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第16話-2  不協Ⅱ

 男は酒場で奇妙な噂を耳にした。それを確認する為に、この街に来てからギルド長との繋ぎを何度も対応してくれた。女性スタッフへと声を掛ける。


「――ココちゃん。忙しいとこゴメンね。ここにノアっち、う、っぅん……侵不の弟子がいるって聞いたんだけど本当?」


 その呼びかけに顔を上げて相手を確認すると、ココは朗らかに応える。


「あっ! 大丈夫ですよ。シュバインさん。えっとぉ?」


 そう言うと何かを思い出すように斜め上を見つめて、若干あざと目に頬に指を当てた。見られているのを意識した仕草だ。綻んだシュバインの頬を確認する念の入れようだった。


「たぶん、――アロイスくんの事ですかね? 噂程度ですが、聞いたことがあったかなぁ?」


 シュバインは緩んだ頬を引き締め意味ありげに笑う。


「へぇ。――そいつ、紹介してくれる?」


 この場所は、――エイルミィのギルドだ。そこで、シュバインはノアの弟子を聞きつけた。


シュバイン――同然だがバステンもいる――が、この都市にいる理由は、レオカディオが打った一手の為である。


緊急時の対モンスターにしか発動しない天望による千手という防御。それを体験したノルトライブの冒険者を王国に再配置し、来たる複数スタンピードに備える為だ。


 仕様書や防御選択原理の文言では分からない臨場感を現場に初見で落とし込むには、それを体験したものが統率、管轄するのが最適だろうとの判断で、ノルトライブの冒険者及び、あの時に参加した年外の冒険者は、組分けされて各都市へと派遣されている。


