第28話 ~終章~ 種は芽吹く
レオカディオがノアからあの事を聞かれたのは何時だったか考えていた。
そしてノアがネスリングスの5人組に会った位の時だったと思い至る。
「レオさん王国の人口の推移と麦と他の野菜の生産量の推移って分かりますか?」
パオラが聞かれたのも同じくらいの時期だったと記憶していた。
「パオラさん教会って本当に個人の職業を把握していないんですかね? 名簿とか作ったり、職業の割合を数字化したりとか」
目的を聞いても笑ってはぐらかすばかりで要領を得ない。
レオカディオは資料を用意し、パオラは地位を利用して教会に確認したが、職業の秘匿を旨とする教会には名簿や統計はなかった。
レオカディオが用意した資料をまじまじと穴が開く程ノアが見ている。
レオカディオも、たまにに突拍子もない事をする弟分が何を始めるのか興味深げに眺めていた。
「そうですか。職業の統計は分かりませんか。ふぅ」
「ノアくん何がしたいの?」
「いえ神のいる世界なら職業の分布で未来が予測出来ないかと思ったんです」
「─────予測?」
「ええ。予測です。例えば飢饉の前に農家が増えるとか。争いの前に兵士が増えるとか。逆でも良いんです、絶えず一定の割合なら神はそこに介入しない事が分かります」
「へぇ。不思議な事考えるのね」
「そうですか? ヒントは沢山手に入れたいですから。今。この国が一番怖いのは干ばつなどの天候不良です。資料を見ましたが、あと5年ほどで王国内の麦では国民を賄えなくなります。その時どうなるのでしょうか」
「陛下は国民を見捨てないわ。国庫を開いて食を補うでしょう」
「それはいつまで続けられるのでしょう。輸入してでも補うのでしょうか? ですが国内の食料を他国に依存した段階で外交的立場は紙より薄くなりますよ。それに問題の根本はそこではありません」
「なにか対策でもあるの?」パオラには珍しく皮肉気に聞いた。
王の苦労を身近に見ていた自身の身内びいきの為だが。
「まだ、5年あると考えるべきでしょう。5年後には手遅れになっていたかもしれないことを5年も早く始められます」
「それに王国が国民の延命をしてくれるのならその時間もプラスに働く筈です。幸い王国は富。蓄えにまだ余裕がありそうです。そして中間層も日々の生活を見る限り余裕があります」
「苦労しているのはシェアを強要されている層です。便宜的にシェア層と呼びましょう。この層は例えるなら本来1人で100貰う報酬を3人で分け合っている状況です」
「職がすでに飽和しているのに、これからも毎年ほぼ同人数が成人を迎えます。このまま5年を待つと加速度的にスラム層の割合が増えます。最後は飢饉か暴動かろくな結果しか想像出来ません」
「こんなになるまで、なぜ誰も対策をしなかったのでしょうか。人口増加は内需とのバランスを取らないと。今の王様は善王ですが、賢王ではありませんね」
ノアは小さくゲームならリセット押してるねと呟いた。
パオラはノアを睨むが、ノアは上の空で気付いていない。
「前の王の失策を陛下は巻き返そうと政策をいくつも打っている。それにより助かっている国民がいるのも事実だ。陛下への不敬は控えてくれ」
レオカディオがフォローする。
実際に汚職や職権乱用をする貴族や重要ポストの役職者達の処分や整理に手がかかりすぎて、厚生に手が回っていない。
「あっ! すみません! 思わず心の声がでちゃいました」
恐縮したように謝るノア。
「それでなんですが、今度上部冷凍式冷蔵庫を発売予定なんですけど。その氷を入れる職業を国の認定者に出来ないか相談なんです」
「どういう事だ」
レオカディオが聞き返す。
ノアは用意した試算表を2人に見せる。
「他の街は分かりませんが、王国の中間層は比較的余裕があります。今度売り出す上部冷凍式冷蔵庫は上に氷を貯めて冷やすタイプなのは説明しましたよね?」
「1回の料金を500ベルとしておよそ一日で2回冷凍が必要です。夏が多くなり冬は0とした平均の試算です。店でも試しましたが一度冷たい水を飲むと贅沢になれた口はそれを求めるようになります」
「余裕のある中間層はその贅沢に1日1,000ベルを惜しみません。少なくとも500ベルは抵抗なく払うでしょう」
「1日1,000ベルと説明するのではなく1回500ベルを複数回というのが肝です。500ベルは子供のお駄賃程度ですから。予約を受けた人たちのアンケートでも同様の結果を受け取っています」
ノアはそう矢継ぎ早に説明した。
「それで、……これか?」
レオカディオは試算表を指差す。
「勿論。最大値ですが、王都の15万人のうち中間層は20%の3万人。世帯数で6,000世帯です。その世帯が1日に1,000ベル支払うと月に1億8千ベルが発生します。この需要をシェア層への所得に回す為に国の認定者化です」
「そんなに上手くいくのかな?」
「分かりません。ですが、今はなんでも試さなければいけないほど追い込まれていると思います」
「給料を最低の10万ベルとしても1,800人の新たな雇用が生まれます。それが半分になったとしても900人が新たな収入を得られます。検討の価値はありませんか?」
こうして、氷売りは国の認定者が勤め、収入が偏らないように等配分される仕組みが出来た。
上部凍結式冷蔵庫は王都のみならず王国を席捲した。
