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閑話Ⅱ Paola's report

 ウィンリールの執務室でパオラとレオカディオが座って談笑をしている。


 今日は週に1度開かれるノアの報告会だ。


 ウィンリールが部屋に戻るまでの間は、砕けた調子で会話を続ける。


 レオカディオが口を開く。


「それで、例の店舗はどうだった? ちょっと手狭だと思うが?」


「ノアくんは広くて使いきれないって心配していたわ。壁作って狭くしようか本気で悩んでいたよ」


「間取りは私も見たがあの店がか?」


「うんそう! でもノアくんのやりたいことには合っていたみたい。嬉しそうに準備してたわ」


「まぁ。あの老害の置き土産も有効利用されれば世の為だな。醜聞が過ぎてあの土地が大学の所有と公に出来なかったからな。売りに出したら即バレるし、一部には既に周知だが」


「本当よ。気持ち悪い。死ねば良いのに」


「ははは。まぁ。もう本当に死んでるかもしれないがな」


「大学の予算で家を建てて、愛人囲ってカフェを営業させるなんて! どんな思想形態かしらね! せめて自分のお金でやってほしいわ」


「同感だ。先生が髪を燃やしたときはすっきりして笑ったな。侯爵相手に魔法を使ってもエルフなら簡単には罰せられない。まして侮辱行為を働いたのは向こうだ。先生のおかげで色んな悪事が露見したしな。パオラ。もしかして君の差し金かな?」


「いいえただの自爆よ。誘導しようとしたけど先生には通用しなかった。ノアくんが利用する事であの不愉快な建物もイデオロギーロンダリングされるはずよ」


「この場合リビドーの方が相応しいような……」


「直接的な表現はやめてよ! 寒気がする!」


「賄賂を貰って許可にサインした総務局長も処分されたし、言いたくはないが先王時代から続く汚職に塗れた役職者達には文句しかないな。強引な人口増加策もそうだが国を迷走させた罪は重い」


「陛下も会うたびに眉間の皺が深くなってるわ」


「大公家のご令嬢として叔父にあたる陛下の心配は尽きませんか?」


 パオラは大公家の息女だ。父は国王の弟に当たり、皇太子が成人するまでは王位継承権2位を保持する。


「からかわないで、臣民として当然の事よ」


「そういえば、ノアが君の事を貴族のご令嬢か聞いて来たぞ。何かあったのか?」


「家の騎士に会ってしまって、ノアくんの前で姫って呼ばれたのよ。王族でも無いのだからやめてって言っているのに」


「王位継承権を持つ唯一の女性は『姫』で正しいと思うがな?」


「あたしは8位よ? 殿下も健やかに過ごされておいでだから、放棄出来るならしてしまいたいくらい」


「そのための研究員か? そういえばたどたどしかった市井の言葉も大分様になったな」


「そうでしょう? でも家を継がないあたしより、公爵家筆頭役のダンテス家次期当主の方が王国に影響力があると思うけど?」


 王国貴族で最高位が公爵だ。そして、全ての貴族を束ねるのが筆頭役のダンテス家。レオカディオの家名だ。


「私の場合は優秀な弟がいるからね。研究員を続けるのも悪くない」


「公爵様が許さないでしょう?」


「どうかな? お互いやりようはあるさ。それよりもノアは君の護衛に気づいた様子はないのか? え~と。ツンツクと言う風颶鳥にずっと見られていたのだろう?」


「多分ノアくんは気づいていないと思うわ。でも、探知魔法を覚えたら気づくだろうから時間の問題ね。護衛自体は隠してる訳じゃないから、問題は無いけれど」


「それじゃあ。やっぱりテイミングしてる訳じゃないのか」


「さあね? 今度テイマーと話をするからその時なにか分かるんじゃないかしら。ノアくんの場合聞かせて教えた事と違う事を始めるからどうなるか分からないけどね。錬金術の話。あたしも一緒に聞いてたけど何でも呼び出せる。なんて説明はなかったのよね。どうしてあぁなったのかしら?」


「私も錬金術師に確認したが同じことは出来ないそうだ」


「でしょ。この間も孤児院の子達が身体強化が苦手だって聞いて外側から魔力を操ってマスターさせてたわ。聞いたことある?」


「そんな事も出来るのか。ほんと器用で便利な奴だな」


「それと自重が無くなって来ていて怖いわ。此間なんて赤いs……あっ! 口止めされてた」


「なんだよ! 気になるじゃないか」 


 ちょうどその時ドアが開きウィンリールが入室する。


 2人は立ってウィンリールを迎えた。


 ウィンリールが2人に詫びの言葉を告げる。


「すまない。待たせたな。座ってくれ」


 そして、報告を促す。


「パオラ。ノア君の近況報告を頼む」


「ノアくんより報告があったと思いますが、再度報告します。コルンキント、水精霊、植物精霊の名前が決まりました。コルンキントがモルト・カリノ。水精霊がチャム。植物精霊がカロです」


「意思を疎通している生き物は、風颶鳥(ふうぐちょう)(つがい)が2組。その内1組の雄にツンツク。雌にオナイギと名をつけています」


「小鳥数羽。大きなクモ3匹と小さなクモ数十匹で新たに蜂が加わりました。蜂には巣箱と呼ばれる。未知の箱を用意しています。いずれハチミツを採取を見込めると言っていました」


