第7話 利益
ギルド長室で書類に目を通していると『エレオノーラ』がどうだとか外が騒がしい。
ギルドマスターは立ち上がり外を眺める。
がなり立てている冒険者へノアという小僧が宥めるように話しかけていた。
(いや――あれは……静かに煽っているのか?)
ノアの言葉のチョイスが静めるというよりも小バカにしているように聞こえる。
どうやらノアがエレンをめぐって愛憎交じりの因縁をつけられているようだ。
(昨日着いたばかりの小僧に好いた惚れたもないだろうに、何をトチ狂って噛みついてんだ?)
だが、決闘は冒険者の決着の付け方としては良くあることだ。
――強い方が正しい。
暴論だが、彼らの間では立場が違えば見方も変わる。
獲物を横取りされたという奴と危なそうだから助けたという奴。
攻撃されたという奴と手が滑ったという奴。
分け前が少ないという奴とお前の仕事相応だという奴。
どちらも当人同士が正論だと言い張るなんて良くある。
自分が正しいという理屈を押し通すために、決闘でさっぱりと決着をつけるのだ。
(せっかくの機会じゃねぇか。あいつが認めた小僧の格を見せてもらおう)
決闘はギルド内の闘技場で行われる。当初の希望通り自分の目で闘う姿を見ることが出来る。
ノアが囃し立てながら距離を取った。このまま隙を見て逃げだす算段のようだ。
その時間を与えずギルドマスターは窓を開けて横槍を入れる。
「うるせぇぞ! 手前ら! お前らの騒ぎの内容は聞かせてもらった」
続けざまに言い放つ。
「小僧。決闘を受けてやれ!」
「えっ? ――嫌ですけど」
シュバインが隙を見て赤い布を拾い、再度ノアに投げつける。
ノアはひらりと交わして澄まし顔だ。
ギルド長は声を掛ける。
「小僧。決闘は冒険者同士のプライドをかけた審判の儀式だ。何故嫌がる?」
「この人は私と戦いたい。でも、私は別に戦いたくないし、それで得る物もないので」
「――お前の主張が正しいと証明される」
「私に証明したい主張なんてありませんよ。私をぶちのめしたいという彼の意見が通る方が問題です」
ノアは思う。ぶちのめしたいと思ったら決闘を申し込めば良いという前例にならないようにきっちり拒否しようと。
(あいつも変な拘りがあったな。師匠が師匠なら弟子も弟子か……)
「メリットがあればいいのか?」
「んっ? ――そうですね。条件にもよりますが」
「金でどうだ?」
「金銭には興味を引かれません。それより――この決闘を受けて私が勝ったら、この都市で今後の決闘の禁止をギルドが保障してください」
「ぐっっ! ――長年の慣習だ。さすがにそれは難しい。たかだか駆け出しの決闘で求められていいもんじゃないな」
「一般市民がケンカをして相手をケガさせたら拘束されます。暴力行為ですからね。冒険者が一般市民に狼藉を働けば、これもまた拘束されます。冒険者同士が喧嘩をすれば、同じように捕まります。それが法です。決闘の名のもとにギルド内で私刑を働いても罰せられないのは何故ですか?」
「モンスターの最前線で活躍する冒険者とギルドに認められた権利だからだ。冒険者の管理責任を全うするギルドの特権だ」
ノアはふわりと笑った。
「ギルドの特権ですか。その行使の権利はギルドマスターあなたにあると?」
「あぁ。そうだ! 文句があるか!」
「今回の決闘はほとんど因縁まがいの嫌がらせです。それをギルドマスターが受けろと言われる。被害者の私を守るでもなく。ただぶちのめしたいという人間の主張で決闘をしろという」
「……決闘は冒険者の権利だ」
(――俺の興味の為に無理強いしすぎたか? ……ここは引くべきか?)
「あなたの裁量で保護された特権だと?」
「あぁ。そうだ! ――なんの話がしたいんだ!」
「ギルドマスターが戦えというのなら、メリットがあれば受けても良いと言いましたね?」
「あぁ。だがノルトライブで今後は冒険者同士の決闘を禁止する。なんて要求は通らないぞ!」
「えぇ。もっと簡単でギルドマスターの裁量の範疇です。私の希望は――決闘権の放棄です」
「んっ? なんだそりゃ。……そんなのでいいのか?」
(冒険者しか持っていない権利の放棄だと? むしろデメリットじゃねぇか?)
