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第12話  ~終章~ 種は育つ

 ノアからの手紙が届いたと聞いて、ケィンリッドはネスリングスへ急ぐ。


(正直に言うと半年くらいは来ないと思っていたが、思いの他早かったな)


 食堂の扉をくぐると挨拶もそこそこに切り出した。


「ノアから手紙が来たんだってな」


 ノアからは薄っぺらい大丈夫が口癖と評価されているが、孤児院では頼れる兄貴分で5人組のエンジン役。


 アルバロは片手を左右のこめかみに当てて、視線を隠すようにしながら頭を左右に振っている。


 色白のっぽで少し気が弱いが、ここでは重要なバランサー。


 クレトは弱ったような苦笑いで、ケィンリッドに挨拶をした。


「ケンさん。こんにちは。――手紙っていうか……」


 赤い髪をダウンポニーテールにしたほんわかさん。


 空気を読まないムードメーカーという独自の路線を貫く、ビビアナがノアからの手紙をケィンリッドに見せた。


「――ケンちゃん。これ見てみてよ」


 何故かうれしそうに微笑む。


「……手紙? ――レシピだなっ!」


 手紙と思しき近況報告に挨拶文もそこそこで内容がレシピ集へと移行している。


「えぇ~と。新しい土地で初めて見る食材に出会えたよ。そこでいいインスピレーションが湧いた。是非参考にしてくれ? ……知ってたけど。あいつバカだわ」


(何処の世界に1人旅立った仲間を心配している連中に、見るからに分厚い手紙を届けて、挨拶もそこそこにレシピ集でしたって、ドッキリ敢行する奴がいるんだよっ!)


(顔が見てみたいわっ! ――あっ。そういえば、あのアホ面はよく知ってたっけ。はぁぁぁ)


「ノアちゃんて、たまにこういう事をして驚かせるから面白いよね」


 ビビアナはとても嬉しそうだ。


 青黒い髪をきっちりまとめコック帽の中に収めた真面目な菓子パン職人。


 5人のうちでは規則正しく、舵取り役を熟す常識人のクローエは言葉を繋ぐ。


「慣れない旅先の忙しい最中に、これほどの時間をかけて新しいレシピを作ってくれるオーナーに感謝しないといけませんね」


 ……ノアに対しては盲目的なところがあるようだ。


 髪は短い金髪で、可愛らしいそばかすの頬はあまり動くことが無い。


 表情の変化に乏しい雰囲気とぶっきら棒なしゃべり方はシャイの裏返しだと近しい連中は良く知っている。


 年下のノアを師匠と呼び慕い、5人の中では揶揄われる事の多いマスコットキャラ。


 エステラは肩幅に広げた腕を振り下ろし、踵を打ち付けて地団駄を踏んでいた。


 一番初めに手紙に食いついて、開いて読み始めたのも彼女だった。

 

 ――師匠のバカっ! と呟いているのが聞こえる。


(カオスってるな。喜んでる奴に、怒ってる奴、困ってる奴に呆れてる奴。挙句は褒めてる奴までいる。ノア。俺にはこのフラグを処理できない。放置案件でOK?)


「あっ! そういえばケンさんにも手紙来てましたよ」


 そう言って、くすんだ金髪の色白のっぽ。クレトはケィンリッドへ手紙を差し出す。


(何か知らんが、――エステラにえっっらい睨まれてるんだが。。。)


 ノアからの手紙は、こんち。ケンちゃんという軽いノリから書かれていた。


「んっ? ――トラクターは時速60キロまでは比較的安定? 時速70キロが性能限界? ……ノア。お前――やったな?」


「ウェン師からあれほど止められてたのに『使わないのに無駄に高性能はロマン』とか言って限界速度の時速100キロを載せた時から嫌な予感はしていたが。。。アホなお前が、なんとかに刃物にならない訳ないわな。ハハハ。はぁぁぁ」


 ケィンリッドは思わず、そこにノアがいるかのように独り言を吐いた。


 新たに造られるメイリン&ガンソ社製のトラクターは時速40キロが最大速度のリミッターが付いている。


 ケィンリッドのトラクターは時速80キロまで出せるが、時速60キロを超えると警戒音が鳴り響く。


 ノアからは時速40キロ以上は緊急時以外は出さないように注意されていた。


 トラクターゴーレムは、基本設計から”紋”まで全てノアが生み出したものだ。


 ノアのトラクターが唯一、現時点での最高性能の時速100キロを出すことが出来る。

 

 ウェン師からは、制御できない能力は積むべきではないと苦言を呈されたが、ノアは、使わなければいいんですと笑顔で言い切り搭載させてしまった。


(いったい何キロ出したのやら? 時速80キロは出したのかな? 無事みたいだしな。これからも無茶しなきゃいいけど……無理か。はぁぁぁ)


