第3話 入窟
冒険者のダンジョン入場のピークを過ぎた頃、暇になった門を警備するギルドの職員は同僚と会話をする。
「まさかこのダンジョンでE級を迎え入れる日がくるとは思わなかった。しっかりとギルド公認の刻印もあったし、あいつで間違いないんだろう。だが前回の特例はC級から始めたのだろう?」
「あぁ。ギルマスが珍しく上機嫌で『始めからから積み上げようなんて、あいつの弟子は気骨がある』って言っていたそうだ」
「絶界の弟子か――俺ら世代のヒーローじゃねぇか。全員が嘱望した才能。剣聖に手が届いた筈の男。そして、20代半ばで剣を置いた失われた大器。10年程の短い活動期間で輝くような逸話に事欠かないからな」
「あぁ。あの人の場合、息子さんの体が弱くて王都の治療技術じゃないと大人になれなかったそうだ。神様も酷な事をするもんだ。才能と家族を選ばせるなんて、だが、すっぱりと家族を選んだ男っぷりには、今となれば称賛しかないな。当時はがっかりしたが、年をとると見えるものも変わる。うちの嫁さんは今でも大ファンなんだぜ」
「絶界の弟子――新しい時代が来るんだな。活きの良い若いのが出ると嬉しくなるね。頑張ってもらいたいもんだ」
「楽しみにしながら静かに見守ろうぜ」
警備員達は昔憧れた英雄の系譜に期待を抱く。
◇
門を潜りダンジョンに入る。
んっ? この感覚は何処かで体験したような。分厚い空気の幕を通り抜ける感じだ。
何時だっけ……?
思い出せずにダンジョンの階段を下っていくと広いホールに出た。
下った距離よりこのホールの天井が高過ぎるんじゃないかな。
天井には等間隔で照明がありダンジョン内はかなり明るい。
広い円形のホールには青白く輝く鍾乳石のような小さな柱が立っており、それに触れた冒険者が消えてゆく。
その鍾乳石は壁近くに等間隔に設置されていて、総数は20ヶにも及ぶ。
あれが転移用の柱なのだろう、行ったことのある階層まで転移出来ると聞く。
冒険者の数は多いが分散しているので混雑はあまり気にならない。
まぁ。俺は初めてなので、1階に行くしかないんだが。
そこへ行く為に正面にあるトンネルを潜る。
その先は縦横10m程の通路だ。
床は固い土っぽい材質で壁と天井は赤黒い岩石を思わせる。きれいに四角く整えられた人工の通路のようだ。
ここも等間隔に照明がついていて非常に明るい。
1階は迷路型のダンジョンだ。
おっとと! 装備! 装備!
体はガンソさん特製の皮の鎧を装備している。
あとは楯を左に持ち、右に槍を携える。
最終的に採用した槍は鳶口が4つ付いた槍だ。
1ヶ所だと手首を返したり面倒だから、上下左右どこでも引っ掛けられるようにした。
5階までに出現するモンスターは、4種類と書いてあった。
大型の鳥ブルーカ。羽を飛ばしての遠距離攻撃とカギ爪と嘴で攻撃してくる。
細長い人面が体がわりのでかい4枚羽の蝶チョンチョニー。尻尾も生えている。
鱗粉の毒をまき散らし、尻尾の先から毒針を撃って来る。
カマキリとコウモリが合体したようなモンスターのエンプーサ。
鎌から風刃をはなち、擬態能力が高く背後からの奇襲に注意する必要がある。
5階層から出現するのは毛の無い狼型のモルモーだ。
武力特化って感じの速さと力押しのモンスターらしい。
それにしても、空飛ぶ奴が多いな。弓の方がいいか?
