第4話 特進
ヌクレオは少女に提案する。
(精霊を二霊も従え隔離領域まで侵入したノアさんを排除することは不可能です。しかも、妖精までいます。物理透過する妖精の侵入を防ぐ方法は試算成功率10%以下です。先程まで別空間でノアさんとご一緒しましたが人となりも含めて敵対禁止協定を結ぶことを勘案します)
「――あなたの言うことで間違ったことはないけど。……本当に大丈夫なの? さっき、精霊をけしかけてきたわ。今のうちに最下層に転移させてしまわない?」
(危険です。それに――ダンジョンの管理権限がまだ戻ってきていません)
「――権限のエラー? どうすれば管理権限を戻せるの?」
(ノアさんに放棄してもらわないとなりません)
「――えっ? ……あの子が管理権限を持っているの?」
(はい。敵対行動はマスターの生命を脅かします。ノアさんとの交渉は私が責任を持って行います。賢明なご判断をお願いします)
少女にとってあの男の子は相性の悪い天敵らしい。
「……分かったわ。任せるわヌクレオ」
(はい。お任せください)
◇
おっ! 打ち合わせが終わったみたいだな。
少女が奥に下がった。
モルト。悪いが下りてくれ。
今のモルトは右肩に馬乗りになり両手で俺の顔を抱えてビタ-ッと抱き着いている。
かまってちゃんモルトは可愛いが、さすがにこの状態で話は失礼だろう。
モルトは言うことを聞いて下に降りてくれた。
ヌクレオさんの声が頭に響く。
(ノアさん。いくつか提案がありますが、その前にお互いに敵対行動はせずに落ち着いて話をするという前提を約束して頂けますか?)
⦅いいですよ。約束します。ヌクレオさん⦆
(――っ! ……それでは先程も確認しましたが、まずダンジョンで冒険者が死ぬ事もあるということは容認頂けるという理解で良いですね?)
⦅そうですね。死にたくなければ入らなければいいし、ダンジョンが経済を支える一面もあると考えます⦆
例えるなら山だな。そこに登って亡くなったら自己責任だろ? 山には動物がいてそれを狩って食べ山菜やキノコなどの糧も手に入る。
ダンジョンはそれが更に強化されてこの世界にはなくてはならない資源の収穫場だ。
(私たちの役割はダンジョンが円滑に運営されるように管理と整備を繰り返すものです。決して私たちが冒険者を殺そうとしている訳ではありません。このダンジョンの難易度が高いのは私たちの身を守る面もあります)
⦅それに関しては否定も肯定もできません。納得できる部分と納得できない部分が内在します⦆
まぁ。本当は、ほぼ納得できるんだが、ちょっと引っかかる。
自分が死んでも他人が死んでもしゃーないで済ませるが、身内が死んだらお礼参りにはくるだろうからな。
何しろ俺はちっちゃい男だ。
八つ当たりできる相手がいれば絶対に仕返しにいく。キリッ!
まぁ。もしも身内がダンジョンに入るならケガしないように装備増し増しで送り出すけどね。
でもまぁ。冒険者の死は彼らにとっては結果であって目的ではないというのは許容できる話だ。
(少しでも納得いただけるのなら十分です。わたしからの提案はお互いの敵対禁止協定です。お互いに敵対しないという簡単な協定です)
⦅そもそも敵対していないのでは?⦆
(現時点ではそうかもしれませんが、今後も敵対せずに、尚且つ問題は話し合いで解決しましょうという提案です)
⦅う~ん。どうしようかな⦆
――メリットを感じない。
口約束の拘束の緩い協定にも意味が無いし、ヌクレオさんにとってはメリットのある話なんだろうが。
だったらなんかくんねぇかな?
今ならっ! 何とっ! のお得感が欲しい。
あっ! そうだ!
⦅ダンジョンの仕組みや仕様を教えてくれるならいいですよ⦆
(――マスターに確認します。少々お待ちください)
ダンジョンという謎仕様の解明はそそられる情報だな。 どうか通れ! この要望。
(マスターの許可が下りました。そちらの条件を追加します)
よっしゃー!
その後は細かい取り決めだが、ほぼ俺が丸飲みした。
ダンジョンの秘密を知れるなんて気分がいいからな。知的好奇心がムズムズする。
それにこのダンジョンのホスピタリティの高さも協定に同意した大きな理由だ。
ちゃんと運営されている素晴らしいダンジョンだと俺も思う。
取り決めの詳細は省くがザックリというとダンジョン攻略は八〇階層を最大とすること。
ダンジョンの仕様などの確認は低階層に部屋を用意するので日を決めてそこで行うこと。
ヌクレオさんとマスターさんと俺がお互いに敵対行動をとらないこと。
目の前に机と椅子と協定書が現れたのでサインする。
(これで相互敵対禁止協定はこのダンジョンのルールとして適用されます。違反したものがダンジョンからはじき出されます。宜しいですね)
⦅はい。構いません⦆
やっぱ罰則がありました。
しっかりとヌクレオさんから説明も受けたので、事前に申し入れをすれば同意が無くても破棄できる項目を追加してある。
横紙破りも出来る好条件を容認するなんて何でか知らないがどうしても協定を結びたいみたいだね。
(それでは最後にノアさんにお願いがあります)
⦅はい。何でしょうか?⦆
(ノアさん。権限を放棄すると声に出して言って頂けませんか?)
⦅んっ? ――何の権限を放棄するんですか?⦆
(ダンジョンの管理権限です)
⦅えっ? ――今は私が持っているんですか?⦆
(はい。今はノアさんが保持しています)
えっ? 何ができんだろ。試してみるか!
