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第23話-1  動地Ⅸ

 モルトと激しく戯れた日。


 そう! ――カロにスカされた。後の話だ。


 朝のミーティングでケンちゃんの農場管理者の許可を貰った。


 まぁ。まだ本人には言っていないんだが、今は俺が忙しいのでその内で良いだろう。


 気のいい兄ちゃんことケンちゃんだから赤子の手をひねるより簡単に頷かせる事が出来るはずだ。


 万が一。断ってきても大丈夫。良い事を思い付いた。


 パオラさんの事を呼ぶとき緊張してパオパオラと呼ぶことで有名なケンちゃんだ。

 

 パオラさんから未使用のハンカチを貰ってチラつかせればどんな要求でも通るだろう。


 いや。――待て。俺が買ったハンカチの方が良いか。


 花の匂いでも付けとけば、ちょろいケンちゃんなら大丈夫だろう。


 その方がパオラさんにバレても俺に被害が出ないしな。


 男なんて、そんな簡単に転がる悲しくて可愛い生き物だ。

 

 ――知ってるか?


 雷に打たれて死亡する人間の八割が男性だ。


 それを知った俺が思った事は、あ~ぁ。二割も女性が巻き込まれたのかだ。


 実際には偶然、雷に打たれた女性もいるだろう。


 だが、ほとんどの女性は雷が鳴れば安全な屋内に入るはずだ。


 ――――男?


 気にせず見に行く! ――むしろワクワクしながら!


 まぁ、全員とは言わないが、その結果が完全に数字に表れているだろ?


 だからこれは俺の目に浮かぶ勝手な妄想。


 高校生ぐらいの男女のペア。


 瞬く様に暗雲を走る稲妻、雷鳴が轟くなか男が言う。


「大丈夫だって雷が近くに落ちたのを見た事が無いし、急いで走ってカラオケで雨宿りしようよ」


 バックをギュっと胸に抱き不安そうな女性。


「雷が怖いし。危ないよ。ほら! また光った!」


 笑顔で重ねて誘う男。


「大丈夫だよ! ほら早く行くよ!」


 バックを雨よけに走り出す二人。


 男に巻き込まれた女性。


 ――――そして……。


 ――――ド───ン。


 男は馬鹿で悲しい生き物なんだ。


 大丈夫を連発する男を信用してはいけない。絶対に!


 その大丈夫は勝手な解釈と勢いで押し切る為に放たれている根拠のない『大丈夫』だからだ。


 俺の目の前にいる。色黒こげ茶髪のアルバロの様に。


 昨日の午前中に初顔合わせをした孤児院の五人。


 リーダー格っぽいアルバロが言う。


「ノア。任せとけ。俺達五人が居れば大丈夫だ。小麦を捏ねてうどんって言うのを作れば良いんだろ楽勝、楽勝。絶対繁盛させてやる。大丈夫。大丈夫」


 青黒髪のパン職人クローエが口を出す。


「ちょっと! アル! オーナーに失礼よ! もっと丁寧に話して! それにまだオーナーの説明の途中でしょう」


 俺はそれを受けて声を上げる。


「俺の事は呼び捨てでも何でも、好きに呼んでくれ。この店はフラットな職場を目指す。経営者だからって敬う必要もない。ただし、俺が経営決断した事には従ってもらいたい」


「もちろん反論も自由だ。さっきの話の続きだけど。うどんとパスタの麺のメイン担当はアルバロとクレトの男性陣二人にお願いする。エステラとビビアナは出汁や具材の下準備をお願いしたい。クローエはピザの担当だ」


 思い思いの返答が帰って来る。


 パオラさんが小声で囁いている。


「ノアくんが『俺』だって! 同年代の子達がいるから背伸びしちゃって。可愛いんだから」


 聞こえてますよ。パオラさん。俺の一人称はずっと俺ですが。何か?  


 咳払いをして続ける。


「担当分けはしたけれど。担当以外の仕事も全員が全部出来るようになってほしい。最終的には交代制の週休二日を実施したい。記念日や年末年始以外は休まず営業する店舗を目指すつもりだ」

 

 俺は安心安全を担保するためにGAP(ギャップ)の理念を採用しているからね。グローバルのほうだよ!


