語で声を上げた。
あっ! おっさんドアの外で待っていたの? 長々と話しててごめんね!
万が一の警備も兼ねてたのかな?
司書長とおっさんがいくつかやり取りをする。
おっさんはドアを閉めるとき俺を見て優しくニヤリと笑い掛けた。
俺とおっさんの仲だ。
――わかるぜ。
意訳『やったな! 坊主』だ。
司書長が俺に話しかける。
「具体的な話は、また明日にしましょう。明日の朝、9時にこの執務室へ来て下さい。入館証もその時用意します。言葉も通じず不便でしょうから、神聖語の話せる。研究員に案内させます。今呼びに行ってもらっていますので、到着するまで、質問があれば、答えますよ」
それでは遠慮なく。
どうしても、確認しなければならないことがある。
「採用頂いた、当日に申し上げるのも大変恐縮ではございますが、仮に私が、将来やりたいことが出来た場合。この場所から巣立つ事は許して頂けますでしょうか? もちろん、ご恩はご恩として可能な限りお返し致します」
司書長は不快な様子もなく、さりとて愉快な様子もない顔で言った。
「手紙にも将来の安寧に触れられていましたが、聞いていないようですね? 優秀な司書は得難いものです。ですが、縛り付けるつもりもありません」
「明日正式に説明する予定ですが、今回の採用は、雇用契約です。一方的にどちらかが利する内容ではありません。一ヶ月後に契約を破棄することも盛り込まれています」
「子供にやりたいことが出来たら、応援し後押しするのが大人の役目です」
確認するような真似を謝ると気にするなと返され、こう言われた。
「あたなは、大人のような子供ですね? 本当に記憶がないのですか?」
ドキッ! 実は、子供のような大人なんです!
記憶もあるちゃ~あるんです。
真顔だ。――がんばれ俺の表情筋。
ちょうどタイミングよくドアがノックされる。
司書長の許可を得て誰かが入って来る。
声が高いから女性かな? 振り向くのは失礼かな?
「紹介しよう。研究員のパオラだ。パオラここまで来なさい」
司書長は立ち上がり自分の左前方を手の平で指す。
まだ、二十歳そこそこの若い女性だ。
明るい茶色の髪をゆったりシニヨンでまとめお団子はうなじに当たるくらいの位置でバレッタで止めている。
「初めまして研究員のパオラです。どうぞよろしく」
軽く頷くように挨拶をする。
「こちらこそどうぞよろしくお願いします。名前は思い出せないので、好きなようにお呼びください」
それを真似して俺も小さく頷く。女性特有の挨拶方法じゃないよね?
「王都の細かい話や常識は、パオラに尋ねると良い。部屋の手配は別の者に頼んでいるが、少し時間がかかる。先に教会へ向かい。啓示を受けることをお勧めする」
「パオラ。この者は我々エルフと同じく流暢に神聖語を話す。手を煩わす事になるが、この者と話すことでお前の良い経験になる。頼むな」
お別れの挨拶をし、明日の訪問を約束しパオラ嬢に連れられて、啓示を受けに教会へいざ行かん。