(その権限の行使は敵対禁止協定に違反します。すぐに権限放棄を宣言して下さい)
あちゃ~。これかっ! この為の敵対禁止協定か。
でもまぁ。いいか。
どうせ持ってるのを知らなかった権限だし、これからダンジョンの事はじっくり教えてもらおう。
ダンジョンが欲しい訳でも無いしな。俺にとっては惜しくもない権利だ。
あっさりと宣言する。
「ダンジョンの管理権限を放棄します。これでいいですか?」
俺には何も起きないがヌクレオさんが急に輝き出す。
光が収まると二等辺三角形で正八面体を作ったようなヌクレオさん本体の大きさが小さくなり、濃い群青が美しく深い紫へと変わる。
(――っ! ……ありがとうございます。ノアさん。この後は地上に戻られますか?)
どうやら四日も経ってしまっているそうだ。
一反帰るのがいいかな。
俺はヌクレオさんに送ってもらい地上へと戻った。
§
ノアが去ったダンジョン最深部。
残された少女が口を開く。
「――驚くことばかりね。ヌクレオと思念会話ができるなんて、しかも、あたしにも聞こえたわ。どういうことなのかしら。あたしでもヌクレオと音声会話しかできないのに……揉めなくて正解かしら」
(はい。私も驚きました。穏便に済んでなによりです)
「既にあたしが敵対行動を取っていたのも気付いていないみたいでホッとしたわ。ちょっとシャクだけどね」
(はい。これからの敵対行動の禁止ですから、協定書の行間に過去は不問と忍ばせました)
「最後の取引はハラハラしたわ。協定違反の判断は管理権限の保持者だけじゃない。あの子次第ってことよ。ヌクレオ。はったりまで使えたの?」
(いいえ。あの時点で権利の行使は違反だと注意しました。違反だと認識させることが目的です。それによりノアさんの判断は権利を行使したらはじき出されるようになりました)
「ふぅっ。それとヌクレオ? 結晶体が小さくなって色が紫になったのは何かしら?」
(自分でも驚いています。ダンジョンの階位が上がりました)
「へぇ。千年振りね。それで色の変化?」
(はい。それも二階級もです。それと――)
そう言うとヌクレオの結晶の前に男が現れた。
真っ黒な髪で身長は180cm。
紫に白紋の袴に白の上着の装束を纏った青年だ。
少女に似ているが守武を名乗った男の面影もある。
「――誰?」
警戒する少女に男は穏やかに話かけた。
「初めまして、マスター。ヌクレオと呼ばれていた者です。――真名を思い出しました」
「ヌクレオの声……ヌクレオなの?」
「はい。ヌクレオです。ですが、出来れは神武とお呼びください。わたしの真名です」
日本の守武を名乗った青年は神社の権禰宜だった。
遠い昔に雷と共に現れ鬼を討ったと言われる神を祀る神社。
守武が聞いた祖父からの伝えでは、神に及ぶとの意味で神丈と呼ばれ奉りられ、時とともにその武により神武と名乗る神となった。
その神が自分たちの先祖だと祖父は言っていた。
後に神は不遜と神社として守り祀るから転じ守が当てられ守武を名乗るようになっていった一族だ。
奉られた神の名は神武火雷彦。
火と雷を自在に操ったとされるこの世界の元住人だ。
ヌクレオとしてこの地に生み出された由来を知り、明確は個としての人格が生まれた。
ヌクレオという言葉はダンジョンのコアの総称だ。
「神武そう呼べばいいの? でもどうして急に人型になれるようになったの? 格が上がったから?」
「いいえ。許可が下りたのだと思います。――あるいは放任されたという方が正しいでしょうか?」
ダンジョンがノアを飲み込んだ時にヌクレオはノアの一部となった。
その時感じたのだ。
――深淵から覗いている絶対的な上位者の存在を。
ヌクレオにかけられていた記憶のプロテクトがはずれ日本の事を思い出したとき興味を失ったかのようにその存在は消えた。
その者にとってヌクレオはもとから取るに足らない存在だった。
それが見ていたのはノアだった。
ノアはヌクレオより上位の権能を持ちダンジョンを強制占拠可能な存在。
ダンジョンがノアを飲み込んだのではない。
混乱していたノアがダンジョンの権限を占拠した結果。
ダンジョンのコマンドにより第一攻撃対象へ設定されていたノアに自動的に攻撃し、彼はダンジョンに飲まれたのだ。
ノアというダンジョンにとって危険な生物に敵対禁止協定という首輪をつけられたヌクレオは安堵する。
ダンジョンが二階級も一気に上がったのは、管理権限がノアに移譲されたときに裁量が大幅に高まったからだ。
それによりヌクレオは神武となった。
これからダンジョンの仕様説明で付き合うことになるノアへの彼の警戒度はMAXだ。
自分のマスターのためにも友好的な対応を計画する。
§
――――王都
ネスリングスへ待ち望んだ一報が届く。
ノアの生存確認の連絡はいち早くウェンにより伝えられた。
歓声が上がる中、少女は腰が抜けたように座り込んだ。
信じていたのは嘘ではない。
だが信じたいと一心に願い心を燃やした。
嫌な想像には蓋をして眠れない夜は男の子が言っていたように無理に笑顔を浮かべて目を瞑った。
今日この時。少女の目標は実現しなければならない決意に変わった。
――隣に立つ。
手助けも出来ない今の自分が嫌だから。
行かないでと縋っても止められないと分かったから。
少女は立ち上がり言葉を紡ぐ。
「ほらね。――師匠なら大丈夫だって言った!」
すぐに腰を下ろしていた事をビビアナから揶揄われて頬を染める。
少女たちのいつもの日常が戻った。