 GAPとは、良い農業のやり方を意味する専門用語だ。有機野菜や有機JASは体に良いイメージがあるかもしれないが、野菜の安心安全を保障していない。


 野菜の生産から出荷まで、安心と安全に気を配る仕組みがGAPだ。グローバルGAPは世界へ出荷可能な管理基準なんだぜ。


 良くある例え話がある。野菜の出荷所にハエが紛れ込んだ。農家は当たり前のようにスプレー殺虫剤をまいた。その下には野菜がある。


 その農家に尋ねる。食事中の食卓でハエが飛んでいたらスプレー殺虫剤をまくか?


 バカか? 食べ物があるのにスプレーする訳無いだろ? ……本当にあった話だ。


 農家の意識を高め、消費者へ安心で安全な野菜を届けるべく生まれたのがGAPだ。数十のチェック項目があり客観的に管理をする。


 その項目の中には優先度により、必ず実施しなければならない達成目標と改善を目的とする努力目標がある。


 俺の感覚では、従業員の福利厚生は、努力目標ではなく達成目標扱いだ。


 大体、この世界の人間は働き過ぎなんだよな。


 農家も休みの無い仕事だがな。


 今日の午前中に司書長の厨房でコーンポタージュ(仮)は仕上げた。


 甘くて食べ応えのある、茹で上がったトウモロコシへかぶりつくと、また手順が巻き戻されて、レシピが降りてきた。


 一流選手がゾーンに入ったらこんな感じなのかな?