 ケィンリッドは年下の悪友を思い苦笑いした。



§



 村がスタンピードに襲われた日から3年の月日が流れた。


 今の村はあの日より栄え、子供の数も増えた。


 今日はちょうどスタンピードに襲われた日の翌日と同日だ。


 あの日の絶望から村が立ち上がった事を祝う復興祭が毎年催されている。


 今では都市で見かける事もある、トラクターを模した山車に今年選ばれた青年が乗り、村人に綱で引かれて村を練り歩く。


 子供たちは山車のトラクターについて回り、順番に後部座席に座りはしゃいでいる。


 この日は行商人も祭りに合わせてやってきており、年に1度の賑わいに華が添えられいた。


 村では祭りの間は、誰彼問わず訪れた人々に”すいとん汁”と蒸かした芋を振舞い、その規模は年々大きくなっている。


 もうあと数年で成人を迎える少年は、本物のトラクターの後部座席に乗ったのが自慢だ。


 名前も告げずに去っていった青年。


 ――少年は当時を回想する。



§


 

 打ち払われた家々。


 鼻につく、くすぶる煙と砂埃の匂い。目の前が暗くなり、足から力が抜けていくような絶望の気配。


 この世界ではありきたりな理不尽の一部だ。だからといって慣れる事などできない。


 抵抗など意味のない、諦めなければいけない現実。



 ――廃村。


 村人達は口にこそ出さなかったが、その現実を事実として受け止めざる負えない。


 むせび泣く者も出る。


 ――そこに唐突に響く声。


 能天気な客引きの如く声を張り上げる青年。


 部外者がのんきに騒ぎやがってと怒り出す者もいる中、青年はひょうひょうと配膳をしてゆく。


 宥めながら、寄り添いながら、村人全員に”すいとん汁”を渡し終えた。


 その少年もいい匂いのスープを飲み、具を食べた。


 夏だというのに、体温が下がっていたようでスープの温かさが心にしみる。


 青年は『大丈夫! これからきっといい事がある!』そう村人に声をかけて、一部の村人から睨まれていた。


 青年は村人の食事が終わるのを見計らい、怪我人と老人に声を掛けて治療を開始する。


 そして、明日の分のスープを作ると”すいとん汁”という、その料理のレシピを渡してくれた。


 その後、青年は驚いた事に村人全員分のテントと寝袋という寝具を取り出し配ってくれた。


「ほらね? もう良い事があったでしょう?」


 淀んだ空気を吹き飛ばすように、青年はおどけてウィンクをした。


 ――もう誰も青年に当たる事は無くなっていた。



 ――――翌朝


 少年が目覚めると何か外が騒がしい。


 少年は耳を澄ませて届く声の方へと向かう。


 ――すると。



 荒らされたはずの大地に、麦が青々と育っている。


 そして、見た事のない植物が、生命力を滾らせて真っ青で幅広の葉を茂らせていた。


 絶望して心を塞いでいた村人に、その光景は甦る希望そのものだった。


 再生し芽吹いた植物達は、自分たちの未来を象徴する光に見えた。


 いつの間にか目の前のに現れた奇跡に全員が泣いていた。


 嬉しいのか、悲しいのか分からない感情が魂を揺さぶるのだ。


 村人の脳裏に1人の青年が浮かぶ。


 照れるようにおどけるように『ほらね? またいい事があったでしょう?』そう言っているのが想像できる。


 驚きはそれだけでは無かった。


 老人達が20歳は若返ったかのようにカクシャクと働き回り、病気がちだった者までも村人を上回る力強さで手伝いをしてゆく。


 レオカディオが手配した兵隊が村の支援に到着したのは4日後だったが、村人はみんな笑顔で、訪れた兵を労った。


 遠いところ悪かったなと振舞われる”すいとん汁”。


 支援に来たはずが、食事を提供される状況に()を白黒させる兵隊達。


 青年が振舞った”すいとん汁”は間違いなく村人の魂を満たした。



§



 ケィンリッドは手紙の最後にあるノアからのメッセージを目にする。


 そこには、ケンちゃんあの件宜しくねと書いてある。


(分かってるよ! 任せとけ!)


 王都を離れたノアは1つの提案をケィンリッドに託して旅に出た。


 ケィンリッドはノアの言葉を思い出す。


「貧しさは不幸せではありません。幸せな貧しさだってありますから。ですが、空腹は不幸です。最低限の食事の提供は必要な援助だと思います。ただ、目指すべきは自身の労働で確立する生活です」


