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第9話  義憤

 少年をトラクターに乗せた俺は陽が沈む少し前に村に辿り着いた。


 ――そこは惨憺たる状況だ。


 スタンピードの襲来が昼時だったのも良くなかった。


 火元を消しても燻っていた火種が燃え広がったのだろう。


 踏み潰されずに残った家々にも火の手があがったらしく、もう既に炭へと変わった。


 村の食糧庫も燃えてしまった。収穫されたばかりで大量に備蓄されていた麦もだ。


 この光景は農家の営みを踏みにじるものだ。


 土に(すき)打ち、雨雲を乞い、1年に一度の収穫に感謝する。


 人間の生命に直結する作物への賛美と共にあるのが農業だ。


 ――俺は目の前の光景に怒りが止めどなく溢れる。


 これは、このスタンピードは人々が提供した労働と農業への冒涜以外の何者でもない。


 ――1年分の対価を簡単に無に帰っしやがって。


 農業をしていれば理不尽な事はいくらでもある。


 台風に薙ぎ倒された稲穂。


 河川の氾濫で収穫できなくなった果実。


 投資した施設が一晩で破壊されることもあるだろう。


 その度に農家は歯を食いしばって次の収穫を目指すんだ。 


 お天道様と喧嘩しても始まらない。天災なら悔しいが諦めもつく。


 だがこれは何だっ!!


 完全な人災じゃねぇかっ!


 しかもヒューマンエラーでも何でも無い。意図的に操作された理不尽なテロ行為だ。


 こんな暴挙を許せるか?


 こんなクソみたいなことを認められるか?


 ――否だ。俺は絶対に認めない。


 許容も赦すことも俺の職業を裏切る行為だ。


 農家が作物を燃やされて憤らずいつ怒るんだよ。


 作物とは命の営みを繋げるエネルギーだ。


 その価値は命の欠片と同等だぞ。


 食うもんが無ければ飢えて死ぬし、飢える恐怖を俺は嫌という程知っている。


 ――つまり、この計画を立てた奴は(たま)取りに来たって事だろ。


 この落とし前はきっちりと取ってやれ。


 ――お前自身の手で。


 ぬるい考えを改めろっ! 気合を入れ直せっ!


 俺の前に青い顔色で呆然と立ち竦む人々がいる。


 ――ちくしょう!


 何が危ないから時速40キロで安全運転で行こうだ。


 ライトが無いから、進むのは日暮れ迄でいいかだ。


 お前が甘いこと考えるからこんな事になったんだ。



 ――よく見ろっ! 俺なら変えられたかもしれない未来だ。



 ――――いや。冷静になれ。


 お前はそんな大した奴じゃない。


 ――――気負いすぎるな。


 安全マージンは多めに取ったかもしれないが、時間の限り移動した。


 もう一度同じ状況でも、きっと同じ判断をしただろう。


 俺が悪いんじゃない。


 この状況を引き起こした奴が悪いんだ。


 ――事態の本質を見失うな。


 距離と時間的にこのスタンピードは避けられない必然だった。


 始めからそう予想していただろう?


 お前らしくいつものように前向きに悲劇を皮肉に笑い飛ばせ。


 少なくともこの村で亡くなった人はいないという。


 それなら今、絶望の淵にいる村人達が命あっての物種だと笑い飛ばせる未来に繋げろ。


 ――――その為の最善手。




「はい。はぁ~い! 沢山ありますから順番に並んで下さぁ~い」


 場違いな声で俺はなるべく明るく元気よく呼び込みをする。


 温かな湯気を共に良い香りが辺りに漂う。


 ネスリングスに作ってもらってアイテムボックスに入れておいた大鍋いっぱいのすいとんだな。


 練習用に沢山作ったから、いくつも並べて用意してあるんだ。即席の炊き出しだね。


 そして村人全員の食欲が満たせるように蒸かしたジャガイモも用意する。


 蒸し器の蓋を開けると真っ白な蒸気が立ち昇った。


 昼前にスタンピードの報せを受けた100名ほどの村人は朝から何も食べていないという。


 冷えた肝も、恐怖も絶望も不安も一気には消せない。


 だが、温かいスープと、腹にたまるすいとんとジャガイモで食欲は満たす事が出来る。


 胃が満たされ体の中から温められると不思議と前向きになれるもんなんだ。


 食欲は生命の根源に関する欲求だからだろうね。


 食が満たされれば、命が力強く輝く。


 ――俺はあの日その事を良く理解した。


 恩人から涙が滲む程心に沁みた一杯を貰ったときだ。


 腹がいっぱいのときに怒る奴はいない。


 ――腹がいっぱいのときに泣ける奴も又いないんだ。


 ありがとうと言いながら、美味しいと笑顔になる人。

 

 泣きながら食べる人。


 座り込んでこちらに来ない人には、手渡して食べるまで側で寄り添う。


 腹が減った辛さは誰よりも分かってるつもりだからね。


 ――俺はあの時、文字通り死ぬほど腹が減っていたから。


 全員に食事が行き渡ったら、俺は頼りになるレオさんに手紙を書く。


 この村の名前と被害状況。そして支援のお願いだ。


 モルト手紙配達員は、制帽風のキャスケット帽と大きなカバンを下げて絶賛待機中だ。


 ――頼んだぞ! モルト!


 ラー♪ と敬礼してバイバイをしながらモルトが消えてゆく。


 俺はバイバイを返してモルトを見送り、フッと息を吐いた。


 よし! ――次は村人の体調の管理だ。


 この村は明日から大変になる。残念だが俺にはやる事があるから手伝えない。


 村人にはこの困難に万全で対処してもらいたい。


 逃げる途中で転んで擦りむいたとかいう軽いのから、腰痛や骨折なども片っ端から治していく。


 俺の治癒魔法はヘナチョコヒールしかないが、俺のお師匠さんは世界最高峰の調合師でもあるウェン師だからね。

 

 ――俺が出来る万全を提供する。


 次だ!