 その補填として、王都の兵や各都市の冒険者がノルトライブへ集められてもいた。


 ダンデス家とギルド統括の肝煎りで派遣された人選に各都市のギルドも敬意をもって遇していた。その為、シュバインの願いは、直ぐに叶う事になる。


~~~


 翌日の昼に、ノアの弟子という青年とシュバインと相棒は応接で面会した。ギルドスタッフに連れられて入って来た彼はあからさまに駆け出しで、それに見合った装備の人物だった。何より纏う雰囲気が足らない。


「……忙しいとこ悪ぃね。兄ちゃん。まぁ。何だ。取り敢えず座ってくれよ」


 既に偽物感満載の相手に見るからにやる気をなくしたシュバインがそう言う。


(まぁ。元から期待しちゃいなかったが、ノアっちが、ここいらで活動してたってのも聞かないし、あいつ、弟子を育てるタイプにも見えねぇしな)


 シュバインはこれから始まる無駄な時間を思い、内心で盛大なため息を吐いた。


 その様子に、付き合いの長いバステンは心情を読み取り、咳ばらいをして話を進める。


「俺はバステン。こいつはシュバインってんだ。ノルトライブからの派遣組でね。侵不のノアとは向こうでつるんでてね、あんたの話を聞いて興味を持ったってわけさ。アロイスだっけ?」


 青年――アロイスは真っすぐに見つめ返して応えた。


「そうです。アロイスです」


 純朴そうな青年だった。自分達はノアと面識がある事を柔らかく伝えたバステン。だが、飽きたシュバインがぞんざいに核心を突く。


「何で侵不の弟子なんて、バレる嘘をついた? あっちで名乗ったら袋叩きに合うぞ」


 彼の防具は黒鉄で良くてD級、C級には程遠そうだった。実際に確認したてみたらD級であった。


「嘘なんてついていません。ノアさんが僕の師匠であり、目標です。同じ農家の冒険者として地位の向上に貢献するつもりです」


 この期に及んでと眉間に皺を寄せるシュバインだ。彼らがわざわざ会おうと思った理由。もしかして、本当の弟子かと期待した訳は、ノア、つまり――侵不が知る人のみしか、知らぬ人物だからだ。


 ノルトライブでその名が轟く英雄は、今だに一部の、更に言えばギルド及び冒険者の高位者にしか広がらない名だ。


 侵不の意味。その二つ名が誰の継承者を示すのか、そこに伴う期待と既にある実績を正確に把握する人物はそれほど多く無い。有名税というが、その威を借りるには社会の認知があまりにも弱いのだ。


 このエイルミィで名を騙るには、まだ、残念ながら軽すぎて恩恵がない。だからこそ、彼等も本物の可能性を検討したのだ。逆説的には、もし、ノアの弟子をノルトライブで騙れば市民から石を投げつられてもおかしくない案件だ。


「何で? ノアさんなんだ。もっと有名な冒険者や武芸者はいただろう?」


 バステンが諭すように語り掛ける。師匠の名は他で勝手にやってくれと心情をのせた。


「? どう言う意味ですか? 僕が指導を受けたのはノア師匠だけですけど?」


 バステンの顔色が怪訝気に変わり、その意味を問いただす。


「指導? ノアさんからあんたは指導を受けたことがあるのか? 本当に? 何処で?」


 アロイスはきょとんとした顔で応える。


「えぇ。指導を受けました。じゃないと師匠とは呼べませんよね?」


「でたらめ、ホザくな! ノアっちが、冒険者に指導したなんて聞いたことねぇぞ。大体――」


(ノアっちの弟子が、こんなひよっこで収まるわけねぇだろ)


 シュバインは最後の言葉を胸に収めた。


 アロイスは慌てて、聞かれなかった為にしなかった説明不足を詫びる。彼がノアと出会ったのは奇しくも、シュバイン達とも縁のある場所だった。


 ノルトライブ生まれの冒険者は、成人すると初めに他の街で冒険者登録をしなければならない。一番近いダンジョン都市は徒歩で七日ほど、その次が一〇日程かかる。


 アロイスがノアと出会ったのはその一〇日離れたダンジョン都市。奇しくもシュバインとバステンがE級登録した場所だった。


 幻霧の鏡と呼ばれるダンジョンを抱える都市だ。名前の由来となっている、二五階層に広がるコバルトブルーの湖と、霧と共にそこに広がる真っ白な樹木が幻想的なダンジョンだ。


「そこで、僕の職業を農家と知る、同じ村出身の奴らに冒険者をやめて、畑を耕せと迫られていたんです。その時、サンドノヴァの魔石を出して、自分も農家だがこのギルドは農家を省くのかと、そいつらを黙らせてくれたんです。――」


「――それから、身体強化魔法の手ほどきと槍術の基本の型を教えてもらいました。あと、魔法も少し」


 それを聞き二人は顔を見合わせる。口パクでゲートキーパーと頷き合った。その後に確認したのはバステン。


「――兄さん。それは、どのくらいの期間だい?」


 アロイスは良い笑顔で自信満々に明朗回答した。


「はいっ! 三日です」


 再び二人は顔を見合わせる。すると、シュバインが立ち上がり、バステンの頭をバチンとばかりに強く叩いた。仕返しに、バステンは脛を蹴り上げる。


 ギリギリと奥歯を噛みしめて、殆ど唇を動かさず、バステンにしか聞こえない小声でシュバインが絞り出す。


『はぁ? こいつ、何言ってんの? この理屈だと孤児院のガキが全員弟子ですが?(怒)』


 そう言うシュバインを座り付け、バステンが大人対応で話を続ける。


「弟子を名乗る理由は? ノアさんが認めたのかい?」


「はい。あっ! いいえ。――ノア師匠を担当した職員の方に経歴を聞いたら、ノルトライブで初回登録した冒険者で、ティラナータとエイルミィのゲートキーパーの魔石も提出していると教えてくれて、同じ農家という職業に選ばれて戦い方を教えてもらったから、僕の目標ですと伝えたら、『師匠の顔に泥を塗らないように頑張ってね』って言われて気付いたんです。……あっ! 師匠だって」


 そう言ってアイロスははにかむ様に笑う。


 再度シュバインが立ち上がり、バステンの頭を再び叩く。


『守秘義務! そして、リップサービス!』


 冒険者の経歴や軽々に第三者に伝えてはならない。その守秘が破られ、おべっかを真に受けている目の前の青年に、バステンは何ともいえない表情をつくる。


「兄さん。棒は伝授されたのかい?」


 微妙な表情のままバステンが問う。


「――棒? それは何ですか?」


 シュバインが訳知り顔でアロイスに告げる。


「侵不は棒使い。槍でも強いが、棒を手にした後が真骨頂よ。――ちなみに、俺は棒と立ち会ったことがあるぜ」


 自身に親指を向け自慢げに言い放つ、その姿をアロイスは憧れたようなキラキラした目で見つめた。


 今度はバステンが奥歯を噛みしめて絞り出すように言葉を吐く。


『瞬殺されたがな!』


 黙っとけとばかりにシュバインが脛を蹴り上げる。バステンは弁慶を擦りながらその言葉を伝える。


「まぁ。何だ。兄さん。それでノアさんの弟子を名乗るのは行き過ぎだ。ノルトライブの奴らと同じように徒弟とでも名乗りな。その方が穏便だ。何しろ――弟子を騙るヤツが山ほどでる。侵不とはそう言う名だ」


 ノルトライブでノアの手ほどきを受けた者達は、侵不の徒弟を名乗り玉石混交の状態だ。大人たちはそれを生暖かい眼でみている。大いに期待しながら。


 ノアによって齎された縁がここで交わう。彼の者は言った呆れを伴い、朱に交わればと、ある者は言った同じものを加護と。


 二人は知らない。ノアが初めて会った農家の冒険者に少し贔屓をしたことを。


 彼等がそれを知るのは数日後。スタンピードの発生した混乱の中でだ。それによりアイロスは侵不の弟子の名を許容された一人目となる。


 雛鳥は親を見つめ、同じことが出来ると信じる。疑わない事は力となるのだ。

農家の青年? という方は167部 第3話-2  震源Ⅱを確認下さい。あの時の彼です。

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