一度家計に組み込まれた冷凍の費用は抵抗なく受け入れられ、冷蔵庫は家庭に無くてはならないものとなった。
同時に氷売りの職業も王国中に普及してゆく。
次にノアが手掛けたのは、数年後に足らなくなる見込みの食料だ。
その為にどうしてもゴーレムトラクターが必要だった。誰でも畑を耕せるようにする為に。
トラクターが出来ればすぐに運用の仕組みを作る。
場面が変わる様にある時々のノアの言葉だけが切り取られる。
「第三セクターじゃなかった。王国に資金提供してもらい、民間が動く小回りの利く機関を作りたいんです。目的はシェア層の自立支援です」
「1つは農業部門。ケンちゃんにガンガン耕してもらって耕作面積を広げて、そこを運営する人間を雇い入れ将来的にはその畑を任す事を目的とします。食料の生産力が上がれば、直ぐに国力に直結します」
「今。この国は職の取り合いになり、職業選択の自由ではなく。就ける職に縋った状態です。農家が店員をやり、料理人が農業をする。この不健全な状態を元に戻さなければなりません」
「まず農家を農場へ。そして希望する市民も受け入れて職業が農家になるのを援助しましょう」
これは司書長の賛同を得られて、エルフ達から資金提供があった。
その話を聞いた王国からも資金提供を受けて、この国で初めての王民一体の機関が出来上がった。
合わせて、王より農家は農業に従事することを推奨支援するという号令が出された。
次はトラクターの増産体制を組むためにメイリンに”紋”の指導員をさせる。
王民一体の機関に組み込み、シェア層から錬金術師と希望する市民を集めて早速その試みは開始された。
同じように鍛冶師の指導はガンソの弟子が就いた。
さらに教育の後は受け皿だと矢継ぎ早にノアはメイリン&ガンソ社を設立させる。
そして教育の終わった錬金術師と鍛冶師にトラクターの製造を開始させていた。
――――打つ手は尽きない。
更なる錬金術師の受け皿として化学物質工場を計画している。
メインの品目は肥料だ。
化学物質の錬金召喚は錬金術師の基本技能だ。
ケィンリッドが圃場で実験し試験結果をもとに王国に打診中である。
料理人に関してはネスリングスの5人が持ち回りで受け持った。
こちらもシェア層から料理人と市民を募って指導を開始した。
ノアは料理人の受け皿として、王立のフードコートを提案している。
この世界にはない新機軸の店だ。
だが、この案の採用は見送られた。
代案としてフランチャイズ屋台を計画している。
レンタル料という形で毎月料金を貰い。
屋台代が払い終わったら、そのまま払い下げる形だ。
料理人の自立が目的でレンタル料で稼ぐ事をしない非営利な計画だ。
王国は一番多い”市民”という職業をどう支援するかが最大の問題だったのだ。
ノアが会った数学者はメイリン&ガンソ社で会計を担当している。
王都のこの潮流は少しずつ王国に波及し、トラクターとケィンリッドが育てた野菜と共に王国の食料事情を改善していく。
ノアは言う。
自分は少し口を出しただけだと。
まとめ上げたパオラさんとレオさんが凄いのだと。
そう言われたパオラとレオカディオは苦笑いを受かべる。
§
――――ノアと別れて数日後。
ノアの最後の置き土産を見ながらパオラとレオカディオは話をする。
パオラが口を開く。
「あたしはノアくんと同じものを見て、同じことを聞いていたのに、何にも見えていなかった。職業の選択が自由だと凝り固まった頭で、職業を聞くのはタブーだという常識に縛られて、良い経験をしたわ」
「私もだ。先王の悪政を非難するばかりで改善策も出さなかった自分に腹が立つ。ノアの置いて行った土産も有効利用しないとな」
そこには、今後のいくつかの方策が書かれていた。
水田と麦の二毛作による収穫の増強。
王国は他国に比べ油が安価な為、植物油の産油国として外貨獲得の提案。
コーン油、大豆油、菜種油、米油、ひまわり油、綿実油、オリーブ油の各搾油方法と気候風土に合わせて地域ごとの栽培の素案。
胡椒から黒コショウ、白コショウの作成方法と戦略的外貨獲得物資の可能性の示唆。
ベーキングパウダーの王家専売による国内資金の獲得と外貨獲得。
これらの作物は既にケィンリッドが王領の圃場で育てており、ベーキングパウダーの作成はリラが引き継いでいる。
王家専売が決定したベーキングパウダーの生産の為に、リラは宮廷錬金術師へ取り立てられた。
「ノアが一押ししていたのが黒コショウか、一度使うと風味と辛味で癖になるのは事実だが収穫は数年先か……」
「あら、ベーキングパウダーも凄いわよ。クローエちゃんのクッキー。サックサクで美味しいんだから」
2人は一度聞いた事がある。
王都を風の様に駆け抜けたノアに、何故それ程までに王都民を助けようとするのかと。
ノアは爽やかに笑って言った。
「わたしには”無理のない範囲で、可能な限り困っている隣人を助ける”という恩返しの呪いがかかっているんです」
「あら! 素敵なお呪いね!」
「ええ。シェリルさんにかけてもらったジョシュアさんの呪いですから」
――――ノアは嬉しそうに笑った。
*この物語はフィクションです。
空想のものであり、現実社会とは一切関係がありません。
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