だが、初めてで状況が分からないので楯は持っていたい。
とりあえず様子見でこのまま行くか。
おっ? 早速お出ましだ。探知魔法の範囲に動きがあった。
天井付近を滑るように飛んでくる、大型の鳥ブルーカだ。
青黒い体で目だけは赤い。全長1.5m程で羽を広げると4mくらいかな。
俺の前方で滑空旋回すると羽を飛ばして攻撃して来た。
俺は体をずらし楯で防ぐ、カカカンと羽が楯を鳴らす。
こちらの攻撃が届かないとみるや、背後を取るように旋回して羽を飛ばしてくる。
カギ爪で襲ってくれれば槍で突けるんだが、頭はそれなりにあるらしい。
俺は鳶口付きの槍をしまい、普通の槍を取り出す。それを逆手に持つと槍投げのようにブルーカに投げつけた。
過たずブルーカの体に槍が突き刺さり、爆散するように黒い煙が広がり一瞬で霧散する。
初めからそこに何もなかったかのようだ。モンスターが瞬く間に消えてしまう。
そして光の粒子と共に地面に鶏よりちょっと大きめの丸鳥1羽がドロップした。
――あの怪鳥からの肉って微妙な気分になるな。。。
見た目はうまそうだが、郷に入りてはと思うことにしよう。
葉っぱみたいなので包まれていて地面に直接触れないようになっている。
……配慮に溢れていて、なんかおもてなし感があるダンジョンだな。
通路は明るいし、転移の柱も沢山用意されているし『いらっしゃいませ~』って言われてる気がする。
一緒にダンジョンに入ったモルトは好き勝手に辺りを遊び回っている。
モルトに俺は触れるが、壁すらすり抜ける物理無効だから問題ないよな。モンスターにも見えてないみたいだしさ。
さて、俺の得物だが投げナイフにしよう。
俺はアイテムボックスから投げナイフの刺さったベルトを出して腰にまく。
5階までは空飛ぶモンスターしか出てこないみたいだしね。
一通りのモンスターと当たったら最短距離で2階を目指すか。
◇
――2階の最奥
デカくて気持ち悪い蝶のチョンチョニーが2匹飛び回って毒の鱗粉をまき散らしている。体長は1m。
胴体が青白い人の顔で幅が手の平ぐらいしかないのに細くて長い。
表情はムンクの叫びの耳を抑えてる人を細く伸ばした感じだ。
羽は極色彩で4枚あり別々に動くもんだから、ジタバタしているようで気持ち悪い事この上ない。
ネズミのしっぽみたいな長い尾が3本あり毒針を次々と打ち出してくる。
そして俺の背後にはコウモリとカマキリの合体怪物エンプーサ。
質感はまんまコウモリなんだが、形はカマキリでコウモリの厳つい羽を無理やり付けた感じ。体長は2m。
なんで飛べるのか意味不明なモンスターだ。鎌を振って風刃で攻撃してくる。
エンプーサの攻撃を交わしながら、チョンチョニーを投げナイフできっちりと仕留める。
そして、俺はエンプーサへ楯をぶちかまし、体制を崩したところを取り出した槍で頭を切り落として決着をつける。
霧散するモンスター。
チョンチョニーのドロップは何故か絹に似た糸の束だ。
エンプーサのドロップはコウモリの皮。
ご丁寧にも持ち運びしやすいようにきれいに巻かれていた。しかも加工しやすそうな1枚皮だった。
一息ついて辺りを見渡すとモルトが目をキラキラさせて拍手で祝ってくれた。
ありがとよ。モルト。俺も結構やるだろう? ハッハッハ。
後は3階に降りるだけだが、ちょっと思いついたことがある。思いついたらやらないと気が済まない性分だ。
さっそくやってみよう!
ダンジョンの地面を魔法を使って耕耘だ。
う~ん? 地下30cmくらいまでしか耕せないな。その下は魔力を拒絶する感じだね。
でも耕耘した場所はちゃんと俺の領域になってるな。
あれ? 徐々に下の方から領域が押し戻されてきてるようだ。
10分ほどで元のダンジョンに戻ってしまった。
ふ~ん。まぁ。いいや。さっさと3階に行こう。
俺は階段を下りてゆく。
今日はせっかくだし5階まで行ってみようと思う。4階に降りる前に飯でも食おうかね。
3階に降りると入り口付近に男が2人いる。
1人は弱ったような顔をして頭に手を当てている。
もう1人はギルドで俺を睨んでた知らない人だ。
睨みつけながら叫ぶように俺に話してくる。
「おい! 小僧! エレオノーラから手を引け、あの女は俺が目をつけてんだよ!」
ツバキがかかりそうなのでやめてもらえますかね?
もう1人の男が慌てて前に出て諌める。
「待てっ! シュバイン! 今日は挨拶だけって約束だろ! なに喧嘩売ってんだ。すまねぇな。兄ちゃん。こいつ。この頃おかしくってよ。3階で待ってりゃ。初日に来ることもねぇと思ったが、見積りが甘かった。こいつには言い聞かせとくから許してやってくれ。騒がして悪かった」
シュバインと呼ばれた男は、連れの手を振りほどくと地面に唾を吐き、捨て台詞とともに去っていった。
「痛い目を見ねぇうちに言うこと聞いといた方が身のためだぞ! 分かったか!」
う~ん? 小僧を怒鳴りつける若造ってか? なんか面倒くさいな。
そもそも手なんか出してないし、ギルドが選んだんだからギルドに言ってほしい。あの人の思考回路ぶっ壊れてない?
ぷっ! はははっ!
――モルト! おまえ”あっかんべぇ~”覚えたの? 何処でだよ!
まぁ。また絡まれるようならエレンさんをチェンジしてもらおうかな。
――さて、先に進みますか。
§
肩を怒らせて進むシュバインを追いかけながら連れの男は、さっき分かれた小僧の事を考えていた。
登録したての新人が初めてノルトライブのダンジョンに入って3階までくるのも異常だが、その速さが常軌を逸している。
シュバインが、がなり立てたときも体は自然体で表情すら変わらなかった。なんの脅威も感じていなかったのだろう。
男が事前に調べた情報では、あの絶界の弟子だという。化け物の弟子もまた化け物だってことだ。
短気だが気のいい相棒がこの頃おかしい。
やばいクスリでもキメたのかと心配しているが、今のところその様子はない。
あの小僧に絡まないようにシュバインを連れて街を離れるか?
人が変わったように、話が通じない相棒を見て一つ溜息をついた。




