第17話-3 封殺Ⅲ
――――少し前。ディンケルス市街地。
男はソファーに深く座り、ローテーブルに組んだ足をのせてあくびを嚙み殺す。
何処からともなく取り出したアップフェルの実に齧るつくと赤い皮の酸味に眉を寄せた。そして、その実を放り上げる。放物線が頂点を迎える前に現れたのはナイフ。クルクルと周り実に纏わりつく。
男は片手でジャグリングをしなから、空中で器用に皮をそいでゆく。腕枕で寝そべり気だるげに声をかけた。
「……ふぁあぁっ。暇だ。ヘレーヌ。女攫ってきていいか?」
王国中の工作員から届く報告書へ忙しなく目を通すヘレーヌは、床に落ちた果実の皮を一瞥して、感情のこもらない声で言い放つ。
「――散らかしたゴミも片付けるのには人手がかかるのですよ。今はもう直ぐ始まる作戦の待機行動中です。暇なら鍛錬でもされてはいかがですか?」
男、――クロヴィスは、胡乱気に笑う。
「……鍛錬。――鍛錬ね。男と女の鍛錬と言えば、アレしかないだろう? 別に俺様は、ノーティルトの田舎者が相手じゃなくてもいいんだぜ? お前が忙しそうだから、ここの女で我慢してやるって言っているんだ。粉掛けても靡かない、スカした姉ちゃんが相手なら尚いいね。極上の体験をさせてやれるぜ。なぁ。いいだろう? そんな紙はほっぽって、よろしくやろうぜ?」
態度は気だるげだが、情念の炎をその眼の奥に宿して問う。鈍く粘つく視線だ。
ヘレーヌはそれを一顧だにしない。拒絶の言葉を伝えるか、部屋からの退出を促すかその言葉を発しようとした瞬間に、ドアがノックされた。
「――どなた?」
そう返すヘレーヌの耳に、興が冷めたクロヴィスの舌打ちが聞こえる。
「――ダッ、イッ、……イザークです。北方領域からの報告書をお持ちしました」
ヘレーヌからの許可を受けて入室したのは、青髪を短く整えた青年だ。
「クロヴィス様。――お暇なら、イザークを鍛えてあげて頂けませんか? 何しろ、この子もあなたと同じ資格者ですから、帝国の富国の為にも有意義だと考えます。どうでしょう?」
クロヴィスは不愉快そうに鼻を鳴らすと立ちあがり、歩き出す。
「前の姿ならまだしも、男と汗をかく趣味は無いんでね。遠慮するよ。――それに……」
(――こいつが現れてから、真理を見つめる者様からの視線が変わった。そう、俺様か、こいつ、どちらかが残ればいいというような。サンプルを見る眼だ)
クロヴィスは、アップフェルの実に歯を立て、銀髪をかき上げた。
「――成りたてのこいつを鍛えてもたかが知れている。この作戦の後ならともかくな」
そう言い残して、部屋を出て行った。
部屋に残ったヘレーヌは、初めて冷ややかな笑みを浮かべる。邪魔ものが消えたことを喜ぶように。
――その後数刻。
辺境領に響く、スタンピード発生の報せ。
それを耳にして、ヘレーヌは眉を寄せた。
(――どう言う事? ファギティーボの発現は二日後の筈……。不測の事態? 誤作動?)
「誰かっ!」
情報を求めて出された叫び。調整された作戦は想定外の異常が始まりの合図となった。
割り当てられた控え室で、横になっていたクロヴィスは、その音を耳にして嬉し気に飛び起きる。暇を何より厭う男は、騒ぎがあれば、それでいいのだ。
ニヤニヤと笑い騒動の現場へと歩き出す。楽しい事があるといいなと他人の不幸を望み喜びながら。