 王都のシェア層の収入増強に手を出したノアは、次にスラム層の改善に着手した。


 孤児なら孤児院に入れるが、両親がいるとそこには入れない。


 スラム層で産まれた子供は、その未来を願い孤児院に捨てられる事例も多いそうだ。


 それでも数多くの家族が爪に火を灯すように肩を寄せ合い生活している。


「飲ませてもらいましたが、ほとんど塩気の無いスープとパンを半分に分け合っていました。満腹にはならないかもしれませんが、心は満たされる食事風景でした」


「でも、パンである必要は無いんです。小麦の方がずっと安く同じ量が手に入るんですから」


 そう言ったノアは、スラム層への炊き出しに”すいとん汁”の提供を開始する。


 ――そのレシピを配りながら。


 次の手は、人間界では雑草と呼ばれている、数々の食べられる野草。


 ウェン師より教えらえた数十種類にも及ぶ、生命力旺盛な野草を畑には向かない荒廃地へと植えた。


 ケィンリッドからみて、ミミズがのたくったよな、あまり旨そうに見えない野草だったが、その1つをノアはこう評していた。


「これスベリヒユみたいで、旨そうだな」


 ケィンリッドがギョっとしたのは言うまでも無い。


 野草を育てる荒廃地を王民事業体イ-ディセル管轄として、管理責任者にケィンリッド。


 実務作業をスラム層から採用する方式をとった。


 その野草はケィンリッドが管理する圃場の畝にも、あえて栽培され、除草の管理をスラム層に委託される形となる。


 スラム層が手に入れた労働と食べられる野草は、スラム層の食を少し豊かにした。


 次なるもう1手、王都の北にある岩塩鉱山。その地区は塩害が酷く作物が育たない。


 そこでノアはその場所でアイスプラントの栽培を開始した。


 名目は塩害地帯の将来的な耕作地化だ。


 アイスプラントは塩害地を好み。凍ったような表面を持ち、塩分を吸収して表皮に隔離する。


 つまり、塩気を感じる植物だ。


 王国の事業として栽培が開始された大量のアイスプラントは産業廃棄物として、処理をスラム層に委託された。


 塩を買うのにも窮していたスラム層は、これにより無料で塩味を手にする事になる。


 ――最後の1手。


「胃袋を制すものは世界を制す」


 そう言いながら、シュッ! シュッ! と左パンチを繰り返すノアを見て、ケィンリッドは、またアホが溢れ出したかと呆れている。


 王民事業体イ-ディセルの料理部門の卒業生の屋台に、野草を使った”すいとん汁”を販売させた。


 この事業体はネスリングスのセカンドブランドとして『ネスト』の屋号がつけられる。


 巣を意味するネストの代表は、ノアの壮行会にも出席していたネビルだ。

 

 ネビルはノアがネスリングスの外でトウモロコシを焼かせていた。


 雇った孤児院のチビと評した同い年の男性だ。


 もとは市民だったネビルの職業は焼方という、日本料理では4番手に当たるこの世界では初めての職業になった。


 ノアがレシピを書き、ネスリングスが指導した”すいとん汁”は王都で、その味により抵抗なく受け入れられる。


 こうして、野草は王都市民の生活に入り込み、家庭でも提供されるようになってゆく。


 そして、それはスラム層の収入の一助に変わる。


 スラム層の炊き出しのある日、1人の青年がノアに突っかかる。


「子供のくせに施して良い気分か?」


 ノアはニッコリ笑ってこう返した。


「兄さん。これは施しではなく前貸しです。きっちり全額返してもらいます。返済の仕方は――」


 そう言って、ノアは青年に(まじな)いをかける。


 その青年は、今ではせっせと返済すべくアイスプラントの王都への移動を買って出ていた。


 ノアの(まじな)いは直ぐに人にうつる。


 ケィンリッドはもちろん、ネスリングスの5人にもかかっている。


 ノアとお揃いの幸せな(まじな)いが6人の自慢だ。


 勝手にどこか明後日の方向に飛んで行ってしまいそうな友人を思いケィンリッドは笑う。


 ――あいつなら心配無いかと。



§



 少年はあの日の夜、青年に聞いた。


 どうしてそんなに手を貸してくれるのかと。


 青年はニッコリ微笑んで、ある(まじな)いを少年にかけた。


 その(まじな)いは今では村人全員にうつった。


 それ以降、生活に窮する者を村は受け入れ、手伝い、その噂が人を呼び込んだ。


 3年たった今、100名程だった村は250名に増えている。


 それを支えたのが、土地神様の奇跡と村人が呼ぶ畑だ。


 何を植えても、どんな天候でも変わることなく実りをもたらす。

 

 時折、光の粒子が飛び交い、ラー♪ ラー♪ と歌声が聞こえるという者がいる。


 少年は思い出す。


 ――青年の言葉を。


『無理のない範囲で良いんだよ』


 少年は感謝を込めて、トラクターに乗った青年の石像を彫った。


 出来上がったそれを小さな社に供える。場所は土地神様の奇跡と呼ばれる畑だ。


 今では神様の使いと呼ばれるようになった青年を人々は感謝を込めて拝む。


 ――幸せを噛みしめて。

 


 ――――リリン♪

 


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