「はい。たったそれだけです」
「決闘を仕掛けないということだよな?」
「はい。私の希望は『この理不尽な決闘を受けて勝てたら、今後は冒険者へ私は決闘を申し込まない。そして誰も私に決闘を申し込まない』です。ギルドは私を守ってくれないと分かりましたから、冒険者にお願いをすることにします」
「まぁ。いいだろう。ただし、揉めたときお前からも決闘を申し込めなくなるんだぞ?」
ギルド長は念を押す。
「私から申し込むつもりはありませんので、もし決闘を吹っ掛けて来た冒険者がいたら、ギルドと話し合いで罰則を決めさせてください。刑罰の無い口約束では困ります。最高刑はギルドからの除籍まで用意してください。もちろん話し合いでギルドの立場と意見は尊重します」
「そうか。こちらも少し無理を言った。この決闘に付き合ってくれたら、勝敗に関係なくその要望は通るようにする」
ノアはにっこりと微笑んだ。
「分かった。決闘の結果をもって詳細を決めよう。決闘の時間はどうする? 申し込む方が準備が出来て有利だから日時は受け手が決められる」
「いえ。直ぐにで構いませんよ」
「じゃあ。闘技場へ移動しろ」
真っ赤な顔のシュバインを置いてけぼりに話は進む。
◇
面倒くせぇと思ったけど、ひょうたんから駒だな。
スキップしたい気分だ。俺はこっそりとにやけた。
目には目を! 歯には歯を! という法がある。
やられたらやり返す復讐法だと思っている人が多いが実際は全く違う。
歴史に名を残す賢王の作った法だ。
この法律は目をつぶしたなら、自分も目をつぶされますという誓いの法だ。
自分が起こした悪しき行為は、同等の罰を甘んじて受けるという宣誓だ。
性善説にも則った善人なら全く恐れる必要のない法律だ。
誰かを傷付けない自信があれば、この法律は自分を徹底的に守る。
誰かを安易にぶん殴らない自信がある良識人なら、簡単に宣誓できるだろう。
賢王が願った本質は人間の善良さと良識を信じる崇高なものだ。
翻って、この国の決闘の権利は俺には同意できない。
ギルド以外では違法行為が法外に認められている。
何が権利だちゃんちゃら可笑しい。
あの決闘を申し込む赤い布は、元は仲間の傷を拭った血染めの布を相手に叩きつけたのが由来だと聞く。
――完全に復讐じゃねぇか!
しかも善良で良識かどうかも分からん奴ら全員が行使可能ときている。
だったらその環から外れた方が俺にとってはありがたい。
復讐ごっこは勝手にやってくれ。
俺はこの国の法律に則ってギルドのルールには縛られず冒険を続ける。
エレオノーラさんだと上手くいかなかったかもしれないが、冒険者上がりのギルトマスターは脇が甘い。
ドア・イン・ザ・フェイスは古典的手法だ。過大要求からの引き下げで譲歩をとり、要求が通りやすくなる。
それにギルドマスターの目的は分からないが、無理筋を通しすぎだ。
罪悪感を煽ったら案外簡単だったな。
勝敗に関係なく決闘権を放棄できるなんて、素敵発言ありがとう!
ポイントは『誰も私に決闘を申し込まない』だ。
本当の意味は『俺に決闘を申し込めない』だな。
後は『最高刑はギルドからの除籍』を大勢の冒険者の前でギルドマスターから言質を取った事。
つなげると『俺に決闘を申し込むとギルドから追放される』だ。
ギルドとの話し合いで決めるんだろうだって?
知ってるだろ? 世の中は刺激的な言葉に支配されるんだぜ。
後はやりようだ。
それはさておき、あの兄ちゃんとは面倒だが戯れないといけない。
あの兄ちゃんの本気が、師匠のおっさんの手抜きより上って事はないよね?
まぁ。その時はいろんな手札を切らせてもらおう。
へぇ~! 闘技場って小型のコロシアムみたいになってんのね。
50mくらいの円形の広場の周りに傾斜のついた座席が備え付けてある。
っつうか。見物客多すぎじゃない?
みんな暇なの? 働きなよ。
正面にはもう土気色になった兄ちゃんが立っている。
さてと得物は何にしようかな?
§
「おいっ! 絶界の弟子に決闘を売った奴がいるって?」
「あぁ。B級のシュバインだって話だ」
「シュバイン? そんなことする奴だったか?」
「詳しくは知らないがなんか因縁でもあったんだろ。それより、絶界の弟子がどんなもんか見物に行こうぜ」
「おうさっ! どっちに賭ける? 俺は絶界の弟子の方だ」
「あぁ? 俺だってそっちだよ!」
「おいっ! だれかシュバインに賭けるやつぁいねぇのか? 薄情なやつらだな」
「だったら。お前がシュバインに賭けてやれよ」
「連れのバステンはどうした? あいつにシュバインに賭けさせようぜ」
「1人じゃ足らねぇよ! チェッ! 賭けは無理か」
お祭りの様な騒ぎの中ギルドマスターも会場の上座に座る。
エレオノーラが苦言を呈す。
「ノアさんのギルドへの好感度はかなり下がったと思わざる負えません。無理やり決闘をさせましたね?」
「わりぃ、わりぃ。あいつの弟子だと思うとどうしても戦っているところを見たくてな。無理強いしすぎた」
「決闘権の放棄も簡単に容認しすぎです。後での調整が難航するかもしれませんよ」
「放棄なんて言い出した奴は初めてだが、売りも買いもしないってんなら許容範囲だろ?」
「だと良いんですが……」
闘技場では審判員のギルドスタッフが、神聖な戦いの祝詞を唱えている。
そして、始めの合図とともに上に上げた手を素早く振り下ろした。
ギルドマスターはノアを見る。
「なんだ? あいつの武器は――棒?」
◇
対人戦には杖が扱いやすい。
相手の獲物が剣なのが不満だがしょうがない。
審判のギルドスタッフは開始の合図を送る。
気炎を吐く勢いで襲い掛かって来る兄ちゃんを見つめ、ため息をついた。
はぁぁ~。やっぱり面倒くさいな。