「料理の方もうどん、コーンポタージュ、パスタ、ピザなどをレシピ化しています。市場では何かに導かれるように食材を探し当て、別人の様な無表情で料理を仕上げてレシピを書き上げます。その際に――目が濃い青で発光しています」


「目の発光? 聖女が神託を授かるときに光るっていうあれが?」


 レオカディオが驚いたように呟いた。


「聖女の目が光るところを見た事が無いので同じかどうかは判断出来ませんが、同じだったとして誰かを幸せにする料理に働くなんてノアくんらしいわね」


 ウィンリールが頷きながら口を開く。


「イーディセルが言い出した”御使い”説も信ぴょう性を帯びて来たな」


 発言を求めてレオカディオが手を上げウィンリールが目線で許可する。


「イ-ディセル師がノア本人へ”御使い様”と告げてしまいました。モルト・カリノ。チャム。カロがエルフの方にどう見えるのか知りたくて声をかけてしまいました。すみません」


「仕方あるまい。古代真聖語より洗練された文字を読み書き出来て、先進的なショートケーキという食べ物を知っている。少なくとも我々よりも進んだ文明の知識がある人物」


 ウィンリールは続ける。


「ノア君が神の国から来たと聞いても驚きはしない。イーディセルが”御使い”と言い出すのも良く分かる。祖母の託宣『口伝を起こし伝えよ』と私の託宣『王国の縁へ行き、兆しを見逃すな』二世代の託宣には連動性があった」


「ノア君がそのリンクマンであることは間違いない。祖父が書き残した神聖語が、ノア君の知る言葉で書き換えられる。ノア君しか知らない文字が神聖語と呼ばれるのかエルフ語と呼ばれるかは分からないが、我々は今まさに歴史的瞬間に立っている」


「ノアくんはこの頃吹っ切れたように新しい物を呼び出しています。そしてそれを街の鍛冶屋で作り直させています。見た事のない物質が使われている。見ただけでは何に使うのか分からない品物もあります」


 パオラは続ける。

 

「今は王国の文明レベルを上げようとしているのかもしれませんね。この先何が出てくるのか楽しみでもあり。怖くもあります」


 ウィンリールはそれを聞き頷くとこう言った。


「金銭的な援助が必要な場合は報告するようにな」


「はい。それともう一つ異常な生長をする畑の野菜ですが、どうやらノアくんは、速度をコントロール出来るようです」


「直接本人へ確認したところ。モルトとカロじゃなかと誤魔化していましたが、料理に使いたい数株だけを先に収穫出来るように調整した形跡を感じました。たまに動きを止めて虚空を見つめている事があります。その時操作してると考察します」


「”御使いの箱庭”かどのくらいの速さなのだ?」


「未知の植物トウモロコシを撒いた後に収穫は九十日後と言っていました。種を撒いたのが十三日。うどんを試作したのが十四日で、すぐ出来てしまい次に作る料理に迷っている様子でした」


「そして昼過ぎにノアくんは虚空を眺めたので、その時操作したとして、……翌日には生長が早まりました。そして十七日の朝収穫したと聞いています。二〇~四〇倍ほどではないかと想定します」


「もはや神の御業だな。エルフ達が”箱庭”に行きたがって止めるのが大変だ」


「――学舎ではジャンボの遊び場と呼ばれていますよ」


 おかしそうに口元を隠しながらレオカディオは言う。


「ジャンボちゃんって呼ばせてくれないし」パオラは口を尖らせた。


 パオラは咳払いをするとウィンリールを少し伺うように話した。


「今後は落ち着いたら体を鍛えたいと言っています。ノアくんは『十五歳までは』と無意識に言う事があるので、成人後に研究所を出ることを想定しているのだと思います」


「仕方あるまい。ノア君だろうと”御使い”だろうとその自由意志を妨げることは出来ない。それまでに我々はしっかりノア君の言葉を学ぶとしよう」


 ウィンリールは言葉を繋ぐ。


「まだ一年半もあるのだ。そのためにも明日のエルフとの顔合わせはスムーズに済ませたいな。願わくば”箱庭”に遊びに行っても怪しまれない程度には仲を取り持てれば良いのだがな」


 間近で見ていたパオラは笑顔で応える。


「孤児院の子達も頑張ってますから成功しますよきっと」


「あっ! そうそう。ノアくん自分が『蜜飼い』と呼ばれたと勘違いしているんです。蜜蜂を飼い出した後にまたどなたかエルフの方に言われたみたいで、まだ蜂蜜溜まってないけど。蜂蜜は人数分用意したほうが良いか聞かれました」


「面白そうなんで用意して渡しなよと焚きつけておきました。どなたかが間違って”御使い”って言っても誤魔化せますかね? ――無理かな?」


「普通”御使い”なんて呼ばれる事は無いしな。知らぬは本人ばかりなりだな」


 レオカディオのつぶやく声が聞こえた。

*この物語はフィクションです。

空想のものであり、現実社会とは一切関係がありません。

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