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第10話-1  彼等

 陽が傾き始めキリの良い処で作業を終えようと準備するケィンリッドの元に三人がやって来る。


 それに気付いてケィンリッドは手を上げて挨拶した。


「アルッ! ヘイモッ! 久しぶりだな。どうした?」


 二人は手を上げて応えると近づいて挨拶をする。


「ケンさん。久しぶり元気かい? 近くに来たから挨拶にね」


 アルバロは気安くそう返す。


「ケンさん。僕はアル兄ぃに連れ回されてお守りが大変だよ。良かった元気そうだね」


 そういうヘイモの肩をアルバロがこっちの台詞だと叩く。


「ケンさん。彼女は護衛のラトカ。会ったことはあるよね? ラトカ」


「お逢いした事はありますが、改めてラトカと申します。何卒宜しくお願いします」


 丁寧は言葉で首を傾げるように挨拶をした。


「――相手に合わせて空気を読めるんだ」


 そう呟くヘイモの頭をラトカがバシッっとシバく。ケィンリッドは王民事業イーディセルの農業部門のトップ。重鎮というのが一般の認識だ。


 何より孤児出身の自分達の食事を豊かにしてくれた恩人でもある。彼女には尊敬の気持ちが多分にありそれが態度に現れたのだ。


「あれ。アルさん。いらっしゃい。元気?」


 そう言って元気に挨拶するのはマイユ。ブルーシルバーのハンサムショートの髪形でキャップを被っている。


「お久しぶりです。アルバロさん。ようこそ」


 続いて挨拶するのはシニッカ。ピンクシルバーの髪をダウンポニーテールに纏め、麦わら帽子をふわりとのせていた。


「二人とも彼女はラトカさんだって、宜しくね。ラトカさん」


 二人も揃ってラトカを歓迎する。歓迎されざる者を置いて。


「――ちょっと! ちょっと! 僕の歓迎は? 扱い酷くない?」


 そう言うヘイモを二人はジト目で黙殺した。


 アルバロは自業自得だと言うように肩を二度叩く。


「ここには一週間滞在予定だ。王民事業体の分所に挨拶したら、その後に俺が作った飯でも食おうぜ。ご馳走させてくれよ。それに、ノアの新作料理もあるぜ。あとあいつ等が作ったお菓子もな」


 お菓子の言葉で女性二人から歓声が上がる。


「おぉ~。いいね。久しぶりに本家の料理か。ここのも旨いけど。新作だと?」


 興味深気にケィンリッドは顔を輝かせる。


「食べた事の無いお菓子もあるのかな?」


 マイユも期待に満ちた眼で尋ねる。


「――あぁ。あるよ。これだ」


 アルバロはそう言うと小さく真っ黒な四角の物体を取り出す。見た目は美味しそうには見えない。


 シニッカは怪訝な眼でそれとアルバロを交互にみる。お調子者のヘイモなら完全に疑ったが、面倒見のよいアルバロなので半信半疑というところだ。


「あのノアがレオさんに材料を確保しろと言ったお菓子だ。安心しろ見た目はこんなだが旨いぞ。ビビアナもクローエもエミリアも夢中な逸品だ。まだ、上手く仕上がらないらしいが」


 微笑みで安心させながらアルバロがそう言った。


「へぇ。あのノアがここでも育てられるのか?」


 何でも振って来たノアが自分に話をしなかったのが、少し不満でケィンリッドは問う。


「――温度管理と遮光すれば可能だとか? でも、流通量を確保できないから、産地と専売契約を結べとかなんとかと聞いているよ」


「あたしも食べたけど。甘くて美味しいよ。幸せになる味ね」


 ラトカの一言で男前なマイユが先に食べてその美味しさに驚く。続いて口にしたシニッカもニコニコになった。


 唯一ケィンリッドはちょっと甘すぎるなと顔を顰める。


 その後、男爵領の分所に顔を出したアルバロとヘイモは、王都本所の最上位の教官として歓待を受け、ケィンリッド達も加わる宴へと突入した。


 翌日、昼食を食べさせようとやって来たアルバロは、当然のようにご相伴に預かろうとついて来たヘイモと男爵家令嬢リューディアと会う事になる。


 ヘイモは三人目が現れたと騒ぎ立て。もげろと叫び。マイユに(けつ)を蹴り上げられていた。



§



 ――――王都


 レオカディオは、国外から運びこまれた新たな作物を発見すると定期的にノアに届けていた。


 その助言により、王国で作られるような作物も多い。その中の一つにその実は在った。


 すり潰して飲む精力剤という説明の種だった。飲んでも旨くもなんともない代物だ。


 それをいつものようにポストに入れてノアに渡すと直ぐに熱のある手紙が送られてくる。


 詳細な栽培方法。王都での栽培は断念しずっと探していたこと。その実が生み出すスィーツの価値と代用品で作られたいくつかのスィーツ。


 レオカディオも口にしたそのスィーツが何倍も旨くなると言う。


 外交官を派遣して、栽培地と国交を結び生産量の確保を提案された。


 そして、ノアのレシピで作られた物が目の前にある。制作者はクローエとエミリア。


 不気味な色をした四角の塊。指で叩くと硬い音がする。


(本当に食べられるのか? さすがに少し勇気がいるな)


 それを口に含む。と途端に溶け出し芳醇な風味と複雑な苦みと甘みが口に広がった。


「なるほど。旨いじゃないか」


 レオカディオは計画書にサインをして、ノアの提案を受け入れた。



§



「料理長。あたりをお願いします」


 ネスリングスの厨房でクレトは出汁のあたりを付ける。王民事業体イーディセルを卒業した料理人は数多く、彼らで店を回せるようになった。


 高級志向のレストランも生まれだしたなかで、ネスリングスは今でも庶民向けのオープンキッチンを貫く。


 初心を忘れないようにと願った恩人の思いを彼は受け継ぐ。兄弟のように育った友は、その味を広めようと志し旅にでた。


 だからこそ自分は、いつでも仲間が戻れるように、この場所で味を守ろうと誓う。


「――よし、いいだろう。うちの味だ。それで炊いてくれ」


 開店前の仕込みの時間。煮物の出汁の味に許可を出した。


~~~


 昼前の時間だが店内は満席で行列まで出来ている。


 うどんやピザなどは他の店に任せて、今は手に入る旬の食材で定食を提供している。


 少し早い一二時三〇分には店仕舞いをして休憩にはいる。その休憩中にはエルフが訪れる食堂だ。ノアの新作レシピは欠かさず提供される人気のまかないだった。


 王都で味を守る彼は総料理(シェフ)長と呼ばれるようになる。だが、本人は(スー)料理長(シェフ)と呼ばれることを好んだ。彼の本質はバランサーだから。


 オーナー料理長(シェフ)の味を支える事を誇りとしていたからだ。

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