 見に行くと村の畑は踏み荒らされて、育てていた野菜も踏み潰されていた。


 ――ふざけやがって!!


 いつものように魔法を使って2haを耕す。


 1haには畝を立てて麦を撒く、種は魔法で飛ばすから手間は無い。


 麦は日本で一般的なドリル撒きだ。


 ドリル撒きとは、20~30cmの細畝を立てて播種面積を増やす事により、収量を確保する方法だ。


 この手法により畝間が狭くなるが、全面播種より種の量を減らせて効率的だ。


 アイテムボックスから出した種麦が圃場全体に広がり縦列ごとに地面に突き刺さる。


 もう1haにはトウモロコシを撒いた。


 もう慣れたもんだよ。


 目をつぶっていてもやれる位さ。


 いつもの通り通常の畝を立てて、2条撒きだ。株間が35cmで畝間が45cmの千鳥植えで仕立てる。


 ここに撒いたのは、地球の世界三大穀物の内の2つだ。


 本気の30倍速栽培で、麦なら8日~9日。


 トウモロコシに至っては3日で収穫だぞ。


 前に真祖のキュウリが冬に生ったとい言ったが、おかしいのは真祖じゃなくて俺の畑だった。


 夏でも白菜が育ち、冬でもピーマンが生る。


 アグロノミストを標榜した俺だが、どうやらまともな農業は営めないらしい。


 モルトが三角帽にサロペット風ショートパンツのいつもの格好で戻って来た。


 ラー♪ ラー♪ と言いながら意思を伝えてくれる。


 なになに? レオさんが支援は任せろって言ってたって? そうか良かったよ。


 え? ――モルトがこの畑の管理も任せてって言っている。

 

 いつもすまんな。モルト。


 ――頼りにしている。


 良し! 次!


 明日の分のスープを仕込む、シチューにしようかと思ったが、大鍋3つ分は必要だ。


 焦げ付きやすいので、普通のスープにしよう。


 その代わり具沢山だ。


 明日の再加熱分を考慮して、サッと茹でて火を落とす。


 俺が下準備をしていると、手伝いを買って出てくれる人がいた。


 寝る場所も無いのに前向きになれる人間の強さを感じる。


 そして! ──次!


 日本のテントと寝袋を錬金召喚で呼び出す。


 それを用意しながら、立て方を説明した。


 何とか世帯数分は用意して、寝袋も全員分賄えた。


 これで、雨が降っても大丈夫だろう。


 衣食住足りてというが、この世界の人達は衣食住足らずして礼節を知っている気がする。


 神が身近にいるせいか、天罰を受けて苦しい時期を助け合いながら生き延びた為かは分からない。


 少なくとも地球人よりはよっぽど善良だ。


 そして同じ地球人の俺とも意識が違うってことだね。


 ――そして最後!


 トウモロコシが収穫できる3日後までの食料だ。


 焼けなかった小麦は村中のをかき集めたがその量は心もとない。


 何しろ必要なのは100人分だ。


 気が狂いそうな程に飢えた俺の目の前で同じ思いをする人間なんて許容できない。


 味はともかく少なくとも満腹でいてもらわないとね。


 それが農家を授かった俺の役目でしょ?


 だってさ野菜で食を支えるのが農家の本懐ってもんだ。


 俺のじーさまとばーさまに誓って全力を尽くすぞ。




 ――――いでよっ!




 ――――500kgの種ジャガイモ。


 ……それ種って言ってただろだって?


 食えるもんは何だって食べたらいいだろ?


 ――今は緊急事態だ。

 

 俺は死の草原の毒草だって食べてみたんだぜ?


 真っ黒な布のシートをかけて、日に当てないように説明しておく。


 この村は3日凌げば、トウモロコシも実る。 


 支援がいつ届くかは分からないが、食べる物があれば人は生きていける。


 何しろ農家は生命の糧である野菜を生み出す職業だ。 


 明日を生きられる糧があることはきっと村人の希望になる。

 

 希望とは過去には存在しない。


 ――未来そのものだ。


 準備を終えたのは夜も遅い時間になっていた。


 それを終えた俺はタープテントでようやく眠りについた。



§



 その男は仲間たちと合流する。


「いいか、ノアという小僧は姿を隠せるが、気配までは消せない。冷静に囲んでしっかりと殺せ。スタンピードを起こせば、テイムしている風颶に対処させる筈だ」


「――信じられない事に2匹の風颶をテイムしているようだ。複数のスタンピードを発生させて、風颶を分散させろ。風颶が離れた(とき)が殺すチャンスだ」


 頷く周りの仲間達。


「こちらの計画も知られているようだ。それなら、それを利用して罠に嵌めるぞ。俺たちの長年の計画を台無しにした奴だ。しっかりと落とし前をつけるぞ」


 そう言って男は不敵にニヤリと笑った。





 ――――翌朝


 俺は薄暗い朝靄の中で出発する。


 誰だ? ケンちゃんに危ないから時速40キロ以上出すなって言ってたのは?


 何処のバカだ。


 折角だから最大車速を搭載させたいって言ってたのは?


 クラッチ機構も未開発で、トルクの回転数が上がると少しづつ下げないと止まらない。制御不能の我儘ボディ。


 ……制動距離は1キロで止まれればいいな。。。


 何たって持ち主が阿保なんだから時速100キロ出せるなら、使っちまうに決まってるだろう! 馬鹿野郎!


 ――俺は覚悟を決めている。


 さっさとあいつらに追いつくぞ。


 この世界最速の乗り物(トラクター)で!

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