第4話 対話努力
俺が言葉が通じない。あるいは日本語でない事を想定していなかったと言えば嘘になる。
ノーヒントで二週間も歩き続けされるような奴が絡んでるんだ。
ただし、謎パワーで理解できるようになっているとかはさすがに期待していた。
何か意味が分かるみたいな?
同時通訳の和訳みたいな?
いくらなんでも、これで、言葉まで通じないんじゃ人生詰んじゃうよ?
ねぇ? ――――ポンコツさん?
話しかけて来た相手を無視もできないので、こちらも話かける。
言葉が通じないことを相互理解させる為だ。
俺は、十四日ぶりに口を開く。
……声でっかな?
「夜分遅くすみません。怪しい者ではありません」
緊張にザラつく声だ。
先ほど俺に声をかけて来た相手は、声の様子から男性と思われる。
男性から再度声を掛けられる。
「ξ〇▽☆□Ψ§ο △▽☆§〇 ξΨΔΘ☆□▽ο?」
俺もまた日本語で話しかける。
「お互い言葉が通じませんね。私は十四日程彷徨い。その間なにも食べていません。何か食べるものか、どちらに行けば街があるか教えていただけると助かります」
男性が一歩踏み出す。
「ゴハン タベテ ナイ? ハラ ヘッタカ?」
――――ふぁっあぁっ!
だ、男性が日本語を!!
たまらず、俺は答えた。
「腹が減っています。――死にそうです」
長い沈黙の後、男性は声を発した。
「……キケン ナイナ」
男性が確認するように声をかける。
俺はすぐさま答える。
「はい。キケンしません」
男性はついて来いとばかりに、腕を振ると焚火のほうへ歩いて行く。
俺は恐る恐る後をついて歩く。
光を背にしていて見えなかったが、男性は剣を腰に携えており、先ほどまで手を掛けていたようだ。
ぶるりと震え、背中を冷汗が流れる。
一歩間違えれば、危ない橋から落ちていた。
今後は、節度と誠意をもって、対応しよう。そうしよう。
焚火の前に案内されると一人が寝られる程度の大きさのタープテントが張られており、女性が腰を下ろしていた。
男性は、女性と小声で打ち合わせをすると、火にくべてある鍋からスープをお椀によそい、立っている俺にお椀を差し出した。
「スワレ クエ エンリョ ナイ」
と言って笑いかけた。
「ありがとうございます。いただきます」
俺は、何度かうなずき、いいですか? いいですか? と確認しスープをすくって口に含んだ。
こうして俺は、十四日ぶりに食事にありつけた。
俺はこの日の恩を一生忘れることはないだろう。
暖かいスープが胃に広がる感覚は、まさに生き返る以外に表現ができない。
――――少し目頭が熱くなった。
パンを分けてもらい、よくふやかしてから、ゆっくり食べるよう指示される。
ちぢんだ胃は、パンが半分無くなるぐらいで満腹を感じた。
残ったパンを返そうとしたが、笑ってとっておけと言われた。
まぁ。食べかけだしね。
その後は、事情聴取というより、聞き取りかな?
俺は、記憶も名前も分からない事と、急に草原で意識を取り戻した事、十四日間歩き続けたことを伝えた。
男性の名前は、ジョシュア。
女性の名前が、シェリル。
発音があっていれば、そんな感じの音感だ。
二十代前半にみえる、美男美女の二人組で旅の途中らしい。
なんで日本語が通じたのか?
それは、ジョシュアさんが若い頃、助けられたホブゴブリンから、ゴブリン語を教わり、日常会話程度できるそうだ。
そのゴブリン語が、日本語とコミュニケーション可能なのだ。
そして、驚いたことに、シェリルさんは日本語を流暢に話せる。
こちらでは、神聖語という古代の言葉と日本語が同じらしい。
ジョシュアさんもゴブリン語が古代の神聖語だとは知らなかったようで、シェリルさんが話せることに驚いていた。
遠くから見て焚火だと思ったものは、折り畳みのスタンドがついたコンロで、魔道具と言うらしい。
この辺りは、低木すら生えていないからな。
枝を拾っての焚火が出来ない。
原理は分からないが、今もゴウゴウと燃えており、明かり代わりになっている。
ほとんどの会話は、シェリルさんが対応して、ジョシュアさんは、相槌程度だ。
そこで、こちらが入手した情報は、この草原が死の草原と呼ばれる。
虫ですら生息しない場所らしい。
確かに、言われてみれば、この草原で虫を見ていない。
毒草だから虫も食えないのかなとは思っていた。
俺が目覚めた場所に後方に広がる森は魔の樹海とよばれ、非常に危険な生物が多く存在しているらしい。
……行かなくて本当によかった。過去の俺、グッジョブッ!
そして、この草原には当然ながら、人は住んでいない。
つまり、俺は非常に困難な場所から生還したということだ。
慈しむような表情で、シェリルさんが口を開いた。
「大変でしたね。死の草原で十四日間も、よく無事にここまでたどり着きました。まだ、このあたりに人の住む場所はありませんが、あなたの場合は、村に行くよりも大きな街に行った方が良いかもしれません。なぜならば、共通語を話せないからです。大きな街には神聖語の研究機関があります。研究機関の司書を手伝いながら、衣食住を確保し、共通語を覚えてはいかがでしょうか?」
「仮に、大きな街に行って、そんなに簡単に雇ってもらえるでしょうか?」
シェリルさんがにっこり微笑む。安心させるように。
「神聖語の読み書き出来る者は貴重ですから、問題はないと思います。神聖語は読めますよね?」
確認するよう小首をかしげる。
はっ! かわいい。
俺は、首を振る。
「読めるかどうかわかりません。神聖語はどのような文字ですか?」
シェリルさんは、人差し指を頬にあて、考えこむと、俺の方へ歩み寄り、近くに膝をついた。
そして、俺の右手をとりこう言った。
「手を開いて下さい」
言われた通り右手をひらくと、手のひらに”ア・ン・シ・ン・シ・テ”とそっと指でなぞった。
カ、カタカナ? っていうか、ゾクゾクします。
――――癖になりそうなほうで。
本能的な方の俺を押しとどめ、思考的な方の俺はすぐに確認する。
「それは、五十の文字からなる言葉ですか?」
「はい! その通りです」
そう言って、シェリルさんは、花が綻ぶように笑った。
うぅ~ん! 惚れてまうやろがいっ!