 決め手は市場で誘われるように買った名も知らぬ野菜。丸まってはいないが玉ねぎと名付けた。そんな感じの味だった。


 後は借りた厨房の冷蔵庫の中にあった。何とかという鳥で取った出汁を誘われるままに口にする。


 それを加えることで味に深みが足されるイメージがわいてくる。


 レシピを書き上げる途中でアラートが鳴った気がして確認すると、この場には無い豆乳と書かれていた。


 それを元に作ったコンポタ(仮)には日本の市販の豆乳を入れて味を調え味見する。


 それはもう! 日本でも通用する美味しさだったよ。


 パオラさん? 予想通り三杯飲んだんだぜ。


 現地産にこだわりたい俺は、慌てて畑に大豆、品種はふくゆたかを撒いた。


 コク深くまろやかながら豆乳の豆臭さがない品種だ。きな粉にしても旨いんだぜ。


 三粒撒きで三十倍で早期育成をかける。


 鳥害対策の為ツンツクに宜しくねと声をかけて畑を後にした。


 畑と厨房を行ったり来たりになったが、ピザのレシピも合わせて書き上げた。


 トマトも促成をかけていたから今朝のうちに収穫出来ていたんだ。


 グルタミン酸がふつうのトマトの三倍あるイタリア由来の加熱加工に適したシシリアンルージュだ。


 生地は厨房のパン生地を貰って、さっき出汁用に茹でた鳥に味をつけて切ってのせた。


 結果――パンピザみたいなのが出来た。


 こちらは生地から作っていないせいか何も降りてこなかったけどね。


 まぁ。旨かったよ。


 そうそう! 昨日メイリンさんの魔道具店に顔を出すと。


 ミキサー(改)とロースター。おまけにピザ釜が既に出来ていた。


 ミキサーは軽鉄と言われるジュラルミンみないな素材に変わり。


 四角いミキシングする容器の中央四面にガラスがはめ込まれていて中が確認できるようになっていた。


 俺の要望の通り分解洗浄が可能だ。


 まぁ。メイリンさんというよりもガンソさんの工房が頑張ったって感じなんだろうけど。


 値段が銀貨三枚と軽鉄分値上がりしてたね。


 髭おっさんの紹介でメイリンさんの魔道具店に行ってるけど。


 商売人としてはちょっと微妙だな。


 なにせ見積り出せって言ってるのに商品出してくるからね。


 年季の入ったレンガ作りの建物と重厚なドアなのに、風が吹けば揺れるほどのペラッペラの明るい色の木の看板。


 看板だけ見れば可愛いらしく、踊るような文字で書かれていて素敵なカフェを思わせる。


 常識を疑えでお馴染みの俺ですら、本当の意味でメイリンさんの常識を疑った。


 あの看板を使いたいなら、どう考えても建物と扉に淡い色を塗りポップな仕上がりにした方がバランスが良い。


 結果。何屋か分からない不思議なお店に仕上がっている。


 あの店は俺とパオラさん以外に客を見た事もないし、そのおかげで魔道具の出来上がりが早いのかもな。


 支払いをするときに、メイリンさんから今日もこれで生き延びられる的な悲壮感を一瞬感じるんだ。

 

 嫌なら他の店に行けばって?


 他の店に行くなんてもったいない。


 メイリンさんには、らっしゃい! に始まり何か人生を生きてるって事を感じさせる愛玩性があるんだぜ。


 俺の大好きなケンちゃんにも通じるものだな。


 せっかくだし出来立ての魔道具も使ってみよう。


「クローエ。パン生地を作れるか? 材料はここに用意してある」


「はい。オーナー。パン生地なら作れます」色白のクローエが答える。


「アルバロとクレトはうどんを作ってくれ。はい。これがレシピだ。10ボーメの塩水を作って中力粉を量ってくれ」


 塩水選種計と秤を渡し数字の見方を教える。


「おう! 分かったぜ」


 とは色黒こげ茶髪のアルバロ。


「うん。ノア君やってみる」


 とは色白のっぽのクレトが答えてくれた。


「エステラは出汁を作ってくれこれがレシピだ」


「分かった。……師匠」


 そう答えるのは、そばかすのエステラ。


「ん? ――――師匠?」


「料理を教えてくれる人。――それは師匠」


 肩くらいまでの短い金髪のエステラはそう言うと恥ずかしそうに視線を反らした。


 白い肌の可愛らしいそばかすの頬が少し赤みを帯びている。


 まぁ。好きに呼んでって言ったのは俺だし良いか。


「ビビアナはミートソースを作ってほしい」


 そう言ってレシピを渡す。


「はーい。ん-? でもノアちゃん。その赤いの本当に食べられるの?」


 赤髪のポニーテールを揺らしながら聞いてくる。


「もちろん食べられるよ。むしろ一度食べれば病みつきになるよ。ね! パオラさん?」


 グルタミン酸は本能に働きかける味だ。


「初めはびっくりする色だけど。とっても美味しいから安心して」


 そう言ってニッコリ笑うパオラさん。


 エステラが聞いてくる。


「師匠。このカタクチイワシってなに?」


「――――これの事だよ」


 俺はその食材を指差す。


「っ! ……? それはニーナじゃ?」


 訝し気な顔をするエステラ。


 知らん! 現地の食材名まで覚えられるか!


「これが片口イワシ、これがウルメ、これがサバブシ、これがイリコ、これが昆布草、これが玉ねぎだ! レシピは書き換えても良いが、俺はその食材をそう呼び続ける!」


 ――――断固拒否だ。


 トリップしてレシピを書く時に勝手に名前が宛がわれる。皆には悪いが俺に合わせて貰おう。

 

 こうして料理人見習い(ネスリングス)との開店準備が始まった。


 いずれ巣立っていくことを期待して。


「アルバロ! 水回しは全体にくまなく回るようにして! クレト! もっと大胆に手を動かした方がいいぞ!」


「エステラ! レシピの出汁の時間は目安だ。時計を見るより鍋を見ろ! 出て来た色の変化を見逃すな!」

*この物語はフィクションです。

空想のものであり、現実社会とは一切関係がありません。

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[良い点] 転移後の手探りな状態は好きでした [気になる点] 畑とか料理とかこういうの書きたかったんだなあと思ってしまった点。少し重点置きすぎな感はきになりした。 [一言] ここからどうなるか、職業…
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